靴音くつおと)” の例文
満廷粛として水を打ちたるごとくなれば、その靴音くつおとは四壁に響き、天井にこたえて、一種の恐ろしき音をして、傍聴人の胸にとどろきぬ。
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
格闘者の群れが舗道の石をける靴音くつおととの合奏を聞かせたり、あるいはまた終巻でアルベールの愛の破綻はたんと友情の危機を象徴するために
映画雑感(Ⅰ) (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
重い靴音くつおとが天井の上を歩いていた。階下には金切声が言い争っていた。そしてたえず四方の壁は、街路を通る乗合馬車の響きに揺れていた。
今しも、バイエルタールの部下二人が靴音くつおと立てて、小屋のまえを通り過ぎていったところを見ると、マヌエラは、彼らの会話を口真似したに違いない。
人外魔境:01 有尾人 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
もやの深い晩なので、Aデッキから、ボオト・デッキに上がり、誰にも見られず、索具さくぐの蔭で悲しもうと、近づいて行くと、向うから、靴音くつおとがきこえて来た。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
しばらくすると、楽屋口の大戸のそとに、大勢の靴音くつおとがして、何か言いながら、戸をたたきはじめた。それを聞きつけて、道具方の若者が、部屋を飛び出してきた。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
ほどもなく靴音くつおとたかつてたのはまさしく濱島はまじま! 十ねんあひかれには立派りつぱ八字髯はちじひげ
ゆめかな‥‥とおもふと、空洞うつろたたくやうな兵士達へいしたちにぶ靴音くつおとみみいた。——あるいてるんだな‥‥とおもふと、何時いつにからないをんなわらがほまへにはつきりえたりした。
一兵卒と銃 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
靴音くつおと高く、ステッキ打ち振りつつ坂を上り来し武男「失敬、失敬。あ苦しい、走りずめだッたから。しかしあったよ、ステッキは。——う、浪さんどうかしたかい、ひどく顔色いろが悪いぞ」
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
東京の午砲どんにつゞいて横浜の午砲。湿しめった日の電車汽車のひびき。稀に聞く工場の汽笛。夜は北から響く烏山の水車。隣家となり井汲いどくむ音。向うの街道を通る行軍兵士の靴音くつおとや砲車の響。小学校の唱歌。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
百人ちかくの試験官の見張みはり監督していても、ただ水を打ったように静寂せいじゃくを極めて、廊下ろうかの板をふむ巡視の靴音くつおとさえも聞こえないほど静かで、ほとんど人なきがごときさまであるところの玄関に
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
かへしには何時いつでもい、薄馬鹿野郎うすばかやらうめ、弱虫よはむしめ、こしぬけの活地いくぢなしめ、かへりには待伏まちぶせする、横町よこてうやみをつけろと三五らう土間どま投出なげだせば、をりから靴音くつおとたれやらが交番かうばんへの注進ちうしんいまぞしる
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
しのびやかに歩く見まわり役人の靴音くつおと佩剣はいけんの音。
(新字新仮名) / 島木健作(著)
そのときかれ背後はいごせま靴音くつおと
および靴音くつおととに
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
この映画の独自な興味は結局太鼓の音と靴音くつおととこれに伴なう兵隊の行列によって象徴された特異なモチーフをもって貫かせた楽曲的構成にあると思われる。
映画雑感(Ⅰ) (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
ところへ——靴音くつおとをチヤ/\ときざんで、銀杏いてふはうからなすつたのは、町内ちやうない白井氏しらゐしで、おなじく夜警やけい當番たうばん
十六夜 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
折々をり/\當番たうばん船員せんゐん靴音くつおとたか甲板かんぱん往來わうらいするのがきこゆるのみである。
大地だいちあた靴音くつおときしてたかよる空氣くうき反響はんきやうした。
一兵卒と銃 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
たゞ軒下のきしたゆきかよふ夜行やこう巡査じゆんさ靴音くつおとのみたかかりき。
にごりえ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
舗道をあるくルンペンの靴音くつおとによって深更のパリの裏町のさびしさが描かれたり、林間の沼のみぎわに鳴くかえるや虫の声が悲劇のあとのしじまを記載するような例がそれである。
映画芸術 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
医学士は取るとそのまま、靴音くつおと軽く歩を移してつと手術台に近接せり。
外科室 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
太鼓の描くこの主題の伴奏としてはラッパのほかに兵隊の靴音くつおとがある。
映画雑感(Ⅰ) (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)