こわ)” の例文
「荷物をおろして下さるか、お祭りを停めて下さるか、さあ、どっちですって、あたし、今朝っからこわ談判をしているところなのよ」
痀女抄録 (新字新仮名) / 矢田津世子(著)
が、痛みでどこもかしこもこわばっている体ではどうしてもベッドから車椅子に乗りうつる一つ二つの身ごなしがままにならなかった。
道標 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
旅芸人に因縁いんねんをつけたがる雲助や破落戸ごろつきの類が、こわかおをしてやって来た時にムクがいて、じっとその面を見ながら傍へ寄って行くと
腕がこわばり、呼吸がはずみ、足の筋が釣った。それでも、彼は、隙を狙うべく、紙帳を巡った。帳中の左門によって、見抜かれてしまった。
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
丸っこい顔に、どこか子供っぽい眼をしていて、それで毛がこわいので、ひげった後は、よくあごに血をふき出している。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
主人の口占くちうらから、あらまし以上のような推察がついた今となっては、客も無下むげじょうこわくしている訳にも行かない。
雪の宿り (新字新仮名) / 神西清(著)
そういっているとき、博士は急に身体をこわばらせた。そして手をあげて助手を呼び寄せた。五分ばかり経った後、博士は元のゆるやかな姿勢に戻った。
地球発狂事件 (新字新仮名) / 海野十三丘丘十郎(著)
藤蔓に頸根くびねを抑えられた櫂が、くごとにしわりでもする事か、こわうなじ真直ますぐに立てたまま、藤蔓とれ、舷と擦れる。櫂は一掻ごとにぎいぎいと鳴る。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その指図をうけないのは、筑紫と、菱川と、かれとの三人だけだった。——いえば別扱い。……そうした水臭い、他人がましい、情のこわい師匠になった……
春泥 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
「あれ、じょうこわいねえ、さあ、ええ、ま、せてるくせに。」とむこうへ突いた、男の身が浮いた下へ、片袖を敷かせると、まくれた白い腕を、ひざすがって、お柳はほっ呼吸いき
木精(三尺角拾遺) (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
『日本紀』景行天皇四十年のみことのりに、「東夷ひがしのひな中蝦夷うちえみしもっとこわし。男女まじ父子かぞこわかち無し云々」
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
じっと下河原清左衞門の顔を見て居りましたが、人は見掛けに依らんものと見えて柔和温順の人に悪人があったり、あるいは人殺しでもしそうなこわ顔色がんしょくの者にかえって誠の善人がある
政談月の鏡 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
警部が入って行くと、むっとストーブのいきれが寒さに、痛い程こわばった顔を襲った。ゴシゴシと両手で、顔をこすりながら入って行く警部に、久保田検事が立って来て手を出した。
(新字新仮名) / 楠田匡介(著)
足のくるぶしが、膝のひつかがみが、腰のつがいが、くびのつけ根が、顳顬こめかみが、ぼんの窪が——と、段々上って来るひよめきの為にうごめいた。自然に、ほんの偶然こわばったままの膝が、折りかがめられた。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
「ジョ、冗談でしょう。三度の飯も、こわくなきゃ食ったような気のしねえあっしだ」
銭形平次捕物控:126 辻斬 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
が、その後妻が、しばらくすると黙り込んで、あまり口数をかないようになり、その女を包んでいた花の咲きそうなあたたかな雰囲気が無くなって、冷たいこわばったものとなってしまった。
藍微塵の衣服 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
彼の顔は仮面のようにこわばり、呼吸が静かに深くなった。彼は荒神さまを押しのけた。隙をねらうという策はだめだ、現にそれは失敗し、なさけないほどみじめなざまをさらしてしまった。
ひとごろし (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
金五郎 (忠太郎を殺し、下手人を鳥羽田に塗りつけ、おのれは水熊へこわもてで、入婿いりむこになる計画を捨てず、鳥羽田の刀を拾って、忠太郎の隙を伺い、忍び寄り刀をし、今や刺さんとする)
瞼の母 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
どうも馬鹿なのだから、分らないでもようがない。そこでじれったがりながら、反復して同じ事を言う。しかし自分の言うことが別当に聞えるのはこわいので、次第に声は小さくなるのである。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
娘は情こわく笑ッていて、返しそうな様子もないから、自分は口惜くちおしくなり、やッきとなり、目を皿のようにして、たくさんあるところを、と、見廻わした、運よくまた見つけた、向うの叢蔭むらかげ
初恋 (新字新仮名) / 矢崎嵯峨の舎(著)
おりんを始めいろ/\な人から情のこわい女だと云はれてゐたものだから、いつか自分でもさう思はされてゐたせゐであつたが、此の間からリヽーのために捧げ尽した辛労と心づかひとを考へる時
猫と庄造と二人のをんな (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
三度食うめしさえもこわい柔かいがある。この浮世を渡るにめしきようについて、あまり明白な意思を有するものは、恐らくは生涯の三分の二は飯のために不満足を唱えて暮らさねばならぬだろう。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
