蝦蟇口がまぐち)” の例文
くしゃみ出損でそこなった顔をしたが、半間はんまに手を留めて、はらわたのごとく手拭てぬぐいを手繰り出して、蝦蟇口がまぐちの紐にからむので、よじってうつむけに額をいた。
怨霊借用 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
蝙蝠傘を少し内廻転をさせたひざの間に寄せ掛けて、帯の間から出して持っていた、小さい蝦蟇口がまぐちの中を、うなじかがめてのぞき込んだ。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
七八人もの蝦蟇口がまぐちが誰かの手で盗まれ、たうとう町の警察から来て、どうしても泥棒は舎内のものだといふ鑑定で
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
アンコウという魚は蝦蟇口がまぐちに尾をつけたようなきわめて口の大きな魚であるが、その鼻の辺からはあたかも釣竿のごとき物が出て、竿の先からは細い糸が垂れ
自然界の虚偽 (新字新仮名) / 丘浅次郎(著)
その隣は茶鋪、蝦蟇口がまぐち製造業、ボールばこ製造業という家並で、そのあたりが私のいた医院のあとであった。
三筋町界隈 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
みんな丈夫に念を入れてこしらえてございますと云いますから、蝦蟇口がまぐちのなかから五円札と銀貨を二十銭出して用意の大風呂敷を出してヴァイオリンを包みました。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
握飯でもいい、ひるは米粒にありつきたいのだが、蝦蟇口がまぐちにはもう二銭銅貨一枚しか残っていない。
世間師 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
私たちの家へ来るまでに二日ふつかも食わなかったというもの、そういう人たちを見るたびに私は自分の腰に巻きつけた帯の間から蝦蟇口がまぐちを取り出して金を分けることもあり
分配 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
けれど勿論もちろん一方では大いにチャッカリしておりまして、この間一緒に大阪へ参りました時、電車の切符を買ってくれと云って蝦蟇口がまぐちを渡しましたら、ちゃんと回数券を買って
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
十円の蝦蟇口がまぐちから一円出すのはその人に取って大金だが、千万円のドル箱から一万円出したって五万円出したって、比例をして見ればその人に取って実は大金ではない、些少さしょうの喜悦税
骨董 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
持って来た一円二十銭のうちから差引き七十銭五厘がまだ蝦蟇口がまぐちの中に残っていた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
もう誰も財布や蝦蟇口がまぐちを邪魔がるには
ふところから蝦蟇口がまぐちをとり出したのだ。
イボタの虫 (新字旧仮名) / 中戸川吉二(著)
ギックリやりますし、その方は蝦蟇口がまぐちを口に、忍術の一巻ですって、蹴込けこみしゃがんで、頭までかくした赤毛布あかげつとを段々に、仁木弾正にっきだんじよう糶上せりあがった処を
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
私は胸を熱くしてひもで帯に結びつけた蝦蟇口がまぐちふところから取出し、幾箇かの銀貨を父の手の腹にのせた。
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
その三円を蝦蟇口がまぐちへ入れて、ふところへ入れたなり便所へ行ったら、すぽりと後架こうかの中へおとしてしまった。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
私と同様出京して正則せいそく英語学校に通っていた従弟いとこが、ある日日本橋を歩いていて握鮓にぎりずしの屋台に入り、三つばかり食ってから、蝦蟇口がまぐちに二銭しかなくて苦しんだ話をしたことがある。
三筋町界隈 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
「かう見えておれも労動してゐるのだ。それを一つくれ。」木村は蝦蟇口がまぐちを出した。
田楽豆腐 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
それを聞いて、私は黒いメリンスを巻きつけた兵児帯へこおびの間から蝦蟇口がまぐちを取り出した。その中にあった金を次郎に分け、ちょうどそこへ屋外そとからテニスの運動具をさげて帰って来た三郎にも分けた。
