しがらみ)” の例文
姉のしがらみは返辞をしない。でへやの中は静かであった。柵は三十を過ごしていた。とはいえ艶冶えんやたる風貌ふうぼうは二十四、五にしか見えなかった。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
島崎は、それらの蜘蛛の眼みたいな誘惑線を巧みに避けて、しがらみのそばにぴったりと箱を寄せている小型な薔薇色の馬車を見かけて
かんかん虫は唄う (新字新仮名) / 吉川英治(著)
げにも浮世うきよ音曲おんぎよく師匠ししやうもとしかるべきくわいもよほことわりいはれぬすぢならねどつらきものは義理ぎりしがらみ是非ぜひたれて此日このひ午後ひるすぎより
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
近くは忍月居士、折々戯曲論を筆せられし事あり。「しがらみ草紙」には鴎外漁史の梨園詩人を論ずる一文、其頃文界を動かしき。
劇詩の前途如何 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
かれは『文学界』『国民之友』『しがらみ草紙』『早稲田文学』などに養はれた若い人達の若い事業を超然として見てゐることが出来なくなつて居た。
尾崎紅葉とその作品 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
傍ら『しがらみ草紙』の文章や医学雑誌(『中外医事新報』)に連載された徳川時代の医学という論文などを読んで見たりした。
呉秀三先生 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
お察し致しますという貴女あなたの御言葉はかえってつらいという詞には、のり越えられぬしがらみの体験をひびかせている。
中世の文学伝統 (新字新仮名) / 風巻景次郎(著)
が、巌山いわやま巉崕ざんがいを切って通した、栄螺さざえつのに似たぎざぎざのふもとこみちと、浪打際との間に、築繞つきめぐらした石のしがらみは、土手というよりもただ低い欄干に過ぎない。
半島一奇抄 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
試驗の答案は誰より早く出して殘つた時間は控室で早稻田文學としがらみ草紙の沒理想論を反覆して精讀した。
俳諧師 (旧字旧仮名) / 高浜虚子(著)
『二十四孝』十種香じっしゅこうの幕明を見たるものは必ずやかたの階段に長く垂敷たれしきたる勝頼かつより長袴ながばかまの美しさを忘れざるべし。浅倉当五あさくらとうごが雪の子別れには窓の格子こそに恩愛のしがらみなれ。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「本舞台三間の間正面桜の林、うしろ忍ヶ岡の山の遠見、左右藪畳み、舞台前はしがらみ附きの浪板にて不忍の池の心、総て不忍の池の辺の体。……時の鐘かすめたる騒ぎ唄の合方にて幕明く」
上野界隈 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
屡々「義理人情のしがらみ」といふやうなお芝居式の攻め道具で、見物の涙をしぼることになつてゐるせゐか、とかく、義理と人情とを対立させる考へ方が一般にひろまつてゐるやうです。
しがらみとなって踏み出すにほとほと苦しむ、また押し分ければ、力のゆるむのを待って、一気に顔を弾きかえす……その茂みを出抜けた時には、冷たい汗が、竹の吹く白い粉にまみれつつ
ある偃松の独白 (新字新仮名) / 中村清太郎(著)
横笛愈〻こゝろまどひて、人の哀れを二重ふたへに包みながら、浮世の義理のしがらみ何方いづかたへも一言のいらへだにせず、無情と見ん人の恨みを思ひやれば、身の心苦こゝろぐるしきも數ならず、夜半の夢屡〻しば/\駭きて
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
藤十郎のお梶を見詰めるひとみが、異常な興奮で、燃え始めたのは無論である。人妻であると云う道徳的なしがらみ取払とりはらわれて、その古木がかえって、彼の慾情をつちかう、薪木たきぎとして投ぜられたようである。
藤十郎の恋 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
それゆゑ兄芸庵の第三子円庵を養つて子としたが早世した。明治十一年九月方庵は六十一歳にして歿し、其家は絶えた。芸庵の弟妹は修石、しがらみ、修庵、方庵の順序で、柵は清川愷の妻である。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
かく定義を下せば、すこぶる六つかしけれど、是を平仮名ひらがなにて翻訳すれば、先づ地震、雷、火事、おやぢの怖きを悟り、砂糖と塩の区別を知り、恋の重荷義理のしがらみなどいふ意味を合点がてんし、順逆の二境を踏み
人生 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
清見潟満干の潮のに立てばしがらみ寒し海苔のしがらみ
海阪 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
しがらみもなにかとゞめむ
藤村詩抄:島崎藤村自選 (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
姉のしがらみは龕の前になおつつましくひざまずいていた。熱心にお祈りをしているのであった。すすりなきの声がふと洩れる。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
浅瀬のしがらみに体が引ッかかったので、身ぶるいしながら這い上がり、そこでばッたりと、気を失って倒れていました。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
やっとしがらみにかかった海草のように、土方の手に引摺ひきずられた古股引ふるももひきを、はずすまじとて、ばあさんが曲った腰をむずむずと動かして、溝の上へ膝を摺出ずりだす、そのかいなく……博多の帯を引掴ひッつかみながら
露肆 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
茄子畑は穗のみ刈りそぐ立莖たちぐきしがらみあかし麥のしがらみ
白南風 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
あはれみてやめぐむともなきめぐみによくして鹽噌えんそ苦勞くらうらずといふなるそはまた何處いづこれなるにやさてあやしむべくたつとむべき此慈善家このじぜんか姓氏せいしといはず心情しんじやうといはず義理ぎりしがらみさこそとるはひとりおたか乳母うばあるのみしのび/\のみつぎのものそれからそれと人手ひとで
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
しがらみは物にでも襲われたように両手で顔を抑えたが、「何もわたしは覚えている。あああの晩の恐ろしかったことは……」
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
茄子畑は穂のみ刈りそぐ立茎たちぐきしがらみあかし麦のしがらみ
白南風 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
とは云え一旦縁あってこの谿谷へ足を入れ弾正太夫に臣事しんじしたものは、義理のしがらみと慈悲の縄に体を十文字に縛られて身動きの出来ないその上に、おごそかの掟に頭上を押され
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
競馬場のしがらみ白くこなた辺や蕪と大根おほねのなぞへ段畑
風隠集 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
ええ然うです、しがらみ初枝と。どんなに私はその初枝さんを、愛して愛して愛していることか! 云う必要も無い程です。……ところが私はそのお嬢さんを、どうしても殺さなければならないような……