鄭寧ていねい)” の例文
母はすぐ受取ってタオルで鄭寧ていねいに拭いて元の着物を着せてやったが、ぐたぐたになった宵子の様子に、ちっとも前と変りがないので
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
といふ藹山の言葉に、初めて気が附いたやうに、その男は鄭寧ていねいにお辞儀をした。そして顔を上げて相手を見た時吃驚びつくりした。
鄭寧ていねいに云つて再びこたへを促した。阿母さんは未だだまつてる。見ると、あきらにいさんの白地しろぢの薩摩がすり単衣ひとへすそを両手でつかんだ儘阿母さんは泣いて居る。
蓬生 (新字旧仮名) / 与謝野寛(著)
くるまが一間ばかりの前へ来たときに、俥の上の美しい人が鄭寧ていねい会釈えしゃくをして通りすぎたので、楠緒さんだったということに気がおつきなされたのでした。
大塚楠緒子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
鄭寧ていねいな中に強い歯止めのかかって居る老人の取扱いに女は暴れても仕方が無かった。
ドーヴィル物語 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
この「おおみ」という敬語は、鄭寧ていねいな言葉でありますが、今では下様しもさまのものでも軽々しく用いております。我々風情のものの足のことをも、時としては他から「おみあし」などという。
或晩あるばん竜子は母と一緒に有楽座ゆうらくざ長唄ながうた研精会の演奏を聞きに行った時廊下の人込ひとごみの中で岸山先生を見掛けた。岸山先生は始めて診察に来た時の無愛想ぶあいそな態度とはちがって鄭寧ていねい挨拶あいさつをした。
寐顔 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
主人あるじのエルは喜んで私を応接間へいて、「過日は別荘の方へ御立寄おたちより下すったそうでしたが、アノ通りの田舎家で碌々ろくろくお構い申しも致さんで、えらい失礼しました」と鄭寧ていねいな挨拶、私はひどく痛みって
画工と幽霊 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
そのぉ、お砂糖がア、問題なんだね。それ、どうせ印旛沼だ。あっちに一軒、こっちに二、三軒だ。一日がかりだアね。とう、やっと尋ねあてると、吉植です。それはまあ御鄭寧ていねいさまに、さあどうぞ、さて、そこで砂糖を
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
私は対手あいてにするのが厭で鄭寧ていねいにいうと
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
ここのうちは、いか銀よりも鄭寧ていねいで、親切で、しかも上品だが、しい事に食い物がまずい。昨日も芋、一昨日おとといも芋で今夜も芋だ。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「私は房州某寺なにがしでらの住職でござるが、先生の御作ごさくを戴いて、永く寺宝としてのちに伝へたいものだと存じますので。」と所禿ところはげのある頭を鄭寧ていねいに下げた。
なみ状袋じょうぶくろにも入れてなかった。また並の状袋に入れられべき分量でもなかった。半紙で包んで、封じ目を鄭寧ていねいのりり付けてあった。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「さあ、差し当つて……」司令官はいたはるやうな眼附で、老人の下士を見かへつた。そして不思議な程鄭寧ていねいな言葉つきで言つた。「差し当つて用事といつては無いやうです。」
急に静かになった食堂を見廻した叔父は、こう云って白服のボイにいた。ボイは彼の前に温かい皿を置きながら、鄭寧ていねいに答えた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そこへ入つて来た福来博士は吃驚びつくりして艶々つや/\した夫人の顔を見てゐたが、やつとそれが自分の最愛の妻だと判ると、実験心理学でごちや/\になつた頭を鄭寧ていねいに下げてお辞儀を一つした。
「アハハハ君は刑事を大変尊敬するね。つねにああ云う恭謙きょうけんな態度を持ってるといい男だが、君は巡査だけに鄭寧ていねいなんだから困る」
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
頭取はかう言つて、それが蔵相のお蔭ででもあるやうに鄭寧ていねいに頭を下げたが、その一刹那、何か難かしい漢語でも使つて、自分が一ぱし物識ものしりだといふ事を、居合はす皆の前で吹聴したかつた。
そのころの新聞は実際田舎いなかものには日ごとに待ち受けられるような記事ばかりあった。私は父の枕元に坐って鄭寧ていねいにそれを読んだ。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
亜米利加の前大統領タフト氏が、先日こなひだある街の四辻で、自動車からのつそりとあの大きな図体を運び出すと、其処そこに立つてゐた八つばかりの子供が前に出て来て、鄭寧ていねいにお辞儀をするのに出会でくはした。
