汲々きゅうきゅう)” の例文
春泥は、警察の探索が怖くなって、当の目的であった静子の殺害を思いとどまり、ただ身を隠すことに汲々きゅうきゅうとしていたのであろうか。
陰獣 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
区々たる藩閥の巣窟に閉籠とじこもり、自家の功名栄達にのみ汲々きゅうきゅうたる桂内閣ごときでは、到底、永遠に日本の活力を増進せしめる事は出来ない。
本州横断 癇癪徒歩旅行 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
この辞句の裏には何よりも信盛が自己の罪のみを汲々きゅうきゅうと怖れて弁解している気もちが出ている。いやそれ以外には何もないといってもいい。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
世のいわゆる慈善家・道徳家・博愛家の丹心より出でずしてかえってかのただ利これ汲々きゅうきゅうたるの商人より出でたることを見て
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
各人は私利にのみ汲々きゅうきゅうとして、組織的精神は競争心と変じ、懇篤こんとくのふうは苛酷と変じ、すべての者に対する創立者の慈愛は各人相互の怨恨えんこんに変わった。
そんな重大な役目を他人のために勤めたとは夢にも知らない虻は、ただ自分の刻下の生活の営みに汲々きゅうきゅうとして、また次の花を求めては移って行くのである。
沓掛より (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
諸君が汲々きゅうきゅうとして帝都復興の策を講じているあいだに、わたしも勉強して書庫の復興を計らなければならない。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
だ東京の奴等やつらを言ったのサ、名利みょうり汲々きゅうきゅうとしているその醜態ざまは何だ! 馬鹿野郎! 乃公おれを見ろ! という心持サ」と上村もまた真面目で註解ちゅうかいを加えた。
牛肉と馬鈴薯 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
何よりおそろしいのは、両派の巨頭連きょとうれんが、自分たちの勢力を張るために、青年将校の意をむかえることに汲々きゅうきゅうとして、全軍に下剋上げこくじょうの風を作ってしまったことだ。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
いつかコクトオが、日本へ来たとき、日本人がどうして和服を着ないのだろうと言って、日本が母国の伝統を忘れ、欧米化に汲々きゅうきゅうたる有様を嘆いたのであった。
日本文化私観 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
営利にのみ汲々きゅうきゅうとしているところはまず相場師と興行師とを兼業したとでも言ったらよいかも知れない。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
けれどもそんな事にはいっこう頓着とんちゃくなく一生懸命に眼前の小利をはかることに汲々きゅうきゅうとして居る。ですから
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
自分の名声については、汲々きゅうきゅうとして、それを保つ為には時に巧妙な卑劣な方法を取る事を辞さない。
血液型殺人事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
生徒は試験及第の事ばかりに汲々きゅうきゅうとしておって、徳を求めるなどのことは考えないのである。
今世風の教育 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
ヴェランダには人々、女達が多勢立って外を眺めている。中には銃を持った者もいた。此の支那人ばかりではなく、島に住む外国人は皆自己の資財を守るに汲々きゅうきゅうとしている。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
英独の海軍競争既にかくの如くであるから、他の列強もこれと均衡を維持するために、各々海軍の勢力増大に熱衷し、今や列強共、海軍力の競争に汲々きゅうきゅうとしておるという有様である。
世界平和の趨勢 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
算術の日課を授くるに汲々きゅうきゅうとして、他を顧みるのいとまなきがごとく、たまたま閑隙かんげきありて講学に志すものは、さほど実際に急切の関係もなきヘルバルト氏の学理を探求するをもって
おばけの正体 (新字新仮名) / 井上円了(著)
ほかに対しては卑屈これ事とし、国家の恥辱ちじょくして、ひとえに一時の栄華をてらい、百年のうれいをのこして、ただ一身の苟安こうあんこいねがうに汲々きゅうきゅうたる有様を見ては、いとど感情にのみはしるのくせある妾は
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
自分が最早や妙子に対してはほとんど愛情を持っていないこと、むしろ妙子がき起す災厄さいやくから自分たち一家を守ることにのみ汲々きゅうきゅうとしていることを、不用意のうちに曝露ばくろしているのであって
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
世とあいおりて、遠近内外の新聞の如きもこれを聞くを好まず、ただ自から信じ自から楽しみ、その道を達するに汲々きゅうきゅうたれば、人またこれに告ぐるに新聞をもってする者少なく、世間の情態
中元祝酒の記 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
しかし保胤は仏教の所謂いわゆる六道の辻にも似た此辻の景色を見て居る間に、揚々たる人、踽々くくたる人、営々汲々きゅうきゅう戚々せきせきたる人、嗚呼ああ嗚呼、世法は亦復かくの如きのみと思ったでもあったろう後に
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
常に単独行動を執って、当局の信用を博するに汲々きゅうきゅうとしていた。
凡人伝 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
もちろん孔明その人も、捲土重来けんどちょうらいをふかく期していたのである。彼は、そのまま漢中にとどまった。そして汲々きゅうきゅうとして明日のそなえに心魂を傾けた。
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
