苗字みょうじ)” の例文
町人ながら諸大名の御用達を勤め、苗字みょうじ帯刀たいとうまで許されている玉屋金兵衛は、五十がらみの分別顔を心持かげらせてこう切出しました。
すでに平民へ苗字みょうじ・乗馬を許せしがごときは開闢かいびゃく以来の一美事びじ、士農工商四民の位を一様にするのもといここに定まりたりと言うべきなり。
学問のすすめ (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
それに苗字みょうじは変ってましょう、ひげなぞが生えてる、見違えてしまいましたネ。実は西君が来ると言いますから、S君などと散々悪口を
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
大村は篤介の苗字みょうじだった。広子は「大村の」に微笑を感じた。が、一瞬間うらやましさに似た何ものかを感じたのも事実だった。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
中積船が来たら托送たくそうしようと、同じ苗字みょうじの女名前がそのあて先きになっている小包や手紙が、彼等の荷物の中から出てきた。
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
木村とやらん苗字みょうじを聞くだに始ての事にて候ものをと申ければ、其後勝野吾作と交りしや否やと一、二の尋問ありしのみ。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
と私の苗字みょうじを云った。それはたしかに弘光君であった。私はそこでついすると二人は東京にいるのではないかと思った。
妖影 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
時々は間違えて苗字みょうじと名前を顛倒てんどうして、石井町子嬢とも呼んだ。すると看護婦は首をかしげながらそう改めた方が好いようでございますねと云った。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
もとより手前はやくざ、生れ故郷は東潞とうろ州でござんす。苗字みょうじりゅう、名はとう、と申しましても、それは顔も知らないうちに死に別れた親のくれた名。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
苗字みょうじをまちがえたり、用向きをまちがえて取り次いだりしたために、約束してこられたお客様を断わったりするような粗忽そこつのおこることもあります。
女中訓 (新字新仮名) / 羽仁もと子(著)
大東おおひがしという苗字みょうじだったから、そこを利かせたんだ。それから小使の爺さんが禿げていた。此奴も斑だらけだったから、校長の東に対して、西半球とつけた
冠婚葬祭博士 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
「お前株内や株内や云うけど、苗字みょうじが一緒やで株内やと定ってまいが、それに自分勝手に私とこへ連れて来て、たちまちわしとこが迷惑するやないか。」
南北 (新字新仮名) / 横光利一(著)
川延源兵衛かわのべげんべえ苗字みょうじをゆるされた旧家の三女で、名をお直といい十七歳だった、嫁の実家が庄屋に次ぐ旧家なので、三人のなかでもとりわけ彼は騒がれたし
蜆谷 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
新しい門の柱には、お増の苗字みょうじなどが記されて、広小路にいた時分、よそから貰った犬が一匹飼われてあった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
先代が頂戴の名を附けて居ては成らぬと云うので、信州水内郡の水と白島村の島の字を取って苗字みょうじに致し、これに父の旧名太一を名告なのって水島太一と致したが
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
スウルヂェエにしろ、ジネストにしろ、いずれも誰にも知られない平民的な苗字みょうじで目下自分の交際している貴夫人何々の名に比べてみれば、すこぶる殺風景である。
田舎 (新字新仮名) / マルセル・プレヴォー(著)
ついには尊敬されて名主ともなり、また幕府からも大いにめられて、苗字みょうじ佩刀はいとうをも許されました。
伊能忠敬 (新字新仮名) / 石原純(著)
父は米次郎といった人で、維新前までは、霊岸島に店を構えて、諸大名がたのお金御用達ごようたしを勤めていた。市人いちびとでも、苗字みょうじ帯刀を許されていたほどの家がらだったそうである。
花を持てる女 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
洞川どろかわという谷底の村に、今では五鬼何という苗字みょうじの家が五軒あり、いわゆる山上参りの先達職せんだつしょくを世襲し聖護院しょうごいんの法親王御登山の案内役をもって、一代の眉目びもくとしておりました。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
椿岳及び寒月が淡島と名乗るは維新の新政にあたって町人もまた苗字みょうじを戸籍に登録した時、屋号の淡島屋が世間に通りがイイというので淡島と改称したので、本姓は服部はっとりであった。
しばらくを合わせたまま、彼は、苗字みょうじをけんめいに思い出そうとしていた。でも、思い出せたのは、薄いベニヤ板に黒ペンキで書かれた、「好文社」という文字でしかなかった。
十三年 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
余がかつて経験するところによるに、ある人の苗字みょうじを知りて実名を忘れたることあり。
妖怪玄談 (新字新仮名) / 井上円了(著)
名前はコンスタンチェとして、その下に書いた苗字みょうじを読める位に消してある。
女の決闘 (新字新仮名) / 太宰治(著)
苗字みょうじのないという子がいるので聞いてみると木樵きこりの子だからと言って村の人は当然な顔をしている。小学校には生徒から名前の呼び棄てにされている、薫という村長の娘が教師をしていた。
城のある町にて (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
あげて飛び出して来た若い女がいたがネ、それがなんでも生みの母親とか云っていたが家出している女らしかった。父親というのは徳島の安宅村に住んでいるとか云ったが、その苗字みょうじは……
