非業ひごう)” の例文
あんな気紛れな義侠心を起した代償に彼が得たものは、ひとつの外套の釦と、それと非業ひごうの死だ。他人の同情すらち得なかった。
(新字新仮名) / 梅崎春生(著)
たとえば、かの「忠臣蔵」の七段目で、おかるの口説くどきに“勿体もったいないがととさんは、非業ひごうの最期もお年の上”というのは穏かでない。
明治劇談 ランプの下にて (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
お祭りさわぎのように多数の警官隊にとりまかれながら、奇怪にも邸内の密室のなかに非業ひごうの最期をとげた糸子の父、玉屋総一郎。
蠅男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
昨年さくねん、ご当地とうちで、おどおりいたしましたむすめは、さる地方ちほうにおいて、たわらかさねまするさいに、腹帯はらおびれて、非業ひごう最期さいごげました。
公園の花と毒蛾 (新字新仮名) / 小川未明(著)
「それが、はなはだ恐れ多い儀でござりまして、当人は不浄の上に、人より天罰と申されるほどな非業ひごうの死を遂げた人間でござりまするが故……」
大菩薩峠:30 畜生谷の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
主人の佐渡平が非業ひごうな死を遂げてからまだ間もないのに、その妻が入湯に行くなどとは、不貞とも不埒ふらちとも、言いようのない悪妻だと憤った。
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
私共わたしども両人を世に出したいばかりで、非業ひごうな死をさせたのも、わたくしひどく頼んだから心得違いをしたのだろう、あなた何うして人とけだものと見違えました
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
太平の天地だと安心して、拱手きょうしゅして成功をこいねがはいは、行くべき道につまずいて非業ひごうに死したる失敗のよりも、人間の価値ははるかに乏しいのである。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
信一郎は、今にも夫人が、ノートの上に瓦破がばと泣き伏すことを予期していた。泣き伏しながら、非業ひごうに死んだ青年の許しをうことを想像した。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
貴殿はいま尼子にびへつらって、血縁の宗右衛門を苦しめ、このような非業ひごうの死をとげさせたのですが、それは朋友としての信義がない行為です。
「恐ろしい事が始まっただぞ若旦那さま、奥さまは非業ひごうにお亡くなり遊ばすし、大旦那さまも御容態が危ねえだ、——村の者の中にも人死にがあるだよ」
殺生谷の鬼火 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
非業ひごうたおれし美しき夫人の上に早くも一般の同情は集中して、野獣のごとき銀行家は事情の如何を問わず、厳刑に処せよとの憎悪の叫びが巷に挙っている
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
兎にも角にも関白やその一族たちの非業ひごうな殺され方に同情を寄せ、彼等に残酷な刑を与えた政道を批難し、豊臣家の天下をのろっていることは明かであって
聞書抄:第二盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
立派な葬儀がいとなまれた程で、世人は誰一人これを疑わず、名探偵非業ひごうの最後を惜しまぬ者はなかったのである。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
武士はおのれを知る者のために死すだ。考えてみると吾輩というこの人間の廃物を拾い上げてくれた奴は、次から次に、吾輩のために非業ひごうの死を遂げて行くようだ。
超人鬚野博士 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
広海屋火事の晩非業ひごうに倒れた浜川平之進と、相役をつとめて、賄賂不浄財わいろふじょうざいを取りめ、今は隠居を願って、楽々と世を送っている、横山五助その人なのだった。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
鬼草おにそうというのが、今宵人手にかかって非業ひごうの死を遂げた草加屋伊兵衛の綽名だった。鬼というくらいだから、その稼業しょうばいも人柄もおよそは推量がつこうというもの。
だがそれにしても素姓の知れない彼のような山の子を、慈愛いつくしみ育てた養父の恩は誠に深いものである。しかるに彼はその養父を非業ひごうに死なせてしまったのである。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
何時いつかはその時のあることを知っていたが、きょうんだ二人にそのいのちを競わしあやめさせ合うことの、偶然とはいえ、その非業ひごうの時を早めたことが悲しかった。
姫たちばな (新字新仮名) / 室生犀星(著)
七郎兵衛の娘お小夜さよというのは、八五郎が吹聴した娘で、まだ十八という、子供らしさの抜けきれない可愛らしさで、すっかり泣き崩れておりますが、母親の非業ひごうの死とは
かつはこのほどより乳房れて、常ならぬ身にしあれば、おっと非業ひごう最期さいごをば、目前まのあたり見ながらも、たすくることさへ成りがたく、ひとり心をもだへつつ、いとも哀れなる声張上げて、しきりにえ立つるにぞ
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
もしや何処かで非業ひごう最期さいごを遂げて、その魂が自分の生まれた家へ迷って帰ったのかとも思われるが、彼女は確かに格子をあけてはいって来た。
半七捕物帳:02 石灯籠 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
というただ一喝のもとに、武士たちの刀槍の下に寸断された非業ひごうな死にざまをも、市民は、まざまざと目撃しているので
三国志:03 群星の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
宿の女中たちは、巫女を呼んで、この女のために口よせを頼み、その非業ひごうの魂をやわらげると共に、無告むこくの訴えを幽冥界から聞こうとしました。
大菩薩峠:22 白骨の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
こんなところに迷い来て、千代子たちに会うようなことになったのも、非業ひごうの最期を遂げた仏が一念籠めて僕を引き寄せたわけだったかも知れない。
深夜の市長 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「出家すれば俗世の因縁も切れるし、非業ひごうに亡くなられた両親の供養もできる、そのほうがいいとは思わないか」