かの欧州の権謀政治家や、日夜ただ兵備拡張に汲々きゅうきゅうとして、かえってその兵備拡張の手段なるものは兵備拡張の目的を遮断しゃだんするの大敵たることを忘却したるはなんぞや。
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
国のためちょう念は死にいたるまでもまざるべく、この一念は、やがて妾を導きて、しきりに社会主義者の説を聴くを喜ばしめ、ようやくかの私欲私利に汲々きゅうきゅうたる帝国主義者の云為うんいを厭わしめぬ。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
ただ専門知識を吸収するのみに汲々きゅうきゅうとしてこの点を閑却するに於ては人間は利己的となる。進んで国と世界とのために尽すという犠牲的精神は段々衰えて来るのである。恐るべきことである。
早稲田大学の教旨 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
平家の門閥もんばつが、民をかえりみるいとまもなく、民の衣食を奪って、享楽の油に燃し、自己の栄耀えようにのみ汲々きゅうきゅうとしている実相さまが、ここに立てば、眼にもわかる。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
名に汲々きゅうきゅうたる君子にして名を欲せざるものあり。実に封建の道徳世界なるものは牛鬼蛇神、ほとんど吾人が想像しあたわざるものなり。しかれどもこれあにやむをえんや。
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
た当年の苦艱くかんかえりみる者なく、そが細君すらもことごとく虚名虚位に恋々れんれんして、昔年せきねん唱えたりし主義も本領も失い果し、一念その身の栄耀えいよう汲々きゅうきゅうとして借金賄賂わいろこれ本職たるの有様となりたれば
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
が、今の民国政府にこの力の認むべきものがあるか。彼等はかくの如き場合に臨むや、いたずらに人民に迎合し、その歓心を得るに汲々きゅうきゅうたる態度を取る。これ明らかにその権力なきを自証するものだ。
三たび東方の平和を論ず (新字新仮名) / 大隈重信(著)
諸国戦乱の絶えまもなく、各〻が自己の存立に汲々きゅうきゅうとしている世情の常とはいっても、浅ましい限りであった。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
かくのごとくにして、選挙人も候補者もただただ私利を図る事にのみ汲々きゅうきゅうとして、更に公徳心の何たるをわきまえぬ様になったからたまらない。いわゆる目的は手段をえらばずで、盛んに投票の売買をやる。
選挙人に与う (新字新仮名) / 大隈重信(著)
大いにすあらんとしていたらしく、しきりに蠢動しゅんどうしかけていたが、信玄が退いてからは、ぴたと自領の限界にすくみこんで、国境の保守に汲々きゅうきゅうとしていた。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その世界的野心を遂ぐるに汲々きゅうきゅうたる者は無い。
列強環視の中心に在る日本 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
その兵力や財力がないのではなく、彼自身も、藩老のすべても、現状の維持に汲々きゅうきゅうとしていたからであった。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
於犬の如きは、同じ筋目すじめの者でありながら、本能寺直後には、立ちどころに、態度をかえ、秀吉ずれに、こびを売って、身の栄達に汲々きゅうきゅうたる——文字どおりの犬でござる。
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
数百年来どんな国家の大患たいかんという時でも、彼らは、自分たちの特権を汲々きゅうきゅうと守ることしか知らぬ。
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その一面、軍備と防塞に、拍車をかけて、急に、殻をかぶったように、汲々きゅうきゅうと、国境をかためた。
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そういわれてみると、田豊はつねに学識ぶって、そのくせ自家の庫富こふ汲々きゅうきゅうと守っているたちだ。
三国志:05 臣道の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
自分の一身に汲々きゅうきゅうと捉われている眼つきと、何ものも考えずにただおこってのみいる感情と——殆ど、瀬の渦に巻かるる落葉の片々たる浮沈ふちんのすがたのように、収拾のつかない
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
爾後じごにおいて、宿老輩との和を欠いて、三法師君を奉ずることが薄くなっては、足下の臣節も誠意も、私利私慾の営みに汲々きゅうきゅうたり——などと誤解されてもせんないことになりはしまいか
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
藩臣のうちには、いまだにかれの心事もわからず、その事業に対しての不平やら、あげつらいやら、またこういう際にも、汲々きゅうきゅう自閥じばつの利と勢力扶植ふしょくにばかり策謀しているものも多い。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それによって建国されたこの呉の土を、むざむざ敵将操の手にまかしていいものでしょうか。汲々きゅうきゅう、一身の安全ばかり考えていていいでしょうか。それがしは思うだに髪の毛が逆立ちます
三国志:07 赤壁の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
清洲以後は幼君のおりも怠って、ただひとえに、私利私慾の営みに汲々きゅうきゅうとし、洛内においては、私権をほしいままにし、洛外においては、事もない今日、はばかりもなく、堅固な築城に莫大なついえをかけている。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
……今思えば、わしもあまり一徹であったが、洛陽の顕官どもが、私利私腹のみ肥やして、君も思わず、民をかえりみず、ただ一身の栄利に汲々きゅうきゅうとしておるさまは、想像のほかだ。実に嘆かわしい。
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)