懐紙かいし)” の例文
旧字:懷紙
金の吸口くちで、烏金しゃくどうで張った煙管きせるで、ちょっと歯を染めなさったように見えます。懐紙かいしをな、まゆにあてててまいを、おも長に御覧なすって
眉かくしの霊 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
首実検の時に手をふるわせながら、懐紙かいしを口にくわえる仕種しぐさなどをひどく細かく見せて、団十郎式に刀をぬきました。ここでも首は見せません。
米国の松王劇 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
小女房は、顔あからめたまま、そでの陰に、身を、かずき隠してうつぶしたが、女房たちが、責めてきかないので、懐紙かいしに、歌を書いて示した。
よほど急いで認めたものらしく一枚の懐紙かいしに矢立ての墨跡がかすれ走って、字もやさしいそうろうかしくの文……。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
細帯しどけなき寝衣姿ねまきすがたの女が、懐紙かいしを口にくわえて、例のなまめかしい立膝たてひざながらに手水鉢の柄杓から水を汲んで手先を洗っていると、そのそばに置いた寝屋ねや雪洞ぼんぼりの光は
妾宅 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
竜之助は一口飲むと急にせきをして酒を吐き出し、あわてて猪口を置いて、懐紙かいし四方あたりを拭き廻す。
鼠股引氏は早速さっそくにそのたまを受取って、懐紙かいしで土を拭って、取出した小短冊形の杉板の焼味噌にそれを突掛つっかけてべて、余りの半盃をんだ。土耳古帽氏も同じくそうした。
野道 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
退屈男は静かに懐紙かいしを取り出すと、うごめき苦しみながら、のた打ち廻っている四人の者の肩口からぶつぶつと噴きあげている血のりをおのが指先に、代る代るぬりつけて
橘は矢痍やきずのあとに清い懐紙かいしをあてがい、その若い男のかおりがまだ生きて漂うている顔のうえに、うちぎの両のそでをほついて、あやのある方を上にして一人ずつに片袖かたそであてかぶせ
姫たちばな (新字新仮名) / 室生犀星(著)
さすがに血の跡はありませんが、今洗ったと言わぬばかりに、一尺以上のから、けら首へかけて濡れているではありませんか。懐紙かいしを出して強くくと、紙の上にはまぎれもないあぶらがベッとり。
銭形平次捕物控:282 密室 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
広縁ひろえんのきわへ、むんずりと坐りこみ、膝のうえに青表紙あおびょうしの本をのせ、矢たてと懐紙かいし箱をひきつけ、にが虫を噛みつぶしたような顔をして、しきりに灰吹きをたたきつけているのが、庄兵衛組の組頭
顎十郎捕物帳:04 鎌いたち (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
扉の方へうしろ向けに、おおき賽銭箱さいせんばこのこなた、薬研やげんのような破目われめの入った丸柱まるばしらながめた時、一枚懐紙かいし切端きれはしに、すらすらとした女文字おんなもじ
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
一名の武者が懐紙かいしを与えた。善助はそれを揉んで、主人の洟みずを拭った。官兵衛は子どものように鼻の奥にあるのを更にちんといって出した。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
弥生が懐紙かいしで上部を払うと、蜘蛛は音もなく畳に落ちたが、同時に、あわてて逃げようとする。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
自分の家まではさして遠くもないのであるが、そのままで歩くのは不便であるので、長三郎は橋の欄干らんかんに身を寄せながら、懐紙かいし小撚こよりにして鼻緒をすげ換えていると、耳のはたで人の声がきこえた。
半七捕物帳:69 白蝶怪 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
膝には一帖の懐紙かいしが載っている。その懐紙には、彼が先刻さっきから丹念に写生していた枯野の流れが描きかけになっていた。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
駄賃だちんに、懐紙かいしに包んだのを白銅製のものかと思うと、銀の小粒で……宿の勘定前だから、怪しからず気前が好い。
若菜のうち (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
こけ猿の茶壺にきけ——対馬守が、口のなかでつぶやいて、小首を傾けるのを、じっと見つめていた一風宗匠は、やがて筆をとって懐紙かいしに、左の意味のことをサラサラと書き流したのです。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
雲霧が懐紙かいしを出して、五つに細く裂き、それを日本左衛門に差出すと、かれの代りに先生せんじょう金右衛門が、その紙縒こよりの末に、いちいち何かをしたためました。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
帯も紐も、懐紙かいし一重ひとえへだてもない、柱が一本あるばかり。……判然はっきりと私はことばを覚えています。
菊あわせ (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
