莞爾かんじ)” の例文
と、辞気甚だ謙で、贈るところは頗る大きく、かつ、子息鍋丸にまで、柴田伝来の“莞爾かんじ”の銘のある名刀を与えたりなどしている。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
名人が莞爾かんじと大きく笑いながら、手を振るようにして雇い人たちを追いやって、まず秘密の壁をつくっておくと、静かにあびせました。
このとき紅子は、いつの間にやら、右手にしっかりとピストルを握りしめていたが、夫大尉のこの声をきくと、莞爾かんじとほほえんだ。
恐しき通夜 (新字新仮名) / 海野十三(著)
男は其処そこへ来るごとに直立して、硝子扉ごしの私達を見上げ莞爾かんじとしては挙手きょしゅの礼をしました。私達もだまって素直に礼を返してやりました。
病房にたわむ花 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
でっぷりと肥えし小主計は一隅いちぐうより莞爾かんじと笑いぬ。「どうせ幕が明くとすぐ済んでしまう演劇しばいじゃないか。幕合まくあいの長いのもまた一興だよ」
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
モスモロスの道化役者風にしたててバビロンの入口の廻転ドアの前に金モールのいかめしい英国人の門衛が莞爾かんじとした笑いをたたえている。
孟買挿話 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
といったのは兄にあたる武士で、莞爾かんじという言葉にうってつけの笑いを、その口ばたに漂わせたが、鈴江の話の後をつづけた。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
うまくランデブーすれば、雄蝉おすぜみ莞爾かんじとして死出しで旅路たびじへと急ぎ、あわれにも木から落ちて死骸しがいを地にさらし、ありとなる。
植物知識 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
イエスは莞爾かんじとして彼女の願いを容れ給い、女は家に帰ってみたところ娘はすでにいやされていました(七の二八—三〇)。
ト手をついて対したが、見上ぐる瞳に、御頬おんほおのあたり、かすかに、いまにも莞爾かんじと遊ばしそうで、まざまざとは拝めない。
七宝の柱 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ベルモントなきのちの闘牛を如何いかがせんという引止ひきとめ運動に過ぎないんだから、老闘牛士も内心莞爾かんじとしたことだろう。
イワンは一寸ちょっと顔を赤くした。そうして特に見知り越しの私たちの眼と眼とぶつかると、莞爾かんじとして片手をあげた。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
おまけに、人をみる目も絶対なじまぬ野性。ついに折竹にも見当つかずと見えたところへ「あれかな」と、連れのケプナラを莞爾かんじとなって、ふり向いた。
人外魔境:08 遊魂境 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
こう言って莞爾かんじとして笑いました。兵馬にとってはこの一言が頼もしいような、くすぐったいような感じがしました。
大菩薩峠:19 小名路の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
なぜなら、自然のみが、どこに行っても、莞爾かんじとして、遊子をふところにいれてあざむかないからだ。しかし、変らないというばかりでは、このことは説明されない。
彼等流浪す (新字新仮名) / 小川未明(著)
それだのに彼はなお莞爾かんじとして、天の栄光をたたえているのだ、彼の上にはシメオンという教名が、イルミネーションのごとく、空にさんとして私の眼を射る。
雲仙岳 (新字新仮名) / 菊池幽芳(著)
吉田首相莞爾かんじと受けて「実際お逢いになってみると少しも怖くはないでしょう」とすこぶる上機嫌であった。
と泰軒、手を合わせてくだんの侍を拝むと、侍は頭巾の裏で莞爾かんじとしているものとみえて、しきりにうなずきながら、早く乗り移れ! と手真似をする。そして!
