丹塗にぬ)” の例文
なんでも幼い時に一度、この羅生門らしょうもんのような、大きな丹塗にぬりの門の下を、たれかに抱くか、負われかして、通ったという記憶がある。
偸盗 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
いまは高い屋根と、丹塗にぬりの掲額のある二重までしか見えないのに、ぜんたいを眺めたときよりは、よほど大きく、重おもしいように感じられた。
穴倉のように暗い三等船室に帰って、自分の毛布の上に坐っていると丹塗にぬりのはげた膳の上にはヒジキの煮たのや味噌汁があじきなく並んでいた。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
微風、水鳥、花咲いた水藻、湖水はたいらかでございました。烏帽子えぼし水干すいかん丹塗にぬりの扇、可哀そうな失恋した白拍子は、揺られ揺られて行きました。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
障子しょうじ欄間らんま床柱とこばしらなどは黒塗くろぬりり、またえん欄干てすりひさし、その造作ぞうさくの一丹塗にぬり、とった具合ぐあいに、とてもその色彩いろどり複雑ふくざつで、そして濃艶のうえんなのでございます。
丹塗にぬりの鳥居をくゞつて、大銀杏おほいてふの下に立つた時、小池はう言つて、おみつ襟足えりあしのぞき込むやうにした。
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
木の影には他の工場の倉庫らしい丹塗にぬりの単純な建物が半面を日に照らされて輝いている。その前には廃工場のみぎわに茂った花すすきが銀のように光っている。
写生紀行 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
しかしそれは北アルプスの雪の山が、山それ自身が高大である為の崇高ではない。或は杉並木の奥からほの見ゆる丹塗にぬりの御社の「神」を予想した為の崇高でもない。
奥秩父の山旅日記 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
郎女いらつめは、生れてはじめて、「朝目よく」とった語を、内容深く感じたのである。目の前に赤々と、丹塗にぬりに照り輝いて、朝日を反射して居るのは、寺の大門ではないか。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
最初に渓川たにがわの流に物を洗いに降りて、美しい丹塗にぬりのが川上からうかんできたのを、拾うて還って床のかたわらに立てて置いたという例があるのを見ると、また異常なる感動をもって
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
こんもり木立こだちのしげるところに、丹塗にぬりのやしろがあって、そのまえに、ひとがひざまずいて、よく祈願きがんをこめていました。ちょうどこのとき、おとこは、かみさまにおれいをいっているのでした。
うずめられた鏡 (新字新仮名) / 小川未明(著)
そう言い、孔の一つびとつに針金をしながら、器用な手つきで古い埃をほじくり出した。丹塗にぬりの笛の胴にはいってから密着くっついたのか、滑らかな手擦れでみがかれた光沢があった。
後の日の童子 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
三方の壁には今申す丹塗にぬりの長持が、ズラリと並び、一方の隅には、昔風の縦に長い本箱が、五つ六つ、その上には、本箱に入り切らぬ黄表紙、青表紙が、虫の食った背中を見せて
人でなしの恋 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
丹塗にぬりに、高蒔絵たかまきえで波模様を現した、立派やかな、唐櫃からびつだった。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
砂まろび遊びほれつつこれの子や丹塗にぬりの汽車は忘れ来にけり
海阪 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
彼の愛する風景は大きい丹塗にぬりの観音堂かんのんどうの前に無数のはとの飛ぶ浅草あさくさである。あるいはまた高い時計台の下に鉄道馬車の通る銀座である。
少年 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
お昼の弁当も美味うまし、さけのパン粉で揚げたのや、いんげんの青いの、ずいきのひたし、丹塗にぬりの箱を両手にかかえて、私は遠いお母さんの事を思い出していた。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
丹塗にぬりの家や白堊はくあの家や、鐘楼しょうろうめいた大きな塔が、あるいは林にまたは丘にすくすくとして立っている。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
門柱もんちゅうそのはすべて丹塗にぬり、べつとびらはなく、その丸味まるみのついた入口いりぐちからは自由じゆう門内もんない模様もよううかがわれます。あたりにはべつ門衛もんえいらしいものも見掛みかけませんでした。
目の前に、赤々と丹塗にぬりに照り輝いて、朝日を反射して居るのは、寺の大門ではないか。さうして、門をとほして、第二の門が見えて、此もおなじ丹塗りにきらめいて居る。
死者の書:――初稿版―― (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
丹塗にぬりのやしろも、なが月日つきひ雨風あめかぜにさらされて、くちたり、こわれたりして、そのたびに、村人むらびとによっててかえられたけれど、まだわずかに、むかし面影おもかげだけは、のこっていました。
うずめられた鏡 (新字新仮名) / 小川未明(著)
祖先伝来の丹塗にぬりの長持ながもちや、紋章もんしょうの様な錠前じょうまえのついたいかめしい箪笥たんすや、虫の食った鎧櫃よろいびつや、不用の書物をつめた本箱や、そのほか様々のがらくた道具を、滅茶苦茶めちゃくちゃに置き並べ積重ねた。
(新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
猪熊の爺は、形のない、気味の悪い「死」が、しんぼうづよく、丹塗にぬりの柱の向こうに、じっと自分の息をうかがっているのを感じた。
偸盗 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
それからまたしばらくぎると、なにやらほんのりと丹塗にぬりのもんらしいものがうつります。
たとえば、丹塗にぬりのやしろがあり、用水池ようすいいけがあり、古墳こふんはそのかたわらにあったことや、伝説でんせつはなしや、かんったときのありさまなど、当時とうじのことを、おもしながらかたったのであります。
うずめられた鏡 (新字新仮名) / 小川未明(著)
雨は丹塗にぬりの門の空に、寂しい音を立て続けた。男は法師を尻目にしながら、苛立いらだたしい思ひをまぎらせたさに、あちこち石畳みを歩いてゐた。
六の宮の姫君 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
今ごろは丹塗にぬりの堂の前にも明るい銀杏いてふ黄葉くわうえうの中に、不相変あひかはらずはとが何十羽も大まはりに輪をゑがいてゐることであらう。
野人生計事 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
羅生門らしょうもんは、まだ明けない。下から見ると、つめたく露を置いたいらかや、丹塗にぬりのはげた欄干に、傾きかかった月の光が、いざよいながら、残っている。
偸盗 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
第一に浅草といひさへすれば僕の目の前に現れるのは大きい丹塗にぬりの伽藍がらんである。或はあの伽藍を中心にした五重塔ごぢゆうのたふ仁王門にわうもんである。これは今度の震災しんさいにもさいはひと無事に焼残つた。
野人生計事 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)