女将おかみ)” の例文
旧字:女將
浜町の豊田の女将おかみが、巫女舞みこまいを習った時分に稽古をしたので、その頃は、新橋でも芳町でも、お神楽かぐらが大流行だったと云う事である。
ひょっとこ (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「だが、お前のお養母っかさんの浜中屋の女将おかみときては、公方くぼうの肩持ちで、ちゃきちゃきな江戸ッ児だからな。万一、密告されると……」
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それでいのだ、わたしに後の心配はすこしもない。とお雪は叫びたかった。四万円の代金しろきんで姉さんは加藤楼の女将おかみになっている。
モルガンお雪 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
とほざくようにいって、長火鉢ながひばちの向かい座にどっかとあぐらをかいた。ついて来た女将おかみは立ったまましばらく二人ふたりを見くらべていたが
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
「あゝ、社長、忘れていました。この間築地の待合の女将おかみから電話がかゝって来ました。社長の数珠がお預りしてあるそうです」
人生正会員 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
そこの女将おかみは娘のうちから出嫌ひの上に、店の仕事が忙しづくめなので、十年ばかりといふもの、滅多に戸口から外へ出なかつた。
葭町よしちょうの「つぼ半」という待合の女将おかみで、名前は福田きぬ、年は三十そこそこの、どう見たって玄人くろうとあがりのシャンとした中年増なんです……
あやつり裁判 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
下宿の女将おかみの立替とを差引いて、尚残るであろう所の金を勘定して、実際は買わないが買いたい処のものを思い浮べながら
琥珀のパイプ (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
「あ、お隣の待合さん?」とさも何か知っていそうな調子で、急に少し声をひそめ、「ねえさん。お隣じゃ、あの女将おかみさんがコレなんだとさ。」
夏すがた (新字新仮名) / 永井荷風(著)
帳場の奥からまゆの青ずんだ女将おかみが、うろたえて出て来ると、あわてふためき乍ら、ゆうべのあの二階の部屋へ導いていった。
山県有朋の靴 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
陽気な船乗りジョリー・ター」の女将おかみに烈しく追っかけられながら、聖アンドルーの階段の方へと暗い小路を一所懸命に走っていた。
言い値が八十銭か八十五銭だったのを、大分ねばって六十銭で買って帰ると、いい買物だと下宿の女将おかみにほめられた。
胡堂百話 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
まだまだあの女将おかみはやつてゐる。キリキリと砥石に一当ひとあてあてて、じつと聴くともなくを返すとホロリと涙が落ちた。
桐の花 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
ちょうどほかの下宿人へ朝飯を運ぼうとしていた女将おかみのクロスレイ夫人に階段の下で出合うと、ブラドンは、どこかこの近所に医者はないかといた。
浴槽の花嫁 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
色の白い鼻筋の通った、一重目蓋の男である、彼は宿の女将おかみと懇意になると、よく様々な世間話をした末が、この界隈の娘だちや、嫁の話しを初めた。
惨事のあと (新字新仮名) / 素木しづ(著)
三人は橋のたもとから狭い土堤どて下の道を小走りに歩いていた。女は土地の料理店『柳亭やなぎてい』の女将おかみたまで、一緒についてきたのは料理番の佐吉爺さきちじいさんである。
暴風雨に終わった一日 (新字新仮名) / 松本泰(著)
青流亭せいりゅうてい女将おかみ進藤富子しんどうとみこも、工学士こうがくし中内忠なかうちただしも、刈谷音吉かりやおときち毒殺犯人どくさつはんにんとしての容疑ようぎは、かなり濃厚のうこうだとてよいのだろう。
金魚は死んでいた (新字新仮名) / 大下宇陀児(著)
私は早速ホテルの女将おかみにいろいろ訊いてみました。総領事夫人とは一面識もないような顔をして云ったのですが
機密の魅惑 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
その待合の女将おかみと女中は、私の同僚につきそわれて、今朝の一番で東都を出発いたしております。夕方五時には、おそくもここへ到着いたす筈であります
不連続殺人事件 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
藤川の女将おかみは、年のころ五十ばかりで、名古屋の料亭りょうていの娘といわれ、お茶のたしなみもあるだけに、挙動はしとやかで、思いやりも深そうな人柄な女であった。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
梅の屋は円朝も識っているので、さらに梅の屋へ行って聞き合わせると、その老女将おかみは塩原家の縁者であったが、これも遠い昔の事はよく知らないと云う。
寄席と芝居と (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
女将おかみが声を掛けたのに、ろくろく返事をしようともせず、お色はフラリと茶屋を出た。同じ道を帰って行った。
銅銭会事変 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
しかるにそのおいなる田崎某たざきぼう妾に向かいて、ある遊廓にひそめるよし告げければ、妾先ず行きて磯山の在否を問いしに、待合まちあい女将おかみで来りて、あらずと弁ず。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
その枕元に近所の医者……下宿の女将おかみの報告に係る淋病のドクトルがタッタ一人坐って胃洗滌をやっている。
山羊髯編輯長 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
