羊歯しだ)” の例文
旧字:羊齒
「庭へ羊歯しだを植えて置くようにと言われたんですが、何処へ植えろとおっしゃったんだか、すっかり忘れてしまいましたもんで……」
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
羊歯しだに似た、ヘゴといふ植物が富岡には珍しい。ダラットの奥地にもこの羊歯は到るところに繁つてゐた。内地の鬼羊歯に似てゐる。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
羊歯しだの生えた岩の下には、深い谷底がひらいてゐる。一匹の毒竜はその谷底に、白馬しろうままたがつた聖ヂヨオヂと、もう半日も戦つてゐる。
LOS CAPRICHOS (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
時々、鹿の蹄が羊歯しだのなかに音をさせた。どこかの樫の根もとの穴に子狐たちの唸りあう声はあつさの中の赤い脈のようであった。
(新字新仮名) / フィオナ・マクラウド(著)
羊歯しだ木賊とくさの多く生えている谷沿いの、湿地を下りてから、路も立派についている、能呂川の縁の、広河原というところへ出た
白峰山脈縦断記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
がけからしみ出る水は美しい羊歯しだの葉末からしたたって下の岩のくぼみにたまり、余った水はあふれて苔の下をくぐって流れる。
花物語 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
に横たわっておる熔岩はことごと苔蒸こけむし、羊歯しだが生え、天南星てんなんせいが大きな葉をひろげて、陰森幽邃いんしんゆうすいな別天地を形作られる。
雲仙岳 (新字新仮名) / 菊池幽芳(著)
おのずから生じた羊歯しだや灌木や雑草の類が、自然の境界線をなしているものの、あちこちが隙間だらけなので、鶏でも猫でも犬でも自由に通れる。
庭の眺め (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
間もなく蕈も大ていなくなり理助は炭俵一ぱいに詰めたのをゆるく両手で押すやうにしてそれから羊歯しだの葉を五六枚のせてなはで上をからげました。
(新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
羊歯しだ、樫、鹿、自動車の群(樹かげ草の中に止って居る自用車。なるほど日曜にはロンドンにはロンドン子が居ぬわけ)
この三時間というものは羊歯しだのうえのイナゴのうごきも聞こえないのである。鳩はみんなそのとまのうえで眠っている——何の羽ばたきもない。
それに沢山小枝がつくと普通の樹枝状になるので、その中でも特に細い小枝が沢山出て羊歯しだの葉のような形になったものを羊歯状と呼ぶこともある。
(新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
直ぐ羊歯しだなどの生えた下から水を噴いてぬかり易い山腹にかかる、それも少し、また河原へ下りて虎杖の中に隠れる。
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
毒々しい触手を伸ばした羊歯しだ類。巨大な白星海芋。汁気の多い稚木わかぎの茎は、斧の一振でサクリと気持よく切れるが、しなやかな古枝は中々巧く切れない。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
幾抱えもある椴松は羊歯しだの中から真直に天を突いて、わずかにのぞかれる空には昼月が少し光って見え隠れに眺められた。彼れは遂に馬力の上に酔い倒れた。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
それは小さな竹製の机或は台で、下の棚には大な塊が二つあり、その周囲を稲の藁の環、常緑葉、条片に切った白紙、若干の羊歯しだの葉が取りまいている。
その釣鐘マントの影に重たそうな風呂敷包をげているのが見えた。結び目の隙間すきまから羊歯しだの葉がハミ出しているところを見ると、果物の籠か何からしい。
山羊髯編輯長 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
因って路傍の羊歯しだ叢中に坐ってうとうとと眠る、己れの耳が長いから亀がゴトゴト通る音を聞くが最期たちまち跳ね起きてまた走り抜きやるつもりだった
雨滴に打たれて絶えず葉を震わせている羊歯しだ。水かさを増した川で鮒釣りする蓑姿。山鳩のホーホーと鳴く声。板の間に転っている茄子に映った昼間の電灯。
少しばかりの漿果しょうか、やまいも、羊歯しだの根、種々な灌木の花が、植物性食物の目録の全部をなすものである1
胸に抱えていた教授を羊歯しだの上へ叩きつけると、巨大な口を開けて北原をくわえこみ、クルリと身をかえして鬱然たる暗い蘇鉄の森の中へ跳ねこんでいってしまった。
地底獣国 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
また、林の下草をなす、羊歯しだと、つはぶきに似た草と、いろいろな蔓草とにひっかかる葉もある。
可愛い山 (新字新仮名) / 石川欣一(著)
そこは広い風通しのよい場所で小さな泉と清水の水溜りがあり、その上には羊歯しだが蔽いかかっていた。ゆかは砂地であった。大きな焚火の前に、スモレット船長が寝ていた。
而して此等の木々の根がたには篠や虎杖いたどりが生え、まんりやう藪柑子が群がり、所によつては羊歯しだが密生してをる。さういふ所に入つてゆくと、もう浜の松原の感じではない。
沼津千本松原 (新字旧仮名) / 若山牧水(著)
僧人の植ゑのこした百合と薔薇とが、一面にひろがつて、今では四方から此廃園を侵して来る羊歯しだと一つになりながら、百合も薔薇も入り交つて、うつくしく咲いてゐるのである。
径の傍らには種々の実生みしょう蘚苔せんたい羊歯しだの類がはえていた。この径ではそういった矮小わいしょうな自然がなんとなく親しく——彼らが陰湿な会話をはじめるお伽噺とぎばなしのなかでのように、眺められた。
