雰囲気ふんいき)” の例文
旧字:雰圍氣
水や壁のあたりにそれらのもの独得の雰囲気ふんいきがだんだんに、しかし確実に凝縮していることのなかに認められる、というのであった。
彼の悪いうわさを聞いても、彼らはそのためにかえって好意をいだいた。彼と同じく彼らもまた、この小都市の雰囲気ふんいきに圧迫されていた。
当時、昔の鉄道馬車はもう電車になっていたような気がするが、「れんが」地域の雰囲気ふんいきは四年前とあまり変わりはなかったようである。
銀座アルプス (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
十畳ばかりのその部屋には、彼のわびしい部屋とは似ても似つかぬ、何か憂鬱ゆううつなまめかしさの雰囲気ふんいきがそこはかとなくただよっていた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
とにかく葉子はそんなはなやかな雰囲気ふんいきに包まれながら、不思議なほど沈黙を守って、ろくろく晴れの座などには姿を現わさないでいた。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
彼等に依ってかもし出される雰囲気ふんいきがどんなものであるかを知るに及んで、うっかり深入りしてはと云う警戒心が急に緩んで来たのであった。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「僕がわるいんだ。僕が無責任に、お前を、芸術の雰囲気ふんいきなんかに巻き込んでしまったのがいけなかったんだ。どうも不注意だった。罰だ。」
正義と微笑 (新字新仮名) / 太宰治(著)
御製歌は、「山村」からの聯想で、直ぐ「山人」とつづけ、神仙的な雰囲気ふんいきをこめたから、不思議な清く澄んだような心地よい御歌になった。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
その人にとっては堪えがたいような苦しい雰囲気ふんいきの中でも、ただ深い御愛情だけをたよりにして暮らしていた。父の大納言だいなごんはもう故人であった。
源氏物語:01 桐壺 (新字新仮名) / 紫式部(著)
要するにこの実験室の雰囲気ふんいきは、当時としては最高の真空で仕事をするという種類の研究には、不似合いなものであった。
実験室の記憶 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
学ぼう、学ぼうと思いながらも、悟空の雰囲気ふんいきの持つ桁違けたちがいの大きさに、また、悟空的なるものの肌合はだあいのあらさに、恐れをなして近づけないのだ。
到るところの花柳かりゅうちまたというところで、自分もこのだらしない雰囲気ふんいきの中に、だらしない相手と、カンカン日の昇るのを忘れて耽溺たんできしていた経験を
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
たとえば、往きの船が、しょっちゅう太陽を感じさせる雰囲気ふんいきに包まれていたとすれば、帰りの船はまた絶えず月光がこいしいような、感傷の旅でした。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
丁度洪水の引いた跡にいつまでもあちこちに水溜みずたまりが残っているように、この村にはまだ何処どこということなしに悲劇的な雰囲気ふんいきが漂っていたのだ。……
三つの挿話 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
マスターこと「おっさん」の柳吉もボックスに引き出されて一緒に遊んだり、ひどく家庭的な雰囲気ふんいきの店になった。
夫婦善哉 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
それは多少の年齢によるゆがみと粗雑さはあるにしても、他の人達では到底とうてい及び得ない雰囲気ふんいきかもし出しているからである(ビクター、パハマン選集)。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
し以上に述べたような詩的の雰囲気ふんいきの中で事が起らなかったなら、ああした淡い好い感じは与えられますまい。
木下杢太郎『唐草表紙』序 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
が、偽装とはしていても、文談会のこの雰囲気ふんいきは、誰も嫌いではないらしい。しいて探せば、腹痛といって先に帰った大判事章房ぐらいなものだろうか。
私本太平記:02 婆娑羅帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
時期おくれに倉田工業がそれをやり出したというのはそれでもって工業内の雰囲気ふんいきを統一して、所謂いわゆる赤の喰い込む余地をなくしようという目的からだった。
党生活者 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
三人の姉たちはそれぞれの家庭の雰囲気ふんいきを背負ってやってきた。一ばん早く来た長姉のミチはクニ子が勤めに出たあと、実枝ひとりになる家の中を眺め回し
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
映画がかぶってから、待っていた根来八千代夫妻を取巻いて、みんなが近くの喫茶店に集まるときなど、そこには若々しく力強い芸術の雰囲気ふんいきかもしだされる。
溜息の部屋 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
マリアの像にはかような雰囲気ふんいきは絶無だ。基督キリスト教徒は、受苦聖母の前でどんな祈りをささげるのであろうか。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
年齢や環境にいささかの貧しさもあってはならないのだ。慎み深い表情が何よりであり、雰囲気ふんいきは二人でしみじみと没頭出来るようなただよいでなくてはならない。
晩菊 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
電纜工場の入口を一歩入ると、凄惨せいさんきわまりなき事件の、息詰まるような雰囲気ふんいきが、感ぜられるのだった。
夜泣き鉄骨 (新字新仮名) / 海野十三(著)
すこぶるもって、この人の耳に入れとく必要のあることだて。……まあ要するに」と、そこで声を高めて、「もう一遍いっぺん言いますが、ここの雰囲気ふんいきは君にはよくない。 ...