数日前「Matsu・ホテル」のダンス・ホールでもと吉原の遊女であった中年の女将おかみが殺害された事件。
スポールティフな娼婦 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
(そこで、女将おかみが何か云はうとする)いや、そのことなら、もう分りましたよ。今日けふは、黙つて帰り給へ。
雅俗貧困譜 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
ただ一度、今年の正月でしたか、開橋式の花火をみんなが見ているとき、女将おかみさんがいそいそと廊下を通りかかり、その時、帰ってゆくらしい後姿を見ましたの。
地虫 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
集つてゐる人々の顔ぶれを見ると市内有数の割烹かっぽう店の主人、待合の女将おかみ、食通、料理人組合の幹部と言つた連中で、どれも一かど舌に自信を持つ者ばかりであつた。
たぬき汁 (新字旧仮名) / 佐藤垢石(著)
きみが自分の健康を女将おかみに捧げて、自分の若さも魂も女将のために台なしにされてしまったのも忘れて、まるできみが女将の身代を破産させて、赤裸にしたあげく
人気の外には収入みいりも無い映画女優などは後足で砂を掛け、土橋に近い銀座裏のある町角に「巴里パリー」という、秘密めかしいバーを出させてその女将おかみにおさまり、この二
魔都 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
「いらっしゃい。」いつも、きちっと痛いほど襟元えりもとを固く合せている四十歳前後の、その女将おかみは、青白い顔をして出て来て、冷く挨拶あいさつした。「お泊りで、ございますか。」
八十八夜 (新字新仮名) / 太宰治(著)
新喜楽のまえの女将おかみの生きていた時分に、この女将と彼女と、もう一人新橋のひさごあたりが一つ席に落合って、雑談でも始めると、この社会人の耳には典型的と思われる
老妓抄 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「それは捨ておかれず。しかして髪は油がついているかどうか」とたずねられて、ナールとばかり女将おかみが気が付いたから、女部屋に掛けてありしほうきをあらためて見て大笑い。
おばけの正体 (新字新仮名) / 井上円了(著)
この頃人てに聞けば、彼女は今では札幌見番でも一、二を争う大きな芸妓家の女将おかみになって、最近では裏の方に新築を始めて、料理屋も始めるらしいという噂であったが
生不動 (新字新仮名) / 橘外男(著)
ゆうべ白魚屋敷の大鍋こと鍋屋で行われた女将おかみお美野殺しの一件を、聴いているのかいないのか、それでもときどき相槌を打ちながら、片裾を掴み上げて足早やに急いでいる。
「先生だそうです。」帳場で多分私のことだろう、女将おかみに告げている番頭の声がきこえた。私は宿屋のどてらに着換えて散歩に出た。犬吠いぬぼう岬の灯台を仰いでから、映画館に入った。
遁走 (新字新仮名) / 小山清(著)
折柄バタ/\せ来れる女中のお仲「松島さんがネ、花吉さんが遅いので、又たお株の大じれこみデ、大洞おほほらさんがネ、女将おかみさんに一寸来て何とかして貰ひたいツておつしやるんですよ」
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
そこへ梯子段をミシミシいわせて上って来た下宿の女将おかみが頓狂な声を張りあげた。
科学者と夜店商人 (新字新仮名) / 海野十三佐野昌一(著)
それに井生村楼の女将おかみが同会に大変肩を入れ、楼の全部の席を同会のために提供してくれ、しかも席料なども安くしてくれ、非常に同情的にあんに後援してくれたのでいろいろ都合がよく
カッフェの戸口から女が性急せっかちに声をかけると、女将おかみが鍵と燭台をもって来て
碧眼 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
奥座敷で楼主と御飯をすました女将おかみが店へ顔を出した。若い頃はさぞ立派で美しかったのであろう、鉛毒で青みを帯びた、眉を剃った四十六、七の女将は、妓供達でさえの気をらすまいとした。
地上:地に潜むもの (新字新仮名) / 島田清次郎(著)
屋根船の四、五艘は河岸にもやって上流紳士の出入りも繁く、ほろ酔い機嫌で芸者幇間に取り巻かれ、「御機嫌よう」と送り出す女将おかみの声を後に、乗り込む屋根船、二人船頭で景気よく浮かれだし
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
茶の間は応接室がわりに成っていて、仕切場しきりばだとか大札おおふだだとか芝居茶屋の女将おかみだとかそういう座付の連中ばかりでなくその他の客が入れ替り立ち替り訪ねて来るたびに、よく捨吉が茶を運ぶところだ。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そりゃあ、私には出すぎたことでしょうよ、なにしろ私は下宿の女将おかみにすぎませんからねえ。ところで、少し監視人から聞いたと申しましたが、何かとりたててわるいことがあったとは、申せません。
審判 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
「これを、「飛鳥」の女将おかみさんが、あなたに渡して下さい、って」
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
そして日本前掛をかけて働いていると、二日目の朝女将おかみ
女給 (新字新仮名) / 細井和喜蔵(著)
女将おかみさんが煎茶道具をもって登って来た。
高台寺 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
「あの女将おかみ、まだ生きているだろうか?」
幻化 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
「でも、ここへ来て、夫人マダムといえばおていさいはいいけれど、しょッ中、異人のお相手ですもの。——まるでチャブ屋の女将おかみだわ」
かんかん虫は唄う (新字新仮名) / 吉川英治(著)
女は当代の名物女とゆるされた故「喜楽」の女将おかみおきんであった。男は政界の名物法螺丸ほらまる綽名あだなをよばれた、杉山茂丸という人である。
一世お鯉 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)