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
と家来がいえば、莞爾かんじとした瀬尾は今来た道を再び馬を飛ばした。息子のいるところに着くと、小太郎宗康は歩けぬ程足が腫れてしまったので道に伏していた。
思うにこの書成るの日、一本を父に送らば、おそらく莞爾かんじとしてしばらくは手に巻を放たれざらん。
貧乏物語 (新字新仮名) / 河上肇(著)
まずこれでよし、と長兄は、思わず莞爾かんじと笑った。弟妹たちへの、よき戒しめにもなるであろう。
ろまん灯籠 (新字新仮名) / 太宰治(著)
御広間おひろま敷居しきいの内外を争い、御目付部屋おめつけべや御記録ごきろくおもいこがし、艴然ふつぜんとして怒り莞爾かんじとして笑いしその有様ありさまを回想すれば、まさにこれ火打箱ひうちばこすみ屈伸くっしんして一場の夢を見たるのみ。
旧藩情 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
オーイッとよばわって船頭さんは大きな口をあいた。晩成先生は莞爾かんじとした。今行くよーッと思わず返辞をしようとした。途端に隙間をって吹込んで来た冷たい風に燈火ともしびはゆらめいた。
観画談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「あれもか、あれも……従容として……」直弼が相手の言葉をさえぎって、まるで憎悪に堪えぬもののように低くつぶやいた、「莞爾かんじと笑い……辞世の詩を詠んでか、あの男もそんな……そのような」
城中の霜 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
つねに莞爾かんじとして左右に接せられた。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
と博士が莞爾かんじとして説教壇に現れた。
凡人伝 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
莞爾かんじとしてわたしは死ぬであろう
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
そして、莞爾かんじ微笑ほほえむ。
楢の若葉 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
莞爾かんじとしていった。
浅草風土記 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
それを見届けると、大蘆原軍医は始めて莞爾かんじと笑って、かたわらにりよってくる紅子の手をとって、入口のの方にむかって歩きだした。
恐しき通夜 (新字新仮名) / 海野十三(著)
名人の眼光がらんらん烱々けいけいとして輝いたとみえましたが、あの秀麗きわまりない面に、莞爾かんじとした微笑がのると、ずばりいったもので——
麓の春の豪華を、末濃おそごの裳にして福慈岳は厳かに、また莞爾かんじとして聳立そびえたっている。一たい伯母さんは幾つの性格を持っているのか知らん。
富士 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
すると、そこにまっな顔をして、ゆうゆうとさけを飲んでいた豪放ごうほうらしいさむらいがある。一同をながめると、莞爾かんじとしてむかえながら
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
作右衛門の話しを聞いてしまうとビショット氏は莞爾かんじと微笑したが、突然大きな手を出して紋太郎の手をグッと握った。それは暖い握手であった。
大鵬のゆくえ (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ひどく研究をしております、」と哲学者は仰いで飲む。これが聞えたものらしい。若狭は読みながら莞爾かんじとした。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
蠢々しゅんしゅんとして、哀々として、莞爾かんじとして、突兀とっこつとして、二人三人五人の青年たちがむくりむくりと起き上って来た。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
兵馬がその巨船に向って、しきりに驚異の眼をみはっているのを南条力は、莞爾かんじとして傍から申しました
大菩薩峠:17 黒業白業の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
花房一郎は莞爾かんじとして振り向きました。千種十次郎は、不用意にこの名探偵の友情を見せられたような気がして、不安のうちにも、何んとはなしに心強さを感じます。
女記者の役割 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
しかし女史がその信頼するミス・タムスンの指、もしくは唇に軽く手を触れて莞爾かんじとして立つのを見る時、彼女は「三重苦の聖女」ではなくて「三重喜の聖女」でありました。
「なに、豚の煮込み?」老紳士は莞爾かんじと笑って、「待っていました。」と言う。けれども内心は閉口している。老紳士は歯をわるくしているので、豚の肉はてんで噛めないのである。
禁酒の心 (新字新仮名) / 太宰治(著)
先年根本莞爾かんじ君と私とがそれを採集して当時の東京帝室博物館天産部へその標本を採り入れた時は、今からズット約十年ほども前のことであったが、その時にはなお五十余の品種があった。
植物記 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
双方死力を出して争った末、とうとう左馬允は氏郷を遣付けた。其時はじめて氏郷は莞爾かんじと笑って、好い奴だ、汝は此の乃公おれう勝ったぞ、と褒美して、其の翌日知行米加増を出したという。
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
との答えに、頼朝莞爾かんじとして日記をひらいてみると
中将莞爾かんじとして「ちっともとれない」
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
兵馬は莞爾かんじとして手を突いた。
(新字新仮名) / 山本周五郎(著)
仙次もさる者、それと見破ったもののごとく、がぜん敵意を示してきましたものでしたから、今ぞ莞爾かんじとしてうち笑ったのは右門でした。
ふかく民心の中に根をもっている玄徳の信望に、曹操はふとねたみに似たものを覚えながら、面には莞爾かんじと笑みをたたえながら
三国志:05 臣道の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いぶかしそうにわたくしの表情を、と見こう見していた母親は、やがて莞爾かんじと笑みかけたいのを、ぐいと唇の両角を引締め、それから言いました。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
此処まで語るとその賊は莞爾かんじと微笑を浮かべたが「私は決して皇妃の名も貴夫人の名前も申しますまい。何故かと申せばその人達は、此方こっちの云い値を ...
木乃伊の耳飾 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
頭取さんは甲板ゴルフが好きと見えて、午前も午後もぶっ通しの、相手を集めては莞爾かんじとして杓子棒で玉を突いたり飛ばしたりしている。下戸げこでその方は話にならぬ。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)