“悲慘(ひさん)” の例文
新字:悲惨
沈痛(ちんつう)、悲慘(ひさん)、幽悽(ゆうせい)なる心理的小説(しんりてきせうせつ)「罪(つみ)と罰(ばつ)」は彼(か)の奇怪(きくわい)なる一大巨人(いちだいきよじん)(露西亞(ロシア))の暗黒(あんこく)なる社界(しやくわい)の側面(そくめん)を暴露(ばくろ)して餘(あま)すところなしと言(い)ふべし。
罪と罰(内田不知庵訳) (旧字旧仮名) / 北村透谷(著)
往昔(むかし)から此(この)洋中(やうちう)で、海賊船(かいぞくせん)の襲撃(しゆうげき)を蒙(こうむ)つて、悲慘(ひさん)なる最後(さいご)を遂(と)げた船(ふね)は幾百千艘(いくひやくせんざう)あるかも分(わか)らぬ。
悲慘(ひさん)なのもあれば、船(ふね)に逃(のが)れた御殿女中(ごてんぢよちう)が、三十幾人(さんじふいくにん)、帆柱(ほばしら)の尖(さき)から焚(や)けて、振袖(ふりそで)も褄(つま)も、炎(ほのほ)とともに三百石積(さんびやくこくづみ)を駈(か)けまはりながら、水(みづ)に紅(あか)く散(ち)つたと言(い)ふ凄慘(せいさん)なのもある。
間引菜 (旧字旧仮名) / 泉鏡花、泉鏡太郎(著)
陰鬱(いんうつ)! 屈托(くつたく)! 寂寥(せきれう)! そして僕(ぼく)の眼(め)には何處(どこ)かに悲慘(ひさん)の影(かげ)さへも見(み)えるのである。
湯ヶ原より (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
然(しか)るに事實(じじつ)はさうでなく、あのような悲慘(ひさん)な結果(けつか)の續發(ぞくはつ)となつたのであるが、これを遠(とほ)く海外(かいがい)から眺(なが)めてみると、日本(につぽん)は恐(おそ)ろしい地震國(ぢしんこく)である。地震(ぢしん)の度毎(たびごと)に大火災(だいかさい)を起(おこ)す國(くに)である。
地震の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
覺悟(かくご)の身(み)に今更(いまさら)の涙(なみだ)見苦(みぐる)しゝと勵(はげ)ますは詞(ことば)ばかり我(わ)れまづ拂(はら)ふ瞼(まぶた)の露(つゆ)の消(き)えんとする命(いのち)か扨(さて)もはかなし此處(こゝ)松澤(まつざは)新田(につた)が先祖累代(せんぞるゐだい)の墓所(ぼしよ)晝(ひる)猶(なほ)暗(くら)き樹木(じゆもく)の茂(しげ)みを吹拂(ふきはら)ふ夜風(よかぜ)いとゞ悲慘(ひさん)の聲(こゑ)を
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
火災(くわさい)は震災(しんさい)よりも、より頻繁(ひんぱん)に起(お)こり、より悲慘(ひさん)なる結果(けつくわ)を生(しやう)ずるではないか。
日本建築の発達と地震 (旧字旧仮名) / 伊東忠太(著)
然(しか)し實(じつ)に奇怪(きくわい)な事(こと)ではないか、今(いま)安全信號燈(あんぜんしんがうとう)の輝(かゞや)いて居(を)る邊(へん)の海上(かいじやう)には、確實(たしか)に悲慘(ひさん)なる難破船(なんぱせん)の信號(しんがう)が見(み)えて居(を)つたのに。さては船長(せんちやう)の言(い)ふがごとく私(わたくし)の眼(め)の誤(あやま)りであつたらうか。
一(ひと)ツとして、悲慘(ひさん)悽愴(せいさう)の趣(おもむき)を今(いま)爰(こゝ)に囁(さゝや)き告(つ)ぐる、材料(ざいれう)でないのはない。
雪の翼 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
『あれが見(み)えませんか、あれが、あの悲慘(ひさん)なる信號(しんがう)の光(ひかり)を見(み)て何(なに)とも感(かん)じませんか。』とばかり、遙(はる)かに指(ゆびさ)す左舷船尾(さげんせんび)の海上(かいじやう)。私(わたくし)は『あツ。』と叫(さけ)んだまゝ暫時(しばらく)開(あ)いた口(くち)も塞(ふさ)がらなかつたよ。