なんというこわい、また我儘わがままな卑しい心であろう。
午前五時の露っぽい空気を裂いて疾走するので、太陽は上っているが、伸子の頬や唇がひやひやで、こわばるようであった。
伸子 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
あかりの不意に消えたことは、乱軍の休戦ラッパとなり、同時にまた、あのこわもてのような、変な空気ではじめた余興の見事な引上げぶりに終りました。
大菩薩峠:40 山科の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
主人の口占くちうらから、あらまし以上のやうな推察がついた今となつては、客も無下むげじょうこわくしてゐる訳にも行かない。
雪の宿り (新字旧仮名) / 神西清(著)
みな一様に、腹巻いでたちのこわらしい郷武者風さとむしゃふうである。——と気づいて、尼がふと、たじろぎ顔を佇ませると、それをべつな意味に見たのか、中の一人が
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「潔癖も程々になさりませ。情のこわさも程々に。……お吉様のお心持ち、もう汲んでおやりなされませ」
血煙天明陣 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
そこを番頭の孫六に見付かって、こわ意見をされたんだろう——いや煙草二三服というから、意見をする暇がなかったかも知れない。ともかく、翁屋が立つか潰れるかという千両の金だ。
おりんを始めいろ/\な人からじょうこわい女だと云はれてゐたものだから、いつか自分でもさう思はされてゐたせゐであつたが、此の間からリヽーのために捧げ尽した辛労と心づかひとを考へる時
猫と庄造と二人のをんな (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
なんのことはない膃肭獣おっとせいのような真似をすること三分、ブルブルと飛び上ってこわひげをすっかりおとすのに四分、一分で口と顔とを洗い、あとの二分で身体をぬぐい失礼ならざる程度の洋服を着て
爬虫館事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
婆あさんにも別当にも聞せようとするのである。女はこんな事も言う。借家人のることは家主の責任である。サアベルがこわくて物が言えないようなら、サアベルなんぞに始から家を貸さないが好い。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
何とか云わなければならないと思う心が強くなればなるほど、彼の舌がこわばって、口の奥に堅くなってしまう。
禰宜様宮田 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
しかし打ち見やるところ、清高は四十前後の平凡な武者で、そうこわらしげな男でもない。
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかし、その首級くびもユルユルと廻り、頼母へぼんのくぼを見せ、やがて闇の中へ消えた。頼母は全身をこわばらせ、両手を握りしめた。と、またも、窓へ、以前の男の首級があらわれた。
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「それもこのごろでは張合いがないわい、甲府の女どもにまで懐都合ふところつごう見透みすかされるようなこわもてで、騒いでみたところがはじまらない、やっぱり貴様のかおを見ながら飲んでいる方がよい」
大菩薩峠:08 白根山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
おりんを始めいろいろな人から情のこわい女だと云われていたものだから、いつか自分でもそう思わされていたせいであったが、この間からリリーのためにささげ尽した辛労と心づかいとを考える時
猫と庄造と二人のおんな (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
ひどく凍ると空気は板みたいにこわばって、うまく吸いこめるもんじゃない。飯場へ行くまでにも髭は白くなるし、頬っぺたや口のまわりが針束で刺されるように痛んだ。
ズラかった信吉 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
弁円は、とても、眠られるどころではない瞳をあげて、こわい眉毛の蔭から、星を仰いだ。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
タラタラと額から汗を落とし、甚内は総身をこわばらせた。
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
いや兼好は、机のまえの庭先に、もうそのこわらしき者を、眼に見ていた。
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そして、息もせず、体じゅうをこわばらせ、足を畳に踏張って抵抗した。肩に顔を伏せているので見えはしないが、いずれ真赤に汗ばんで、わっと泣き出す一歩手前に相違ない。伸子は動くのをやめた。
伸子 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
と、とうとう頼母は、少しこわばった声で云った。
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
そして、その上にこわもてに全身で居直った。
道標 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
「お綱ッ、じょうこわいのも程にしろよ」
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
じょうこわいおやじめ!」
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)