空腹すきばら)” の例文
空腹すきばらを抱いて、げっそりと落込むように、みぞの減った裏長屋の格子戸を開けた処へ、突当りの妾宅の柳の下から、ぞろぞろと長閑のどかそうに三人出た。
売色鴨南蛮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
盆茣蓙ぼんござを取巻いて円陣を作った人々の背後うしろに並んだ酒肴さけさかな芳香においが、雨戸の隙間からプンプンと洩れて来て、銀之丞の空腹すきばらを、たまらなくえぐるのであった。
名娼満月 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
あがった所は住吉すみよし村、森囲いでべんがらぬりの豪家、三次すなわちあるじらしいが、何の稼業か分らない。湯殿から出て、空腹すきばらを満たして、話していると夜が明けた。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
田中から直江津行の汽車に乗つて、豊野へ着いたのは丁度正午ひるすこし過。叔母が呉れた握飯むすび停車場ステーション前の休茶屋で出して食つた。空腹すきばらとは言ひ乍ら五つ迄は。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
不昧公の胃の腑は深く宗左をうらんだ。これまで空腹すきばらといふ事を知らなかつた大名の頭脳あたまは、急に胃の腑の味方をして、何かしら復讐しかへしの趣巧を考へるらしかつた。
いっそ川崎の宿しゅくまで引っ返して、万年屋で飯を食おうと云って、二人は空腹すきばらをかかえて、寒い風に吹きさらされながら戻って来ると、ここらもやはり混雑していて
半七捕物帳:51 大森の鶏 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
お昼になると家へ食べに行くふりをして、空腹すきばらをかかえてその辺をぶらついていたこともたびたびであり、また一人は幾日目かに温かい飯に有りついて、その匂いをかいだ時
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「道中で腹が減ったからといって、無暗に物を食ってはいけねえ、また空腹すきばらへ酒を飲むのも感心しねえ……酒を飲むなら食後がいいな、暑寒ともにあたためて飲むことだよ、ひやは感心しねえ」
大菩薩峠:23 他生の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
グウツといふ音をたてゝ空腹すきばらが鳴りました。
晩春の健康 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
下物さかなに飮むほどに空腹すきばらではあり大醉おほよひとなり是から一里や二里何の譯はない足が痛ければ轉げても行くこゝさへ此の絶景だものかねて音に聞き繪で惚れて居る寐覺ねざめ臨川寺りんせんじはどんなで有らう足が痛んで行倒ゆきだふれになるとも此の勝地にはうぶられゝば本望だ出かけやう/\と酒がいはする付元氣つけげんき上松あげまつから車を
木曽道中記 (旧字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
ぶらぶら何を見て歩行あるいていたかは、ご想像に任せますが、空腹すきばらの目をくぼまして長屋へ帰ると、二時すぎ。
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
埴生村はにゅうむらの村はずれで、茶店に腰かけて空腹すきばらやした時、新九郎は初めて旅にふさわしからぬ己れの仕度に気づいて、草鞋を買いはかまの股立ちをからげたりしていた。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それとも利廻りのいゝ株でも買込んだかうかは知らないが、よしんばその遺産が無かつたにしても、猫は多くの哲学者のやうに空腹すきばらを抱へるやうな事は滅多にない
皿の上のはやは焼きたての香を放つて、空腹すきばらで居る二人の鼻を打つ。銀色の背、かばと白との腹、そのあたらしい魚が茶色に焼け焦げて、ところまんだら味噌のく付かないのも有つた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
つちしょうに合うでう出来るが、まだこの村でも初物はつものじゃという、それを、空腹すきばらへ三つばかり頬張ほおばりました。
薬草取 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
空腹すきばらをみたされて急に眠気ざした子供は、それに返辞もしないで時々縁台から転げそうになっていた。
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
空腹すきばらへ、秋刀魚さんまやきいものごときは、第一だいいちにきくのである。折角せつかく結構けつこうなる體臭たいしうをお持合もちあはせの御婦人方ごふじんがたには、あひすまぬ。が……したがつて、はらひもしないで、かせまをした。
火の用心の事 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
お粥のけむりを見ると、空腹すきばらで、のどから手がでそうなくせにして、蛾次郎はプンプンとおこった。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ここでひとつ喝采かっさいをはくして見物けんぶつからぜにを投げてもらわなければ、ここまでの努力どりょくも水のあわだし、かえりに空腹すきばらをかかえてもどらなければならないと思うと、しぜんと勇気ゆうきづいて
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
名を聞いただけでも空腹すきばらへキヤリと応える、雁鍋がんなべの前あたりへ……もう来たろう。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
藪山やぶやまのやしきへ、叔母を頼って行った日、猫が飯をたべているのを眺めて、沁々しみじみうらやましく眺めながら、自分の空腹すきばらには、一わんの冷飯も与えられないのを、天地にかこったこともある。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
このやといにさえ、弦光法師は配慮した。……俥賃には足りなくても、安肉四半斤……二十匁以上、三十匁以内だけの料はある。竹の皮包を土産らしく提げて帰れば、さとから空腹すきばらだ、とは思うまい。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それでさえ怒り得ないで、悄々すごすごつえすがって背負しょって帰る男じゃないか。景気よく馬肉けとばしあおった酒なら、跳ねも、いきりもしようけれど、胃のわるい処へ、げっそり空腹すきばらと来て、蕎麦そばともいかない。
紅玉 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
針売りすがたの木綿布子もめんぬのこ一枚、それも旅垢たびあかに臭いほど汚れたのを着て幾日も飯を喰べないような空腹すきばらをかかえ、飯を与えるとがつがつとはしを鳴らして喰べながら、何か夢みたいなことを訴えていた。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それでさへ怒り得ないで、悄々すごすごつえすがつて背負しょつて帰る男ぢやないか。景気よく馬肉けとばしあおつた酒なら、跳ねも、いきりもしようけれど、胃のわるいところへ、げつそりと空腹すきばらと来て、蕎麦そばともいかない。
紅玉 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
空腹すきばらはもう夕刻から頻りに迫っていたのでもあるし——。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
空腹すきばらへ川の水を入れ、ぐったり一汗ふいていた。
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「孤雲どの、空腹すきばらではないか」と、いたわる。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
空腹すきばらを満たすことだった。
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)