(新字新仮名) / 島崎藤村(著)
可懐なつかしいが、どうです——その机の上に、いつの間に据えたか、私のその、蝦蟇口がまぐちと手拭が、ちゃんと揃えて載せてあるのではありませんか、お先達。
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
おれは何とも云わずに、山嵐の机の上にあった、一銭五りんをとって、おれの蝦蟇口がまぐちのなかへ入れた。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
狹い路地に入ると一寸たゝずんで、蝦蟇口がまぐちの緩んだ口金を齒で締め合せた。心まちにしてゐた三宿みしゆくのZ・K氏の口述になる小説『狂醉者の遺言』の筆記料を私は貰つたのだ。
足相撲 (旧字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
己が箱根を去ったからと云って、あの奥さんは小使を入れた蝦蟇口がまぐちを落した程にも思ってはいまい。そこでその奥さんに対して、己は不平がる権利がありそうにはない。一体己の不平はなんだ。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
私は、黙って懐中ふところを探しました。さあ、慌てたのは、手拭てぬぐい蝦蟇口がまぐちみんな無い。さまでとも思わなかったに、余程顛動てんどうしたらしい。かどへ振落して来たでしょう。
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「思わずけ込んで、隠袋かくしから蝦蟇口がまぐちを出して、蝦蟇口の中から五円札を二枚出して……」
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その間店の上さんが吊銭を手に載せて、板縁いたえんひざを衝いて待っていたのである。純一はそれに気が附いて、小さい銀貨に大きい銅貨の交ったのを慌てて受け取って、鱷皮わにがわ蝦蟇口がまぐちにしまって店を出た。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
「何ぞ粗相をいたしましたか。」「御勘定違いでございましょう。二銭だけ不足です。」と判然はっきり言われて真赤まっかになり、「それははや何とも。」と蝦蟇口がまぐちを探りつつ
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
とさも羨しそうに小芳が云うと、お妙はフト打仰向いて、目を大きくして何か考えるようだったが、もう一つの袂から緋天鵝絨ひびろうどの小さな蝦蟇口がまぐちを可愛らしく引出して
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
第一、順と見えて、六十を越えたろう、白髪しらがのおばあさんが下足げたを預るのに、二人分に、洋杖ステッキと蝙蝠傘を添えて、これが無料で、蝦蟇口がまぐちひねった一樹の心づけに、手も触れない。
木の子説法 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「堪忍して下さい。だもんですから、」ずっと、長火鉢の前を悠々とはすに過ぎ、帯の間へ手を突込つっこむと小さな蝦蟇口がまぐちを出して、ちゃらちゃらと箪笥たんすの上に置いた。門口かどぐちの方をすかして
葛飾砂子 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
年倍としばいなる兀頭はげあたまは、ひものついたおおき蝦蟇口がまぐち突込つッこんだ、布袋腹ほていばらに、ふどしのあからさまな前はだけで、土地で売る雪を切った氷を、手拭てぬぐいにくるんで南瓜とうなすかぶりに、あごを締めて、やっぱり洋傘こうもり
瓜の涙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
すなはち、一錢銅貨いつせんどうくわ五十餘枚ごじふよまいを、ざらりと一側ひとかはならびに、ほそい、あをい、ちひさい蝦蟇口がまぐち用意よういして、小口こぐちから、「さあ、さあ、お剩錢つりを。」——これは、以來いらい、九九九くわい常備じやうび共通きようつうつて
九九九会小記 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
錺屋かざりや、錺職をもって安んじているのだから、丼に蝦蟇口がまぐち突込つっこんで、印半纏しるしばんてんさそうな処を、この男にして妙な事には、古背広にゲエトルをしめ、草鞋穿わらじばきで、たがね鉄鎚かなづち幾挺いくちょうか、安革鞄やすかばんはすにかけ
河伯令嬢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
紙入かみいれはひつてます、ちひさいのが蝦蟇口がまぐち……」
大阪まで (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)