筧の話 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
このあたりには珍らしい羊歯しだ類が多くて、そんな採集家がしばしば訪れるのだ。
魚服記 (新字新仮名) / 太宰治(著)
青々と茂っている羊歯しだの間から矢車草の白い花が潮に浮かんだ泡沫あわのようにそこにもここにも見えているのも高原雀が幾百羽となく木の間を縫ってけているのも、鼻を刺す高い木のかおり
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
羊歯しだは枯れたが女郎花おみなえしはまだ咲きのこっている。うす紫の小鈴をつらねた花の名はなにか。松虫草のなかをゆくと虻の群が一斉に羽音をたてて飛びあがる。風がないので日は春のように暖い。
島守 (新字新仮名) / 中勘助(著)
羊歯しだ類、蘭類、サボテン類などをはじめとして種々な草木をえ込んで、内部を熱帯地にぞらえ、中でバナナも稔ればパインアップルも稔り、マンゴー、パパ〔イ〕ヤ、茘枝れいし、竜眼など無論の事
いかにも前史的なヤニ羊歯しだが二基あって、その大きな垂葉を潜って凝固土たたきの上に下りると、前面には、熱帯植物特有の——たっぷり樹液でも含んでいそうな青黒い葉が、重たそうに繁り冠さり合い
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
あられゆきをもよおすくもそらひくくかかり、大烏おおがらす羊歯しだうえって
羊歯しだのしげり吾をめぐりてありしかば寒蝉ひぐらしひとつ近くに鳴きつ
つゆじも (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
たけ高い羊歯しだの群生した道の長いこと長いこと。
グリュックスブルグ王室異聞 (新字新仮名) / 橘外男(著)
夏前には羊歯しだ種の草が青々と繁っていた。
日蔭の街 (新字新仮名) / 松本泰(著)
崖に臨んだ岩のすきには、一株の羊歯しだが茂つてゐる。トムはその羊歯の葉の上に、さつきから一匹の大土蜘蛛おほつちぐもと、必死の格闘を続けてゐる。
LOS CAPRICHOS (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
下生したばえ羊歯しだなどの上まで、日の光が数知れず枝をさしかわしている低い灌木かんぼくの隙間をようやくのことで潜り抜けながら、まだらに落ちていて
風立ちぬ (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
第四、第五、第六の音に、風は大鳥のように翼をたたんだ、森の微風は羊歯しだのかげに忍びこんで眠ってしまい、地はため息して静かになった。
(新字新仮名) / フィオナ・マクラウド(著)
間もなく蕈も大ていなくなり理助は炭俵一ぱいにめたのをゆるく両手ですようにしてそれから羊歯しだの葉を五六枚のせてなわで上をからげました。
(新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
日を見ることを好まない羊歯しだ類が、多くのさばって、もう血色がなくなったといったような、白い葉の楓が、雨に洗われて、美しい蝋石ろうせき色をしている。
谷より峰へ峰より谷へ (新字新仮名) / 小島烏水(著)
晴れた日は、樹間をとおる陽光が、羊歯しだの葉の上に輝き、ところどころに野生の蘭が鮮かな色の花をのぞかせている。生命に満ちた熱帯の密林風景である。
黒い月の世界 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
その上には美しい羊歯しだ躑躅つつじが一面に生え、天辺てっぺんには枝ぶりの面白い、やせた松が一本生えていた。岩には洞穴があり、その入口の前には小さな池があった。
って来る連中は大人に違いないのだから、その連中に行遭ゆきあったら、道傍みちばた羊歯しだの中へでも避けてやる気で、やはり数学の問題を考え考え一本道を近付いて行くと
木魂 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
その石と石との間に羊歯しだの若葉がひろがっている。煤竹すすたけの濡縁の前に、朴訥ぼくとつな丸石の手洗鉢があり、美男かつらがからんで、そこにも艶々した新しい葉がふいている。
二つの庭 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
洗身場だなと思つて傍を見ると、敷石路から少し下へれる小径こみちがついてゐる。巨大な芋葉と羊歯しだとを透かしてチラと裸体の影を見たやうに思つた時、鋭い嬌声が響いた。
夾竹桃の家の女 (新字旧仮名) / 中島敦(著)
一々の岩石をあさって行くと、それらの灌木のほかに、日蔭のところには獅子頭ししかしら羊歯しだ類が生えており、しのぶがつき、岩松がつき、春蘭しゅんらんもまたおびただしくその間に散在している。
雲仙岳 (新字新仮名) / 菊池幽芳(著)
ただあの釜から流れ下っている小川のところだけでは、苔や、何かの羊歯しだや、地を這っている小さな灌木などが、こんもり生い茂っていて、砂地の中にまだ緑色をしていた。
私は酔い心地になって、日あたりのいい斜面を選んで、羊歯しだを折り敷いて腰をおろした。村の方からは太鼓囃たいこばやしをごく遠くで聞くような音がかすかにほがらかに伝わってくる。
フランセスの顔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
イセデンダという珍品の羊歯しだは、発見地が合祀で畑にされ全滅しおわる。スジヒトツバという羊歯は、本州には伊勢の外宮にのみ残り、熊野で予が発見せしは合祀で全滅せり。
神社合祀に関する意見 (新字新仮名) / 南方熊楠(著)
地面には羊歯しだ科の植物が茂るまま茂り、幹々の奥の薄暗がりを蛍に似た発光体がすいすいと飛んだ。道はやや乾き、時々どこかで山水の流れる音もした。道幅は四五尺程である。
日の果て (新字新仮名) / 梅崎春生(著)