しっ)” の例文
からだを掴まれることを厭がりあれ程れていても、嘴でしっかりと咬み付く、咬みつくとブルドッグのようにどうしても放さない
人真似鳥 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
太「はい、伯父様貴方あんたしっかりしねえではいけませんよ、七十八十の爺さまではなし、死ぬなんぞというよええ気を出しては駄目でがんす」
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
同時にそのボーイが頭をがっくりと下げたまま、口をしっかりとつぐんでいる横顔が、何かしら一言も云うまいと決心しているのに気付いた。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
母は強い熱に堪える体質の女なんでしたろうか、叔父は「しっかりしたものだ」といって、私に向って母の事をめていました。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しっかりと自分の足で、この大地を踏まえて行く生活! 今まで項垂うなだれて、唖のような意趣に唇を噛んでいた女性は、彼女の頭を持ち上げた。
概念と心其もの (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
糸屋でこそあれ辻屋は土地の旧家で身代もなかなかしっかりしたもの、普通の糸屋とちがって、よろいおどしの糸、下緒さげおなど専門にして老舗しにせであった。
この娘は見掛けの弱々しい可愛らしさに似ず、性根しょうねしっかりしたものがあるらしく、昨夜の話も整然として筋も乱れません。
金作は頻りに「折角せっかく旦那方を案内して来ながら劒へ行けなかったのは済まない」と気の毒がる、「何に構やしないさ、明日またしっかり頼むよ」
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
そしてサザンカを山茶花と書くべしというしっかりした根拠典故は元来何んにもなく、これは実によい加減に充たものである。
植物記 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
「父親の官兵衛よりは眉目みめい。母御ははごに似たと見ゆる。気性もしっかり者らしい。良い和子わこだ。なかなか良いところがある」
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ふくらかなしっかりした形がどうして生れなくなったのでしょうか。名が高いだけに将来の歴史を深めたいものであります。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
その碑の前には一人の質素な服装の独逸ドイツ人の青年が、膝まずいて両手をしっかり組み合せ、それを胸の前でしきりに振り廻していた。眼はつむっていた。
褐色の求道 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
しかもびっこは引きながらも、私がこんなにも大股にしっかと足を踏み締めて、悠然と二階へ上って行ったのは、一体ここ何カ月ぶりのことであったろうか。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
そうして私達は友達になったのです。いまでは私達の友情は落着いたしっかりしたものになっています。はじめの頃のように無性に話しあったりはしませんが。
聖アンデルセン (新字新仮名) / 小山清(著)
何でこの状を目睹もくとして躊躇ちゅうちょすべき。将軍、たちまち着のみ着のまま川の中へ飛び込んで口元をしっかと握り、金剛力をふるい起こし、「エーヤッ」とばかりに引揚げた。
それから、浄善さんの死因に就いては、智凡さんがしっかりした説を持っていらっしゃいますが
夢殿殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
僕に結核があるかどうか、御診察の上で、包みかくしのないところをおっしゃって下さい。大丈夫ですよ、僕はしっかりしています。どんな診断を聞かされたって平気なもんです。
誤診 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
構いませんわ、あの人は気象きしょうしっかりした人ですから、きっとそれ相当な働きをしますわ。
セメント樽の中の手紙 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
「どうぞ、お母さん、私を行かせないで下さいまし。貴女のお手で、私をしっかり抱いて頂戴。斯うやって、私がすがり付いているように。そして、どうぞしっかり捕えていて下さい」
それどころか、宝としてしっかりと握っていたのだとも思われる。冷たさにも、熱さにも、他の苦痛など、てんで考えている暇のない専有慾の満足と、自由を願うものとの葛藤かっとうだったのだ。
柳原燁子(白蓮) (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
私は其の老婆を見た瞬間に、五六年も前に見たまだしっかりしてゐた彼女の姿と、それから現在の年齢を同時と云つてもいゝ早さで思い出しました。彼女は確かにもう八十は過ぎてゐました。
白痴の母 (新字旧仮名) / 伊藤野枝(著)
戦いの刻限を告げしっかり食事して働いてくれと頼んで去った、七人木で庵を造りやじりなどいで弓弦ゆづるくくって火いて夜を明かし、朝に物よく食べての時になりて敵来るべしといった方を見れば
驚いた笛吹きはしっかり其角につかまり、さてプカに向って云いました。
そして暗号を奪ったが、足がつきそうになって、しっかり者の三原玲子にまで暗号をリレーしたのだ。ところがやはり刑事が怪しんで追跡した。玲子は暗号を受取ったが、さあ始末に困ってしまった。
獏鸚 (新字新仮名) / 海野十三(著)
クラリス・メルジイはしっかりした口調でなお語り続ける。
水晶の栓 (新字新仮名) / モーリス・ルブラン(著)