玄関の格子こうしを開ける音と共に、台所の方からけ出して来たお時は、彼女の予期通り「お帰り」と云って、鄭寧ていねいな頭を畳の上に押し付けた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「うむ、よし/\。」としよつた化学者は娘の言ひなり通り、さくらんぼを一つづつ鄭寧ていねいに丼の水で洗つて食べてゐたが、暫くすると籠のなかは空つぽになつた。すると化学者は手を伸ばして丼を取上げた。
昇るものは、昇りつつある自覚を抱いて、くだりつつ夜に行くものの前に鄭寧ていねいこうべを惜気もなく下げた。これを神の作れるアイロニーと云う。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
亭主は鄭寧ていねいにお辞儀をした。
それを奥の茶箪笥ちゃだんすか何かの抽出ひきだしから出して来た奥さんは、白い半紙の上へ鄭寧ていねいに重ねて、「そりゃご心配ですね」といった。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「教頭は角屋へ泊ってるいという規則がありますか」と赤シャツは依然いぜんとして鄭寧ていねいな言葉を使ってる。顔の色は少々蒼い。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その時は僕もだいぶ大人おとならしくなっていたので、静かにその問題を取り上げて、裏表から鄭寧ていねい吟味ぎんみする余裕よゆうができていた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
まのあたり見る父は鄭寧ていねいであった。この二つのものが健三の自然に圧迫を加えた。積極的に突掛つっかかる事の出来ない彼は控えなければならなかった。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
部屋のなかは少し暗くなって、前の時より見にくく、なったから、とうとう椽鼻えんばなへ出てこしをかけながら鄭寧ていねいに拝見した。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼女はまるで身分の懸隔でもある人の前へ出たような様子で、鄭寧ていねいに頭を下げた。言葉遣も慇懃いんぎんきわめたものであった。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼はその不規則な筋を指の先でざらざらでて見た。けれども今更鄭寧ていねいからげたかんじんよりの結び目をほどいて、一々中をあらためる気も起らなかった。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「只今御宅へ伺いましたところで、ちょうどよい所で御目にかかりました」ととうさんは鄭寧ていねいに頭をぴょこつかせる。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼女は転がった花瓶はないけを元の位置に直して、くだけかかった花を鄭寧ていねいにその中へし込んだ。そうして今までの頓興とんきょうをまるで忘れた人のように澄まし返った。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
とん子は驚ろく景色けしきもなく、こぼれた飯を鄭寧ていねいに拾い始めた。拾って何にするかと思ったら、みんな御はちの中へ入れてしまった。少しきたないようだ。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
いにしえの人はあごの下まで影が薄い。一本ずつ吟味して見ると先生の髯は一本ごとにひょろひょろしている。小野さんは鄭寧ていねいに帽を脱いで、無言のまま挨拶あいさつをする。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
すると俥が私の一間ばかり前へ来た時、突然私の見ていた美しい人が、鄭寧ていねい会釈えしゃくを私にして通り過ぎた。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「宵子さんかんかんって上げましょう」と云って、千代子は鄭寧ていねいにその縮れ毛にくしを入れた。それから乏しい片鬢かたびんを一束いて、その根元に赤いリボンをくくりつけた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼が私を庭の木立こだちの前に立たして、レンズを私の方へ向けた時もまた前と同じような鄭寧ていねいな調子で、「御約束ではございますが、少しどうか……」と同じ言葉をかえした。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
一人は鄭寧ていねいな手紙を書いて、面会の時間をこしらえてくれと注文して来た。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
相手の調子がいかにも鄭寧ていねいで親切だから——つい泣きたくなった。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
小野さんは帽子のまま鄭寧ていねい会釈えしゃくした。両手はふさがっている。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)