木曽川の岩頭ともえふちで、花村甚五衛門のやいばにかかって危く非業ひごうに死のうとした時、不思議に命を助けられた、岩窟がんくつの中の老異人、それを思い出しているのであった。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
信一郎の頭の中には、瑠璃子夫人の顔や、妻の静子の顔や、非業ひごうに死んだその男の顔や、今日客間サロンで見たいろ/\な人々の顔が、あらしのように渦巻いている丈だった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
だから月の光りの強い、雪の真白い山の上で、一種の幻覚錯覚に陥って、自分でも予期しない自殺同様の、非業ひごうの最期をげたもの……と主張しておられるのでしょう
復讐 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
一人娘の非業ひごうの最期に気も顛動てんどうして、大切なお客さまルージェール大使一行のことも忘れ、前後の処置も考えず、ただ美しい姫のなきがらに取りすがって、涙にくれていたが
黄金仮面 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
こういうお方に引導を渡してもらったならば、この非業ひごうな最期を遂げられた御婦人も安心して成仏ができるだろうから、そうなさったらどうだろうかという御相談でございました。
蒲団 (新字新仮名) / 橘外男(著)
あんなのはきっと仏様の罰で非業ひごうの最期を遂げるに違いない。もしも仏様が寛大でいつまでも放っておくなら、他ならぬこの大垣村右衛門が成敗してやる——って言っていたんだそうで
銭形平次捕物控:130 仏敵 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
ふん、浪路のことは別として、世に秘められた、浜川、横山の非業ひごうの最期、さては、このわしへさえ、たったさっき、知らせがあったばかりの、広海屋、長崎屋の不思議な死に様——それを
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
山崎すでにやぶれ、一族みな四散し、主将光秀もまた非業ひごうの死を遂げたり! と聞ゆる今、彼としておもむいて何かせん、生きて何かせん——である。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この見渡す限りの広い海原うなばらのいずれかで、非業ひごうの死を遂げて、その残骸を引渡すところもなく、引取る人もなき、不遇の遊魂を慰めるために、こうして
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
けつけてみると、本庁は上を下への大騒ぎだった。られる人に事欠ことかいて、総監閣下がかりそめの機会から非業ひごうの死をげたというのだから、これは大変なことである。
赤外線男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
一人の兄は非業ひごうに死し、もう一人の兄は他国へ行き、二、三親類はあるとはいえ、その日ぐらしの貧乏人で、片輪のお霜を引き取って、世話をしようという者はない。
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
せがれは何処でか非業ひごうの最期を遂げたに相違ないと、おっかさんは半気違いのようになって自身番へ泣き込んで来たと云うわけさ。自身番だってどうすることも出来ない。
半七捕物帳:68 二人女房 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
ね、園田は谷山の助手を勤めて非業ひごうの最後をとげた男です。彼等は一度は友達だったのです。で、谷山があの小説を読んでいない筈はありません。読めば、あいつのことだ。
吸血鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
信一郎は、差し出されたその時計を見たときに、その時計の胴にうすく残っている血痕けっこんを見たときに、もてあそばれて非業ひごうの死方をした青年に対する義憤の情が、旺然おうぜんとして胸にいた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
とにかく、義仲をたおして、都入りした鎌倉の勢力にも、もうその日から、後の非業ひごう亡兆ぼうちょうが約束されていたのである。
随筆 新平家 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それから二人が召捕られて、とうとうあの通り磔刑はりつけにかかって、穴の掘り手のない非業ひごう最期さいごを遂げました——
大菩薩峠:36 新月の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
王植は城門を擁してきびしく備えていたが、却って関羽のため、忿怒ふんどの一刃を浴びて非業ひごうな死を求めてしまった。
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「いったい、その非業ひごうの死を遂げたという婦人、この家の女主人というのは、いかなる死に様をしたのじゃ」
大菩薩峠:30 畜生谷の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
多年の盟国めいこくたり親友たる信長の非業ひごうな死をかなしんで、その傷心のあまりには、ふと、腹でも切って、故人に、じゅんじそうな気ぶりすら見られたのである。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
致している者があるのでござりまする。四年以前に御岳の山で、あなた様のために非業ひごう最期さいごをお遂げなされし宇津木文之丞様の恨みをお忘れはござりますまい
若年の成功は得て思い上がりやすく、図に乗ってかならず蹉跌さてつする。いまに何か内争を招き、名もない匹夫の手にかかって非業ひごうな終りを遂げるやも知れん。
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
越後の上杉謙信はそれに比べると勇気第一、それとても北国を切り従えたのみで上洛じょうらくの望みは遂げず、次に織田右大臣、よく大業を為し得たけれど、その身は非業ひごうの死。
しかし謙信は、その義輝が非業ひごうの死をとげ、次代の義昭将軍となっても、なお情誼じょうぎを変えなかった。倒れんとする室町幕府を隠然たすけるに大いな力をかしていた。
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そとうみ非業ひごうの死を遂げた幾多の亡霊が、この世の人に会いたさに、はるばると波路をたどってここまで来ると、右の「潮の路」が行手をさえぎって、ここより内へは一寸も入れない。
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)