ばち)” の例文
活動的で早起きの彼女は、ヴェランダの下の植木ばちに水差で水をやっていた。クリストフの姿を見つけると、あざけり気味の叫びをあげた。
そうして滅亡するか復興するかはただその時の偶然の運命に任せるということにする外はないというばちの哲学も可能である。
津浪と人間 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
大事な貝割葉かいわればの方へ行った。雨に打たれる朝顔ばちの方へ行った。説教そこそこにして、彼は夕立の中を朝顔棚の方へ駈出かけだした。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
娘の前にはガラスばちが置いてあって、金魚が四ひきはいっていました。娘はうるしをぬった、色どり美しいはしで、水の中をそっとかきまわしていました。
そして日の暮れるころには、笭箵びくの中に金色こんじきをしたふなこいをゴチャゴチャ入れて帰って来る。店子たなこはおりおりばちにみごとな鮒を入れてもらうことなどもある。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
もう悪性の流行感冒にかかっても構わない、もし、そんなことにでもなったら、かえって身をばちに思いきったことが出来る、生半なまなかに身を厭えばこそ心が後れるのだ
霜凍る宵 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
「どうせ天国にそむいたうえは地獄の鬼となれ。」彼はそういう捨てばちな気持ちになったのであった。
葡萄ぶどうの葉と酔いしれて踊っている人々の姿とを見事に浮彫りした大きな黄金のポンスばちが一個。
黄金虫 (新字新仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
うつゝぜめとかまをすのに、どら、ねうばち太鼓たいこ一齊いちどきたゝくより、かねばかりですから、餘計よけい脈々みやく/\ひゞいて、とほつて、くるしさつたら、に三注射ちうしやはりされます
浅茅生 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
アア何たる不敵、怪賊はこの難境にひるむどころか、却ってばちの逆ねじを喰わせようというのだ。命を棄てて、三人心中と出られては、明智も手のつけ様がなかった。
黄金仮面 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
出しもの 袖香炉そでごうろ(手向)、なのは、黒髪、すりばち、八嶋、江戸土産、鉄輪かなわ、雪、芋かしら、都鳥、八景、茶音頭おんど、ゆかりの月、桶取おけとり(次第不同)出演者名及番組は当日呈す
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
いくらばちになったにしろ、よくこんな、残忍ざんにんな盗みができることと思うが、を考えると、富士の人穴ひとあなをかまえていた時から、和田呂宋兵衛、このほうが本業なのだ。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
上には飯茶碗めしぢゃわんが二つ、箸箱はしばこは一つ、猪口ちょくが二ツとこうのものばちは一ツと置ならべられたり。
貧乏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
今でも多くの山村には、ヒデばちという物が残っている。まるくほりくぼめた石の皿、または破損した古鍋ふるなべなどを用いて、その中で松の小割木こわりぎを燃したのが、以前の世の灯火であった。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
ばちを土中にうづめて其縁そのふちの部を少し高く地上にあらはし置けば竪穴の雛形ひながたと成るなり。
コロボックル風俗考 (旧字旧仮名) / 坪井正五郎(著)
それは痩我慢やせがまんともばちとも思えるものだった。しかし一番底の感情は、都会っ児の彼の臆病からだった。彼は斯ういう態度を取って居なければ直ぐに滅入った気持ちに誘い込まれた。
とと屋禅譚 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
その験あること神のごとしといい、夜中盗難を防ぐには、手洗いばちを家の中にふせて置けばよしといい、猫の逃げたるときに、暦を取りてその逃げ出だしたる日の所を墨にて消しおけば
迷信解 (新字新仮名) / 井上円了(著)
世の中というすりばちの底を這い廻ってきた順吉は、ねっからうだつがあがらなかったが、それだけにまた虚栄というものにわずらわされない暮しをしてきた。それはおすぎの場合も同じである。
夕張の宿 (新字新仮名) / 小山清(著)
この時次の間よりかの老女のいくが、菓子ばちと茶盆を両手にささげ来つ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
その日の午後、三吉は庭伝いに女教師の家の横を廻って、沢山盆栽ばちの置並べてあるところへ出た。植木屋の庭の一部は、やがて女教師の家の庭であった。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「すりばちにうえて色つく唐がらし」少し逆もどりして別の巻「どぶむかざの隣いぶせき」の五句のごときも
連句雑俎 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
その向こうはながもとで、手桶のそばに茶碗やはしが置いてあった。棚にはおけばちが伏せてあった。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
それに本当のことを云えば、どうせ今度の縁談もうまくは行くまいと云ったような、捨てばち的気分が最初にあったので、そんな縁起をかつぐ必要を感じていなかったのでもあった。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
倭文子は、長い打あけ話を終って、やや上気した頬に、ばちな微笑を浮かべていった。
吸血鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
すると女はまたばちのように
狂乱 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
そこには私の意匠した縁台が、縁側と同じ高さに、三尺ばかりも庭のほうへ造り足してあって、らん山査子さんざしなどの植木ばちを片すみのほうに置けるだけのゆとりはある。
(新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「済まんことでござりました」と佐助は声をふるわせながら、厠から出て手水ばち柄杓ひしゃくを取ろうと手をばしている少女の前にけて来て云ったが春琴は「もうええ」と云いつつ首をった。
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
あっちこっちから見舞いを持って行くものなどもだんだん多くなる。大家の主人あるじがある日一日釣って来たふなばちに入れて持って行ってやると、めずらしがッて、病人はわざわざ起きて来て見た。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
葡萄ぶどうでも盛ったくだものばちかと思っていた。
映画雑感(Ⅳ) (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
泥の様にすてばちな気持である。
猟奇の果 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
深い露の中で、学士は朝顔ばちの置並べてある棚の間をあちこちと歩いていた。丁度学士の奥さんは年長うえのお嬢さんを相手にして開けひろげた勝手口で働いていたが、その時庭を廻って来た。
岩石の間 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)