言いながらもう懐紙かいしを出して、ゆっくりと裾をはらっている。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
やっと咳を懐紙かいしにつつんでしずまったあとの正行のおもては、その懐紙よりも白く、見るにしのびないものがあった。
私本太平記:13 黒白帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
このいささかの音にも驚きたるさまして、足を爪立つまだてつつじっと見て、わなわなと身ぶるいするとともに、足疾あしばや樹立こだち飛入とびいる。。——懐紙かいしはし乱れて、お沢の白きむなさきより五寸くぎパラリと落つ。
多神教 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
つと、小机の前へ寄って、俊基は懐紙かいしに筆を走らせた。それを、宿の主にあずけて、何かの折にでも、これを妻の小右京へとどけてくれまいか、と言った。
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
紫玉は待兼ねたように懐紙かいしを重ねて、伯爵、を清めながら、森のこみちきましたか、坊主は、といた。父も娘も、へい、と言って、大方そうだろうと言う。——もう影もなかったのである。
伯爵の釵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「草に臥す野陣の夜などは、夜中しきりにおせきをしておられますし、戦いの間に、血のようなつばをそっと懐紙かいしへお忍ばせになるようなこともままお見うけ致されます」
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
紫玉は待兼まちかねたやうに懐紙かいしを重ねて、伯爵、を清めながら、森のこみちきましたか、坊主は、といた。父も娘も、へい、と言つて、大方うだらうと言ふ。——う影もなかつたのである。
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
「いや、これをごらんくだされい。さいぜん、ここへ伺う前、まだ夕明りのまま、あちこち駒を遊ばせて、ざっと懐紙かいしに写しとってまいった、兵庫の地の見取り図ですが」
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
長安ながやすは、そういわれてなにげなくいてみると、懐紙かいしをさいて蝶結ちょうむすびにでもしたような紙片しへん
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
老公が馬の背からいうと、林助はくさめを放った鼻口びこうへ、あわてて懐紙かいしを当てがいながら
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
野葡萄のぶどうの幾ツブかを口に入れ、忠顕はその皮を器用に懐紙かいしへ吐いてくるみながら言った。
したためてやるは易いが、折あしく、矢立やたて懐紙かいしの用意もないが……む、金打きんちょうしてとらせる」
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
こういって晴季はるすえは、千鳥棚ちどりだな硯筥すずりばこ懐紙かいしを取りよせ、さらさらと文言もんごんをしたためだした。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
帝はまた、お手にしていた宗良のふみに眼を落す。それは、懐紙かいしへ走らせた薄墨がきの歌でしかない。歌のほか、なんの消息の端も書いてはないが、帝はなんども、くりかえされた。
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
羅門塔十郎らもんとうじゅうろうは、胸が迫って、見ていられないように、懐紙かいしを出して、涙をぬぐいながら
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いや、正使として来た、浅野弥兵衛までが、もらい泣きして、懐紙かいしに顔をつつんだ。
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「聟さまの、懐紙かいしや持物は、みなお衣裳のうえに添えて置きなされや」
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そして、風にうごく懐紙かいしの耳を、小指で抑えながら、書きながした。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、堀川の大納言が、懐紙かいしにとめておいたその歌を言上した。
そして自分の懐紙かいしをひろげ一個のまんじゅうを取りけて
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、取り寄せて、光悦の前へ、懐紙かいしとそれを突きつけた。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、懐中ふところから矢立やたてを出して、懐紙かいしへこう書いた。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
家康も、懐紙かいしはなをかみながら、そういった。
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、懐紙かいしの一ト筆を、兵にわたした。
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
懐紙かいしはふところにある。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)