不逞ふてい)” の例文
実人生への敗恤はいじゅつと、それによって交換し得た文学精神の不逞ふていの自信とで、内心の動揺をなかなか処理しきれなかった人のようだ。
中世の文学伝統 (新字新仮名) / 風巻景次郎(著)
倉庫業の来六屋出平きろくやでへいとは出来六できろくでござるぞ、あの不逞ふていな下僕、旅先で哀れな少年八百助を脅し、金を奪ってけし飛んだかの出来六でござる。
ここでは旧套きゅうとうの良心過敏かびん性にかかっている都会娘の小初の意地も悲哀ひあい執着しゅうちゃくも性を抜かれ、代って魚介ぎょかいすっぽんが持つ素朴そぼく不逞ふていの自由さがよみがえった。
渾沌未分 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
足柄あしがらの箱根の山の中には数え切れぬほどの不逞ふていやからどもが蟠居ばんきょしているのだそうだ。いつ我々に対して刃向はむかって来るか分ったものではない。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
もちろん航空用のアルコールを飲むのは、不逞ふていの仕業であり、見付かれば懲罰ちょうばつものであった。だから宴は夜に限られていた。
幻化 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
奈良朝になると、髪の毛をきたな佐保川さほがわ髑髏どくろに入れて、「まじもの」せる不逞ふていの者などあった。これは咒詛調伏じゅそちょうぶくで、厭魅えんみである、悪い意味のものだ。
魔法修行者 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
彼はさっきから不逞ふていな面構えをして、顔から飛び出すような眼をもって、相手の維茂、為憲以下の者をにらまえていたが
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いつの間にか、地球をうかがっていた、不逞ふていの宇宙魔ミミ族のことは、放送電波にのって全世界へひびきわたった。
宇宙戦隊 (新字新仮名) / 海野十三(著)
真理は普遍の真理であっていいはずであるが、時として一つの行いに二つの名が与えられ、ある時は「忠節」とも、ある時は「不逞ふてい」とも呼ばれるのである。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
さればこそだ、ここに不逞ふていの徒があって、我々の行手を遮り、その威光を汚そうと企てるのは、つまり大公儀そのもの、神祖の御威光を無視するも同様である。
大菩薩峠:35 胆吹の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
奥平おくだいら屋敷のツヒ近所に増山ますやまと云う大名屋敷があって、その屋敷へ不逞ふていの徒が何人とかこもって居るとうので、長州の兵が取囲んで、サア戦争だ、ドン/″\やって居る。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
するとそこでは平素から不逞ふていの志をいだいていた壮丁そうていたちが、ひそかに銃器の手入れや竹槍の用意やをしている。近藤巡査とその同僚たちとは直ちに彼らをひっ捕えた。
霧の蕃社 (新字新仮名) / 中村地平(著)
工人は、不逞ふていなむほんをたくらみ(小山の言葉をそのまま用うれば)にかゝった。宿舎からは、工人の金属的な、激昂した声が、やかましく事務所の方へもれて行った。
武装せる市街 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
しかも女人の顔といふものは、その爪のむざんな攻撃の前に、おどろくべき柔軟自在な、ときにはしぶといまでに不逞ふていな、狡智こうちのかぎりをつくして抵抗するものなのである。
鸚鵡:『白鳳』第二部 (新字旧仮名) / 神西清(著)
侵略、残虐ざんぎゃく、殺人、圧制、強奪——地上の罪禍を悉く背負って、日本は世界一の悪者となり、この自覚において再生の道を求めるがいい。こうした不逞ふていの決意を僕は欲する。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
... 不逞ふていな奴らではあるが、その点は実に感心ですよ」彼はこの時ふと柱時計を見て独りちた。「ところでもう四時間になる。至急報でやったんだから返事は来そうなもんだが」
鉄の規律 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
神を畏れず人を敬わざる不逞ふていの徒にして、何らの恐怖煩悶なくして一生を終る者はむしろはなはだ多い。罪を犯し悪のむしろに坐して平然たるがすなわち悪人の悪人たるゆえんである。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
王兄シャマシュ・シュム・ウキンの謀叛むほんがバビロンの落城でようやくしずまったばかりのこととて、何かまた、不逞ふていの徒の陰謀いんぼうではないかと探ってみたが、それらしい様子もない。
文字禍 (新字新仮名) / 中島敦(著)
改良の精神自体を不善不逞ふていにして良俗に反するものと反感をいだく始末なのである。
土の中からの話 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
「こんにちは! こんにちは!」と彼らはその不逞ふていな冷笑の調子で私に叫んだ。つやつやした鉛色の顔をした終身徒刑囚の一人の若者は、うらやましいふうで私を眺めながら言った。
死刑囚最後の日 (新字新仮名) / ヴィクトル・ユゴー(著)
「ひきいて侵略するふてぶてしさと同時に、その兵自体が、文字通り不逞ふていの徒でござるて、つまり、オロシャの正規兵は夜盗の徒でござる、——よろしいか」と彼は書類をにらみつけた
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
夜になると、千穂子へ対する哀れさ不憫さの愛が頂点に達してゆくのだった。昼間、決断力が強くなっている日ほど、夜になると、不逞ふていきわまる与平の想像がせきを切って流れて行った。
河沙魚 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
凡そ美神を怖れぬ不逞ふていの美学をろうしたりして、寝入ったのはかなり遅かった。
メフィスト (新字新仮名) / 小山清(著)
彼らはいったいどこで夏頃の不逞ふていさや憎々しいほどのすばしこさを失って来るのだろう。色は不鮮明にくろずんで、翅体したい萎縮いしゅくしている。汚い臓物で張り切っていた腹は紙撚こよりのようにせ細っている。