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
あたかも魚が水から出ることのできないように、彼らはもはやパリーの雰囲気ふんいきから出ることができない。彼らにとっては、市門から二里離るればもはや空虚である。
が、どうもその桜というのが私に与える刺戟が薄うございました。またその桜を見ている人々の容子ようすが、私に句を作らすという雰囲気ふんいきを作ってはくれませんでした。
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
その部屋一杯にこもっている病人の雰囲気ふんいきも、どうかすると彼にはれて安らかな空気のようにおもえた。と、夏が急に衰えて、秋の気配のただよう日がやって来た。
美しき死の岸に (新字新仮名) / 原民喜(著)
雰囲気ふんいきおよび総体の縁故によって作品をまとめるところの、芸術的な内的な順位をもってする。
その後、私はそのお好み焼屋の、これまたなんというか、——何か落魄らくはく的な雰囲気ふんいきかれて足しげく通うようになったが、行くたびに、ミーちゃんこと美佐子は大概いた。
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
ただ見渡す限りは上海シャンハイ、シンガポール、バラックの連続とアメリカ風位いの雰囲気ふんいきである。
油絵新技法 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
そして、このとき今まで彫刻的ちょうこくてきに見えた小初の肉体から妖艶ようえん雰囲気ふんいき月暈つきがさのようにほのめき出て、四囲の自然の風端の中に一不自然な人工的の生々しい魅惑みわくき開かせた。
渾沌未分 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
そこでは人人が、他人の領域と交渉なく、しかもまた各人が全体としての雰囲気ふんいき(群集の雰囲気)を構成して居る。何といふ無関心な、伸伸のびのびとした、楽しい忘却をもつた雰囲気だらう。
田舎の時計他十二篇 (新字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)
集っている十人のものたちはそれぞれ誰もが左翼らしい雰囲気ふんいきであるが、自分の身分が利子生活者のこととて罷業進行の結果は金利が引き下がり、日々直接身に響いていくばかりではない。
厨房日記 (新字新仮名) / 横光利一(著)
チェーホフの雰囲気ふんいきゆたかな短篇の先駆をなすかに見える佳作である。
アパートでも、部屋をよい趣味で整えて食事をする。そういう心掛けが、料理を美味くする秘訣ひけつだ。ただ食うだけというのではなく、美的な雰囲気ふんいきにも気を配る。これが結局はまた料理を美味うまくする。
味覚馬鹿 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
お前がうまれるときの一種の奇蹟的ともいうべき雰囲気ふんいきと状態については、このおぼえ書きのどこかの頁に、もっとくわしく書くときがあろうと思うが、お前こそは、天下から授かった子供であった。
親馬鹿入堂記 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
物語的雰囲気ふんいきをねらっていたことであろうと思われる。
中世の文学伝統 (新字新仮名) / 風巻景次郎(著)
そして、そこには重々しい雰囲気ふんいきかもし出された。
山茶花 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
また近ごろの漫画的映画の喜ばれるゆえんは、夢幻的な雰囲気ふんいきの中に有りうべからざる人間の夢を実現するという点に存すると思われる。
映画芸術 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
日々に接しているお増夫婦のほしいままな生活すらが、美しい濛靄もやか何ぞのような雰囲気ふんいきのなかに、お今の心をひたしはじめるのであった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
冗談を言い合っていても、作品の話になると、流石さすがにきびしい雰囲気ふんいきが四辺に感ぜられた。本当にい師弟だと思った。
正義と微笑 (新字新仮名) / 太宰治(著)
それから、「おもふどちい群れてをれば」も、心の合った親友が会合しているという雰囲気ふんいきめた句だが、簡潔で日本語のいい点をあらわしている。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
若い貴女のために朗らかな雰囲気ふんいきを作ろうとする努力もしてくれないために、姫君は寂しがって、人づてに聞く継母ままははの生活ぶりにあこがれを持っていた。
源氏物語:35 若菜(下) (新字新仮名) / 紫式部(著)
こういう雰囲気ふんいきのなかに立って、どこを見るともなく、暫く、坐り場所をさがしていた千束の稲吉は、やがて薄暗い土間の隅に、一組の見物を見出して
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
師が臣節をけがすのを懼れるのではなく、ただこのみだらな雰囲気ふんいきの中に師を置いてながめるのがたまらないのである。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
彼らはどちらも宗教的雰囲気ふんいきのうちに生きていた。一日離れていたあとで各自に夕方帰ってくると、彼らの小さな部屋は彼らにとって、一つの港であった。
そうさけびながら船をおりたら、そくざにそのような雰囲気ふんいきが生まれたろうにと、くやみながら、コトエのことばにしがみつくようにして、ゆっくりといった。
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
私はその絵を見る度毎たびごとに、それをはじめて母の膝下ひざもとでひもといた、或古い家のなんとなく薄暗い雰囲気ふんいきを、知らずらずのうちに思い出さずにはいられないのだ。
幼年時代 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
身のまわりにいつも和やかに温たかい雰囲気ふんいきをつけていた由利江、見るほどの者に生きることの悦びを感じさせた、あの由利江はどこへ無くなってしまったのか。
落ち梅記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)