三人の双生児 (新字新仮名) / 海野十三(著)
二度目にこの男といましたのは、それから三日後のことでありまして、名古屋お城下は水主町かこまち、尾張様御用の船大工の棟梁とうりょう持田もちだという苗字みょうじを許されている八郎右衛門というお方の台所口で。
怪しの者 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
母は侍僕頭じぼくがしらに向って、となりへ引っ越して来たのは誰かとたずねたが、公爵夫人こうしゃくふじんザセーキナという苗字みょうじを耳にすると、まんざら敬意のないでもない調子で、まず「まあ! 公爵夫人……」と言ったが
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
それから苗字みょうじ深中ふかなか名告なのって、酒井家の下邸巣鴨すがもの山番を勤めた。
護持院原の敵討 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
お高の父は、深川の古石場ふるいしばに住んでいた御家人だったが、母は、柘植という町医の娘であった。あまりない苗字みょうじなので、一空和尚は、母方の何かに当たるのではないかと、ちょっとそんな気がした。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
クレーン(つる)という苗字みょうじは彼の容姿にぴったりしていた。
「私の亭主の苗字みょうじさ」と言って、女は無理に笑顔を作る。
深川女房 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
苗字みょうじとう、名はりゅう、つまり湯隆とうりゅうという者で、父はもと延安府えんあんふ軍寨ぐんさい長官だったそうだが、軍人の子にもやくざは多い。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
こりゃおれたちの時代に藩から苗字みょうじ帯刀を許したぐらいのことじゃ済むまいぞ。王政御一新はありがたいが、飛んだところにわざわいの根が残らねばいいが。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そこを少し行って、大通りを例の細い往来へ切れた彼は、何の苦もなくまた名宛なあて苗字みょうじ小綺麗こぎれいな二階建の一軒の門札もんさつ見出みいだした。彼は玄関へかかった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「清水和助という町一番の大地主で、苗字みょうじまで名乗る家のかかうど、お夏という十八になる娘が盗まれましたよ」
銀次というのか銀太というのか、あるいは銀造とでもいうのか、苗字みょうじも正しい名もわからない。この土地では一般にそういうことに興味をもつ者はいないようだ。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
是れから其の修行者は剣術も心得て居るだろうから当家へ抱えろという事になって、これまで桜川さくらがわの庵室に居ったから苗字みょうじを櫻川と云って五十石にお抱えに成ったが
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
均平はここでの習慣になっている「お父さん」をいやがるので、皆は苗字みょうじを呼ぶことにしていた。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
自分の苗字みょうじが呼ばれても、私は一ぺんでもってそれに返事をした事はなかった。
幼年時代 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
わたしは甚内じんないと云うものです。苗字みょうじは——さあ、世間ではずっと前から、阿媽港甚内あまかわじんないと云っているようです。阿媽港甚内、——あなたもこの名は知っていますか? いや、驚くには及びません。
報恩記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
そこには今でも越石こしいしだの熱田だのという苗字みょうじの家があります。
日本の伝説 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
「うむ、あれは死んだ種子さんの苗字みょうじを拝借したのさ。」
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
先方むこう苗字みょうじは何といいますの?」
脱線息子 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
大江山は捜査課長の苗字みょうじだった。
キド効果 (新字新仮名) / 海野十三(著)
以後苗字みょうじをあらため、一層志を磨き、疎巾単衣そきんたんい、ただ一剣を帯びて諸国をあるき、識者につき、先輩に学び、浪々幾年かのあげく、司馬徽しばきの門を叩き
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一度は一代苗字みょうじ帯刀、一度は永代苗字帯刀、一度は藩主に謁見えっけんの資格を許すとの書付を贈られていたくらいだ。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
色に因縁ゆかりのある苗字みょうじか屋号を持っているのはいないか、——これだけの事を、一刻いっときのうちにさぐらせてくれ。
真白まっしろ名札なふだが立って、それには MISS のついた苗字みょうじが二つ書いてあったっけ。……そう、その一方が確か MISS SEYMORE という名前だったのを私は今でも覚えている。
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
命を捨てゝも浪島の苗字みょうじが大切と思召おぼしめし、御老体の身の上で我子わがこを思う処から、餓死しても貴方の身を立てさせたいと思召す、それに貴方が御孝心ゆえ左様に御心配なさるのでしょう、宜しい
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
苗字みょうじはなんというんです」と押返して尋ねると、苗字は知らないが平五郎さんで、平五郎さんていえば近所じゅうどこでも知ってるから、苗字なんかなくっても、とどくのに違いないと保証する。
水の三日 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)