垢染あかじ)” の例文
女の方は二十前後の若い妻らしい人だが、垢染あかじみた手拭てぬぐいかぶり、襦袢肌抜じゅばんはだぬ尻端折しりはしょりという風で、前垂を下げて、藁草履わらぞうり穿いていた。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そのときつぎはぎだらけの垢染あかじみたあわせがぶざまにみだれて、びっくりするほど白いやわらかな内腿うちももしりのほうまでむきだしになった。
お繁 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
米国造船能力の消長にあるのを思ふと独逸膺懲ようちようかぎは、とりも直さず、四十年ぜんの煙草屋の小僧の垢染あかじんだ掌面に握られてゐる次第なのだ。
お庄も寒い外の風に吹かれながら鼻頭はながしらを赤くして上って来た客に声かけて、垢染あかじみた蒲団などを持ち出して行った。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
それが人に化けたような乱髪、髯面ひげづら、毛むくじゃらの手、扮装いでたちは黒紋付の垢染あかじみたのに裁付袴たっつけばかま
怪異黒姫おろし (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
お美代が、自分の家でこしらえた粗末な燭台を手にして這入はいって来た。お婆さんは、感謝の念だけで口がきけなかった。その灰色にまで垢染あかじみた枕は、ぐっしょり濡れていた。
蜜柑 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
夏着なつぎ冬着ありたけの襤褸ぼろ十二一重じゅうにひとえをだらりとまとうて、破れしゃっぽのこともあり、黒い髪を長く額に垂らして居ることもあり、或は垢染あかじみた手拭を頬冠ほおかむりのこともある。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
空々寂々くうくうじゃくじゃくチンプンカンの講釈をきいて、その中で古く手垢てあかついてるやつが塾長だ。こんな奴等が二千年来垢染あかじみた傷寒しょうかん論を土産にして、国にかえって人を殺すとは恐ろしいじゃないか。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
赤い布片きれか何かで無雜作に髮をたばねた頭を、垢染あかじみた浅黄あさぎの手拭に包んで、雪でも降る日には、不恰好な雪沓つまごを穿いて、半分につた赤毛布を頭からスッポリかぶつて來る者の多い中に
二筋の血 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
そうかと思うと洋服に高帽子で居酒屋に飛込んで見たり、垢染あかじみた綿服の尻からげか何かで立派な料理屋へ澄まして入って見たり、大袈裟おおげさ威張いばり散らして一文も祝儀をやらなかったり
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
垢染あかじみて、貧乏じわのおびただしくたたまれた、渋紙のような頬げたに、平手で押し拭われたらしい涙のあとが濡れたままで残っている。そこには白髪の三本ほど生えた大きないぼもあった。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
これがために不思議に愛々しい、年の頃二十三四の小造こづくりやせぎすなのが、中形の浴衣の汗になった、垢染あかじみた、左の腕あたりに大きな焼穴のあるのを一枚引掛ひっかけて、三尺の帯を尻下りに結び
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
獄中常におのずからの春ありて、靄然あいぜんたる和気わきの立ちめし翌年四、五月の頃と覚ゆ、ある日看守は例の如く監倉かんそうかぎを鳴らして来り、それ新入しんにゅうがあるぞといいつつ、一人の垢染あかじみたる二十五
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
垢染あかじみて、つぎはぎだらけで、ボロボロで、見るかげもない侘しい着物には、人生行路の氷雨ひさめやしまきや雪みぞれの憂さ辛さが見るからに滲みだしていて、いたましさにハッと助六は目を伏せた。
寄席 (新字新仮名) / 正岡容(著)
筒袖の垢染あかじみた百姓着に、古い三尺をこくめいに結んで、浅黄の股引ももひきの膝当のついたのを丹念にはき、誰もいないところで、わき目もふらずに薪をこしらえている。これが七兵衛の本色なのです。
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
雪のように白くなくとも、古綿のように垢染あかじみた色でも見える筈だ。
(新字新仮名) / 小川未明(著)
垢染あかじみた布団ふとんひややかに敷いて、五分刈ごぶがりが七分ほどに延びた頭を薄ぎたない枕の上によこたえていた高柳君はふと眼をげて庭前ていぜん梧桐ごとうを見た。高柳君は述作をして眼がつかれると必ずこの梧桐を見る。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
何か職業を尋ね顔に、垢染あかじみた着物を身にまとひ乍ら、素足のまゝで土を踏んで行くものもあつた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
今日阪神電車に乗ると、私の前にとしの頃は四十恰好の職人風らしい男が腰をかけてゐた。木綿物もめんものだが小瀟洒こざつぱりした身装みなりをしてゐるのにメリヤスの襦袢シヤツのみは垢染あかじんで薄汚かつた。
それが又如何どうしたのか。垢染あかじみ過ぎた蝶散らしの染浴衣。白地の多いだけに秋も初めとは云いながら、冷や冷やと見すぼらしく。帯も細く皺だらけで、貧弱さと云ったら無いので有った。
死剣と生縄 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
のはうづにおほきないぬなので、前足まへあし突張つツぱつてつたから、ちつぽけな、いぢけた、さむがりの、ぼろツよりたかいので、いゝになつて、垢染あかじみたえりところあかしたながいので、ぺろりとなめて
迷子 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
黒木綿の紋付羽織、垢染あかじみた着物、粗末な小倉の袴を着けて、兢々おづ/\郡視学の前に進んだ。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
見れば直江津の方角から、長い列車が黒烟くろけぶりを揚げて進んで来た。顔も衣服きもの垢染あかじみ汚れた駅夫の群は忙しさうに駈けて歩く。やがて駅長もあらはれた。汽車はもう人々の前に停つた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)