冬の蠅 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
その訳は——下世話げせわにいう、うじより育ち、二十を越すまで、素性すじょう卑しく育った者を、この城中へ入れることは、いろいろとへいがある。二つには、この周囲には、浪人者の不逞ふてい徒輩とはいがいるらしい。
大岡越前の独立 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
パンフィリオが後に法王になってから、デュムーチエを揶揄やゆして、汝の如き不逞ふていの徒は破門して黒焼にすべきであると云った時、デュムーチニは直ちに「私の頭は黒焼にするには白すぎる」と答えた。
愛書癖 (新字新仮名) / 辰野隆(著)
その酒楼の二階座敷の手摺てすりには、やりぶすまを造って下からずらりと突き出した数十本の抜き身の鎗がある。町奉行のために、不逞ふていの徒の集まるものとにらまれて、包囲せられた二人ふたりの侍がそこにある。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
ではなぜ、こんな思いをしてまで岡っ引きたるいろは屋文次が、江戸中の御用の者が、草の根を分けて探している当の死に花の下手人、公儀へ弓引く不逞ふてい浪士篁守人をかばわなければならなかったか。
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
不逞ふてい無頼の鼻つまみものになっているというだけのことである。
本所松坂町 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
どんな朝鮮人も一応すべて不逞ふてい鮮人と見られたのだ。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
不逞ふてい至極の坊主なり、牢に入れよ」
不逞ふてい鮮人取締
刻々 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
そしてどうかしてこの盲人の不逞ふていなものを取り挫いて、心から自分に向ってお叩頭じぎをさせたい願望に充たされるのであった。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「いえいえ、そこはともかく、詩句すべてに流れている不逞ふていな反逆の血と、その恨みかたの凄まじさをご覧ください」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
真理は普遍の真理であっていいはずであるが、時として一つの行いに二つの名が与えられ、ある時は「忠節」とも、ある時は「不逞ふてい」とも呼ばれるのである。
朝鮮の友に贈る書 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
「つまり、誰か、このわしを蹴落けおとそうという不逞ふていの部下が居て、わしに相談もしないで敵を攻めているのではなかろうか。そいつは、恐るべき梟雄きょうゆうである!」
二、〇〇〇年戦争 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「ば、化物だ」出平、すなわちかの不逞ふていなる下僕出来六はがたがたとふるえだした、「——幽霊だ」
あるいは、憎むべき不逞ふていやからどもがいついかなる場合に我々に刃向って来るかも分らないのだ。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
胴巻ぐるみ、百の前へ投げ出したのは、いよいよ怪しからぬことで、行って見ろと嗾けた上に、資本金までも供給するのですから、シンパ以上の、むしろ共謀に近いほどの不逞ふていなのです。
大菩薩峠:41 椰子林の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
そして自分だけ不幸と思う狭い女の胸に、ふいに不逞ふていな思いが湧くのだ。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
そうして、駄々っ子のもつ不逞ふていな安定感というものが、天下者のスケールに於て、彼の残した多くのものに一貫して開花している。ただ、天下者のスケールが、日本的に小さいといううらみはある。
日本文化私観 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
その不逞ふていな賛辞は私を元気づけた。司祭が私のそばに来て席を占めた。私は馬のほうに背を向けて後ろむきに、後部の腰かけに座らされたのだった。そういう最後の注意を見てとって私はぞっとした。
死刑囚最後の日 (新字新仮名) / ヴィクトル・ユゴー(著)
「浪人共の、不逞ふていの業と、心得まする」
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
折角設計して来た自分らしい楼閣を不逞ふていの風がさらい取った感じが深い芸術なるものを通して何かあるとは感づかせられた。
食魔 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
呪い、御治世ぶりにたいし、不逞ふていなる不満と反逆をいだく者の所業にちがいござりませぬ。かかる者は、草の根を
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「名目は不逞ふていの浪人が徒党を組んで、某所に集合するという情報があった、ということなのだが」
風流太平記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
上野の東叡山輪王寺御所蔵の錦旗を盗まんとする不逞ふていの徒が存在するらしいことと、ここでは岩倉三位合意の下に、玉松操たままつみさおに製作せしめた錦旗の図面によって、薩摩と長州の傑物が二人
大菩薩峠:41 椰子林の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
私は自暴自棄じぼうじきになって、不逞ふていにも和歌宮先生の許へ暴れ込んだ。
大脳手術 (新字新仮名) / 海野十三(著)
開き直ってしゃべる時は落着払っていてまこと不逞ふていの感を与える。
篠笹の陰の顔 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
すると、大勢の人夫の中から、見るからに不逞ふていつらがまえをした半裸体の大男が、ここで仲間へ顔を売ろうという気か、のしのしどての上へあがって行った。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)