梵鐘ぼんしょう)” の例文
虚空と聞えたのは、それが武蔵の口から発したというよりは、彼の全身が梵鐘ぼんしょうのように鳴って四辺あたり寂寞じゃくまくをひろく破ったせいであろう。
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
こうの煙、お経の合唱、梵鐘ぼんしょうの伴奏に、次第に時刻がたつと庭一杯に集まった群衆は、真昼の暑さも忘れて、虫のようにうごめきます。
逃虚子集とうきょししゅうを読むに、道衍が英雄豪傑のあとに感慨するもの多くして、仏灯ぶっとう梵鐘ぼんしょうの間に幽潜するの情のすくなきを思わずんばあらざるなり。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
今年こんねんってから、幕府は講武所を設立することを令した。次いで京都から、寺院の梵鐘ぼんしょうを以て大砲小銃を鋳造すべしというみことのりが発せられた。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
どうにも桔梗様には可笑おかしかった。で明るく笑った時、その明るさを抑えるかのように、陰気な不気味な梵鐘ぼんしょうの音が、盆地の一所から聞こえて来た。
神秘昆虫館 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
是信さんは、正午の梵鐘ぼんしょうをつきながら、鐘の音の数だけ、屁をぶっぱなすことができるということである。春吉君は、じぶんでその場面を見たからだ。
(新字新仮名) / 新美南吉(著)
夢見ゆめみさととももうすべき Nara la Morte にはかりよんのおとならぬ梵鐘ぼんしょうの声あはれにそぞいにしえを思はせ候
書かでもの記 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
それはともかくとして、五十にして天命を知った彼は、父祖の霊をまつる岡山の華蔵寺に梵鐘ぼんしょうの供養を行った。
本所松坂町 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
寺の前がすぐ大堰川の流で「梵鐘ぼんしょうは清波をくぐって翠巒すいらんひびく」というすずしい詩偈しげそのままの境域であります。
鯉魚 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
折から桜花は故郷の山に野に爛漫らんまんと咲き乱れていた。どこからかものう梵鐘ぼんしょうの音が流れてくる花の夕暮、ミチミは杜に手を取られて、静かに呼吸いきをひきとった。
棺桶の花嫁 (新字新仮名) / 海野十三(著)
梵鐘ぼんしょうをもって大砲をたのも、危急の際にはやむをえないことかもしれない。しかし泰平の時代に好んで、愛すべき過去の美術品を破壊する必要がどこにあろう。
松江印象記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
即ち烈公が梵鐘ぼんしょうこぼちて大砲をつくりたるも、甲冑かっちゅうにて追鳥狩おいとりがりを企てたるも、みなこの同時なりとす。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
梵鐘ぼんしょう是生滅法ぜしょうめっぽうと響いたところで、坊さんは酔い倒れてしまっているというようなわけであろう。
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
吊り下げられてある撞木しゅもくを、手にした。軽く反動をつけてから、力まかせに、梵鐘ぼんしょうっつけた。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
五日は仙台市の祝勝日で、この朝、十時、愛宕山あたごやまに於いて祝砲一発打揚げたのを合図に、全市の工場の汽笛はうなり、市内各駐在所の警鐘および社寺備附そなえつけの梵鐘ぼんしょう鉦太鼓かねたいこ
惜別 (新字新仮名) / 太宰治(著)
札幌に来てから園の心をきつけるものとてはそうたくさんはなかった。ただこの鐘の音には心から牽きつけられた。寺に生れて寺に育ったせいなのか、梵鐘ぼんしょうの音を園は好んで聞いた。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
いわんや、上野や浅草の梵鐘ぼんしょうが力なく響き渡って、ふくろの鳴き声と共に夜のとばりが降りると、人々は天空に横わる銀河にさえ一種の恐怖を感じ、さっと輝いてまた忽ち消える流星に胸を冷すのであった。
死の接吻 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
都を取り巻く諸寺の梵鐘ぼんしょうが一時にとどろき出た情景を想像してみる。
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
かやの風に伏すように、すべての人々が、かしらを下げ、念仏を唱和し、やがて、き出された梵鐘ぼんしょうの音と共に、しいんとした静寂が見舞った。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
金雀子街の道に添うてすくすくと立っている梧桐の木には、夜目にも美しい紫の花が、梵鐘ぼんしょう形をして咲いている。
沙漠の古都 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
それは梵鐘ぼんしょうの声さえ二三年前から聞き得なくなった事を、ふと思返して、一年は一年よりさらにはげしく、わたくしはせみこおろぎの庭に鳴くのを待詫まちわびるようになった。
虫の声 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
弁天堂の梵鐘ぼんしょうが六時をく間、音があまりに近いのでわたくしは両手で耳をふさいでいた。
雛妓 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
突き棄てた梵鐘ぼんしょうの余韻のようにただ長く長く響きを伝えているばかりであります。
俳句とはどんなものか (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
二世勝三郎の花菱院かりょういんが三年忌には、男女名取が梵鐘ぼんしょう一箇を西福寺に寄附した。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
梵鐘ぼんしょうの如き声で末座の一人にあごを向けると、はッと答えていさぎよくそれへ出た一人の修験の門輩、柿色の袖をまくして一礼をなし
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
四涜しとくの塔と呼ばれていた。そこには四人の悪神の像が、呪縛じゅばくされて置かれてあった。それを通ると鐘楼であった。梵鐘ぼんしょうは青く緑青ろくしょうを吹き、高く空に懸かっていた。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
……ほどなく梵鐘ぼんしょういんいんと鳴る中を導師どうしに引かれて、長い廊をうねり曲がり、三尊の灯華ちょうかおごそかな本堂へ進む。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ときごとに梵鐘ぼんしょうが「聖壇」の鐘楼から聞こえて来た。その時人々は合掌する。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
かつての名刹めいさつ、二龍山の宝珠寺ほうじゅじも、いまは賊の殿堂と化して、千僧の諷誦ふうしょう梵鐘ぼんしょうの声もなく、代りに、ひょうの皮をしいたとうの上に、赤鬼のごとき大男が昼寝していた。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、遠くから梵鐘ぼんしょうがゴーンと一つ響いて来た。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
とたんに、法鼓ほうこがとどろき、再びの梵鐘ぼんしょうが鳴ると、二人の稚子僧ちごそうが進んできて、魯達のかぶっている帽子をとらせ、彼の手をとって上人の法座の下へ、ひざまずかせた。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
やがて、どっぷりと墨いろに暮れた御堂みどう棟木むなぎをつたわって、梵鐘ぼんしょうの音が、ひびいてくる。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
偉なる高麗焼こまやきの大花瓶に一個の梵鐘ぼんしょうが釣ってあり、また、銀の大襖おおぶすまにつらなる燭台の数は、有明ありあけの海の漁灯いさりびとも見えまして、さしも由緒ある豪族の名残はここにもうかがわれる。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
仏燈の油や、だんついえを惜しまず、誦経ずきょう梵鐘ぼんしょうの音は、雲にこたえ、谷間にひびいた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その他、上野介様の御代になってからは、寺の荒れたるはつくろい、他領のような苛税かぜいは課せず、貧しきにはほどこし、梵鐘ぼんしょうて久しく絶えていた時刻ときの鐘も村に鳴るようになった程じゃ。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
大げさにいえば梵鐘ぼんしょうのなりわたるにも似ていた。その大声にはさしもの野良犬も敵味方をとわず一度はびくとしたようだったが、すぐもとの噛みあいがつづいて、水をかけてもやみそうでなかった。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
やがて、梵鐘ぼんしょうの音も止む。
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)