夫人 そして、しっかり、私におつかまりなさいまし。
天守物語 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
多「番頭さんも目前めさきべいの勘定で心の勘定がねいから、何が幾許いくらるか知りやアしねい、店を預かる番頭さんだからしっかりしなんしよ」
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
この大島高次郎という人は、若い時から草鞋穿わらじばきでたたき上げたほどな人ですから、なかなかしっかりした人物でありました。
代助は、それで結構だ、しっかりりたまえと奨励した。すると寺尾は、いやちっとも結構じゃない。どうかして、真面目になりたいと思っている。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
お母さんはあの通り、しっかりもんには違いなえが、兄さんでもおねえさんでも、みんなと仲がええし……無理なことなんぞ、一言だっていわれる方ではなえ
仁王門 (新字新仮名) / 橘外男(著)
なかなかのしっかりした人でだまそうとしても引き返さなければならない程の、愉快な手応えを見せていた。
少年は、その人前でもちっとも恥しがったりうじうじしないで、しっかりと、白耳義ベルギーの孤児を自分達が助けて上げなければならないと云う事を話しているのでした。
私の見た米国の少年 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
「あたし……虫ぐらいにこんなに怖がって……しんはしっかりしている積りだけど末梢神経が臆病なのね」
唇草 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
何をいえ地が四五寸もの間左右に急激に揺れたからその揺れ方をしっかと覚えていなければならん筈だのに、それを左程覚えていないのがとても残念でたまらない。
懐疑的な表情がうかんできて、それが、彼女の心をしっかと捉えてしまったもののように見えた。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
陶土もここのは骨があり肉があるとでも申しましょうか、どこかしっかりした、質の優れた材料であります。自然がこの地で陶器を作れよとさながら命じているように思えます。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
今はなお、合戦また合戦と、いとまなき世の中だが、かならず次には、おまえたちの奉公がいよいよ大事な世となって来よう。それまでにしっかりと励んでおけよ、自分を作っておけよ
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ところが、おれは密かに彼等を語らって、船長に対して一騒動起そうという計画なんだ。あの連中は腕っ節も強いし、頭もあってしっかりした手合だが、どうだい君も仲間に入らないか
文「やア大分風が静かになって来た、これで天気になったらば、また助ける風も吹くであろう、死ぬも生きるも約束だ、各々おの/\しっかりしろよ」
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「幸吉、実は、今度、お前に骨を折ってもらわなくちゃならないことが出来たんだ。一つしっかりやってもらいたい」
そしてこれをしっかと内懐うちぶところに納めたが、これでもはや私のなすべき用意はすべてなし終えたのであった。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
しっかりと、正直に苦しみ、正直に有難がり、正直に悦んで、「人」を拡大して行き度いと思う。
概念と心其もの (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
その時第一にけ付けたものは祖父であった。左の手に提灯ちょうちんかざして、右の手に抜身ぬきみを持って、その抜身で死骸をたたきながら、軍平しっかりしろ、きずは浅いぞと云ったそうである。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
鷦鷯みそさざいのやうに敏捷に身をひるがえして、楊柳かわやなぎや月見草のくさむらを潜り、魚を漁つてゐる漁師たちに訪ね合はしてゐる直助のこんの姿としっかりした声が、すぐ真下の矢草の青い河原に見出みいだされた。
(新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
その揺れ方をしっかと覚えていなければならん筈だのに、それを左程さほど覚えていないのがとても残念でたまらない……もう一度生きているうちにああいう地震に遇えないものかと思っている。
と、りきみ直したが、相手の足もとは、どうして、しっかりとしたものだ。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
だまされやすくだましてみたいような美しさを持っている人だが、この父朔太郎の思い出をくぐり抜けている葉子さんは、なかなかのしっかりした人で、騙そうとしても引き返さなければならない程の
我が愛する詩人の伝記 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
と、彼女は突然にしっかりした声でいいだした。
情状酌量 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
「マヌエラ、どうしたんだ、しっかりおし!」
人外魔境:01 有尾人 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
とこわ/″\乗りますと、乗り付けませんで、殊に道中馬は危ないから、油汗が出てしっかりつかまっている。シャン/\/\と馬方が曳き出す。
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)