面窶おもやつ)” の例文
夢みるその碧眼はおどろな色をただよわし、面窶おもやつれのした様は何とも名状しがたいほどだが、満悦の気色はつつみかねたと見えた。
その様子を見るとまた身体からだでも良くないと思われて、真白い顔が少し面窶おもやつれがして、櫛巻くしまきにった頭髪あたまがほっそりとして見える。
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
美しい中にもどこかに気品のある容貌、それにいささかの面窶おもやつれが見えて、人をして思わず深い同情愛憐の心を起さしめる。
水晶の栓 (新字新仮名) / モーリス・ルブラン(著)
リュックを背負う面窶おもやつれした顔は、若々しい力を潜め、それが生きてゆくための最後の抗議、堕ちて来る火の粉を払おうとする表情となっていた。
火の唇 (新字新仮名) / 原民喜(著)
蒼ざめてひどく面窶おもやつれのしたナヂェージダ・イヷーノヴナは、男のものやさしい声や妙な態度に合点が行かず、急いで自分の身に起こった一切を物語った。
決闘 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
父の中務は、やがてふすまを開けて現われた。兄弟は、すぐ父の白髪と、めっきり痩せて来た面窶おもやつれに、眸を向けた。
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
法廷は水を打ったように寂然しんとなった。人々の同情は、この黒衣を着て面窶おもやつれのした百姓婆さんに集まった。
情状酌量 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
年の頃は二十五六、少し面窶おもやつれはしているが、丸髷に結った奥さん風のすっきりとした美しい婦人である。
愛の為めに (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
葉子はその時少し熱があって、面窶おもやつれがしていたが、子供のこととなると、仔猫こねこを取られまいとする親猫のように、急いで下駄げたを突っかけて、母屋おもやの方へけ出して行った。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
あやふかつた。危かつた。——婆やの手伝などをしてゐる面窶おもやつれした顔を今更見てゐると、娘がまだ/\飼兎かひうさぎか何かとさう違ひのないほど、無力無抵抗なことを沁々しみ/″\と感じるのだ。
愚かな父 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
彼女は声をかけた主が帆村だと知ると、面窶おもやつれした頬に微笑を浮べて近よってきた。
蠅男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
しかし、面窶おもやつれしているあなたにお逢いしても、やはりなんにも話せませんでした。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
いつもの通りで、庭へ入ると、母様は風邪が長引いたので、もう大概は快いが、まだちっと寒気がする肩つきで、寝着ねまきの上に、しまの羽織を羽織って、珍らしい櫛巻で、面窶おもやつれがした上に
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
三度さんどとも宜道ぎだう好意かうい白米はくまいかしいだのをべたにはべたが、副食物ふくしよくぶつつては、たのか、大根だいこんたのぐらゐなものであつた。かれかほおのづからあをかつた。まへよりも多少たせう面窶おもやつれてゐた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
その富田とんだ屋の里栄さとえは、つて地唄の『雪』を舞つた。仏蘭西の象徴派詩人の作にあるやうな、幽婉いうゑんな、涙ぐましいこの曲の旋律は、心もち面窶おもやつれのしたをんなの姿に流れてしなやかな舞振まひぶりを見せた。
高田殿は女子おなごの今を盛りであった。福井の城に在る頃は、忠直卿乱行の為に、一方ならず心を痛められたが、既にそれは一段落いたのであった。面窶おもやつれも今は治って、血の気も良く水々しかった。
怪異黒姫おろし (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
今度は双方でほゝゑみを交はしてお叩頭じぎをした。「何ゆゑ、わたしを貰つて下さいませんでした?」といふ風の眼で面窶おもやつれた弱々しい顔をいくらか紅潮させて私を視た。行き違ふと私は又俯向いた。
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
その顔を、凝乎じっと見ると、種々いろんな苦労をするか、今朝はひどく面窶おもやつれがして、先刻洗って来た、昨夕ゆうべの白粉の痕が青く斑点ぶちになって見える。
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
女性の姿は、暗いみどりかげにかこまれ、その面窶おもやつれまでが、妖しいほど美しく、暗所の女人像のように見えた。
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
葉子はどこか面窶おもやつれがしていたが、裏が廊下になっている、ちょうど縁側と反対の壁ぎわに延べられた寝床の枕元まくらもと近くのところで、庸三を警戒するもののように離れて坐っていた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
ほゝのかゝり白々しろ/″\と、なかにも、圓髷まるまげつた細面ほそおもて氣高けだかひん女性によしやうの、もつれたびんつゆばかり、面窶おもやつれした横顏よこがほを、またゝきもしないさうひとみ宿やどした途端とたんに、スーとりて、いた
霰ふる (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
三度とも宜道ぎどうの好意で白米のかしいだのを食べたには食べたが、副食物と云っては、菜の煮たのか、大根の煮たのぐらいなものであった。彼の顔はおのずからあおかった。出る前よりも多少面窶おもやつれていた。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
二、三日わなかった懐かしい顔は櫛巻くしまきにつかねた頭髪あたまに、蒼白あおじろ面窶おもやつれを見せて平常いつもよりもまだ好く思われた。
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
すると部屋が白々としたころになって、誰かが彼のベッドの端へ来て坐るひざの重さを感じてほっと目がさめたと思うと、面窶おもやつれのした葉子が上から彼をのぞいていることに気がついた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
秀吉が床几しょうぎの前に彼女の変り果てたといってもいい——旅姿とその面窶おもやつれをながめて——こう言葉をかけているとき、官兵衛孝高よしたかも小姓たちも、わざと側をはずして、とばりの外へ出ていた。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「このごろ少し、面窶おもやつれなすって、何だか、一ばい世話女房ぶりがく見えるぜ」
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そして、奉仕の綱にすがって、懸命に、働いていると、その青白く面窶おもやつれした頬に、若い娘のような紅潮がさしてきて、世帯せの苦労も何もかも、その間は、忘れているように見えた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)