判然はんぜん)” の例文
その時この長蔵さんは、誰を見ても手頃な若いしゅとさえ鑑定すれば、働く気はないかねと持ち掛ける男だと云う事を判然はんぜんさとった。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
見天に耳なしと雖も是をきゝ正邪せいじや判然はんぜんたるは天道の照し給ふ處なり其罪成ぬ九助が無實は今日顯然げんぜんたる上からは出牢しゆつらう
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
もし厳密に精確の調査を遂げて帰らるるにおいては、法王殿下はその臣民を法に問うべきものであるか無いかということがきっと判然はんぜんせらるるに違いない。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
いま一つ招魂社せうこんしやうしろ木立こだちのなかにも、なまめかしい此物語このものがたりあとつけられてあるが、其後そのゝち関係くわんけいは一さいわからぬ。いまこひなかはつゞいてゐるかいなか、それ判然はんぜんせぬ。
背負揚 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
したがっての顔は判然はんぜんせぬが、わずかに灰色の髪の毛にって、の六十近い老人であることをたしかめ得た。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
二つの手の存在が判然はんぜんとしなくなつた時、二人は空につゞくかぎりない白い路と、灰色の野の上に太陽の光線の箭にすぢづけられた雲の色とを、繪でも見るやうに眺めた。
幸福への道 (旧字旧仮名) / 素木しづ(著)
あなかず孔中こうちゆう堂宇だうゝの二證據しようこで、石は雲飛うんぴのものといふにきまり、石賣は或人より二十兩出してかつしなといふことも判然はんぜんして無罪むざいとなり、かくも石は首尾しゆびよく雲飛の手にかへつた。
石清虚 (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
始めて何部なにぶの何番ということをげたから、さっそくその教室に行って、入ってみると、なるほどその顔形がいかにもくだんの婦人によく似た青年で、まさしく両者の関係が親子であることが判然はんぜんした。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
ひげやら前垂まへだれやら判然はんぜん區別くべつかぬ。
浅茅生 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
その上白シャツと白襟しろえりが離れ離れになって、あおむくと間から咽喉仏のどぼとけが見える。第一黒い襟飾りが襟に属しているのか、シャツに属しているのか判然はんぜんしない。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
仕つり其節そのせつ切腹せつぷく仕るべき覺悟かくごに候然らば當年中にはよも御對顏のはこびには相成まじく其内に眞僞しんぎ判然はんぜんも仕らんかと所存を定め候あひだ今晩こんばん亡者まうじや姿すがたにて不淨門の番人を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
Kはむしろ平気でした。お嬢さんの態度になると、知ってわざとやるのか、知らないで無邪気むじゃきにやるのか、そこの区別がちょっと判然はんぜんしない点がありました。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
破談はだんに致すこと不埓ふらち千萬なる事なれどかく事柄ことがらの相分り光に病のあらざる事判然はんぜん致す上は長左衞門夫婦ふうふ長三郎においても光をよめに致さん事仔細あるまじければ只今より親子の者を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
もう年数ねんすうもよほどっていますし、それに私にはそれほど興味のない事ですから、判然はんぜんとは覚えていませんが、何でもそこは日蓮にちれんの生れた村だとかいう話でした。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ただあごひげに至ってはその時から今日こんにちに至るまで、寧日ねいじつなくり続けに剃っているから、地面と居宅やしきがはたして髯と共にわが手にるかどうかいまだに判然はんぜんせずにいた。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
是非探究して見なければならん。それにしても昨日きのうあの女のあとを付けなかったのは残念だ。もし向後こうごあの女に逢う事が出来ないとするとこの事件は判然はんぜんと分りそうにもない。
趣味の遺伝 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ふにこまらないと思つて、さう無精ぶせうかほをしなくつてからう。もう少し判然はんぜんとしてれ。此方こつち生死せいしたゝかひだ」と云つて、寺尾は小形こがたの本をとん/\と椅子いすかどで二返たゝいた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
その一輪がどこまでむらがって、どこまで咲いているか分らぬ。それにもかかわらず一輪はついに一輪で、一輪と一輪の間から、薄青い空が判然はんぜんと望まれる。花の色は無論純白ではない。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
猫は鼠をる事を忘れ、人間は借金のある事を忘れる。時には自分のたましい居所いどころさえ忘れて正体なくなる。ただ菜の花を遠く望んだときに眼がめる。雲雀の声を聞いたときに魂のありかが判然はんぜんする。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
僕の心持が何かの調子でやわらげられたのか、千代子の僕に対する態度がどこかで角度を改ためたのか、それは判然はんぜんと云いにくい。こうだと説明のできるとらえどころは両方になかったらしく記憶している。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
半紙に認ためられたものはことごとく鉛筆の走り書なので、光線の暗い所では字画さえ判然はんぜんしないのが多かった。乱暴で読めないのも時々出て来た。疲れた眼を上げて、積み重ねた束を見る健三は落胆がっかりした。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「そうさな。あんまり判然はんぜんとしちゃいない」
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)