水瓶みずがめ)” の例文
草心尼は、かたく自信していた母の懐に、ふと、水瓶みずがめのヒビでも見たときのような不安と淋しさを抱かせられて、子の姿を見まもった。
私本太平記:02 婆娑羅帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
さっき座蒲団に、人の坐ったらしい余温よおんのあったことを思いだしながら、幹太郎は水瓶みずがめから柄杓ひしゃくで水を飲み、それから長火鉢の前へ戻った。
花も刀も (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「同役(といつも云う、さむらいはてか、仲間ちゅうげんの上りらしい。)は番でござりまして、唯今ただいま水瓶みずがめへ水を汲込くみこんでおりまするが。」
朱日記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
平次は家の中を一と通り見廻して、それから外へ出ました、わけても水瓶みずがめと下水と井戸に気をつけたのは、少しばかり訳のあることだったのです。
点滴のといをつたわって濡縁ぬれえんの外の水瓶みずがめに流れ落る音が聞え出した。もう糠雨ぬかあめではない。風と共に木の葉のしずくのはらはらと軒先に払い落されるひびきも聞えた。
雨瀟瀟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
それから双魚宮ピスケスは、カルデア象形文字に魚形の語源があってヌン。そして、最後の宝瓶宮アクアリウス水瓶みずがめ形がタウとなって、それで、形体的解読の全部が終るのである。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
同時に又水瓶みずがめの中から猿が一匹おどり出し、わ十字架に近づこうとする。それからすぐに又もう一匹。
誘惑 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「昔ッから、盲目の蟋蟀こおろぎという話がある。あんまり調子付いて水瓶みずがめの中へ落ちねえように気をつけねえよ」
曲亭馬琴 (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
そこへ名探偵が現われて、「これは太陽と水瓶みずがめの殺人だ」という。いよいよもって不思議千万である。
探偵小説の「謎」 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
そこへ水瓶みずがめとコップのお盆を抱えた十八九の綺麗な少年ボーイが爪先走りに通りかかったが、青年ボーイの前に来るとピタリと立停まって、伸び上りながら耳に口を寄せた。
人間レコード (新字新仮名) / 夢野久作(著)
しかり、安田は十一時頃に階下したへ降り、恐らく水を飲もうと思って台所へ行ったに相違ない。ところが水瓶みずがめの水は氷っていたので、彼は井戸端へ水をみに行ったのであろう。
誰が何故彼を殺したか (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
また、その川の水を携え帰って水瓶みずがめにたくわえ、年中いつでも不浄と感じた場合には、たといその水が腐敗していても構わず、これをすすぎかけて穢れを払うことになっておる。
迷信と宗教 (新字新仮名) / 井上円了(著)
彼はそこで温めてくれる一杯の濃い珈琲をあじわいながら、往来の角に立つ石造りの水道栓すいどうせんの柱をながめ、水瓶みずがめげて集る婦女おんなを眺め、その辺に腰掛けて編物する老婆のひなびた風俗を眺めては
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
彼の姿は腕拱うでぐみのままだった。その腕拱みにいつかくりやの方から朝の明るみがしている。彼はむッくりって水瓶みずがめのそばで顔を洗い出した。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
奥には茶釜や器物の棚や、水瓶みずがめなどの置いてある土間の片方に、三帖ばかりの小部屋があり、茶釜からは湯気が立っていた。
奴も動かせまいと云っていると、その言葉の切れぬ内に、グワラリと、非常なひびきをして、その石を水瓶みずがめから、外へ落したので、みんなが顔色を変えたと云う事。
一寸怪 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
警察官をしてはそぞろに嫌疑のまなこを鋭くさせるような国貞振くにさだぶりの年増盛としまざかりが、まめまめしく台所に働いている姿は勝手口の破れた水障子、引窓の綱、七輪しちりん水瓶みずがめかまど
妾宅 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
火をともした一本の蝋燭ろうそくは机だの水瓶みずがめだのを照らしている。
誘惑 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
水瓶みずがめのそばで水音がしていた。——と、思うと、茶碗を持ったまま、水屋の口から往来のほうへ、首を出してどなった。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
大きな水瓶みずがめが二つあり、三尺に六尺の立流たちながしがあって、飲み水の補給は云うまでもなく、勘定方の者が洗面したり、汗を拭いたりするための半揷はんぞうなども備えられ
今朝、松本で、顔を洗った水瓶みずがめの水とともに、胸が氷にとざされたから、何の考えもつかなかった。
眉かくしの霊 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
渇ける唇に触れて離れぬ曇りなき水瓶みずがめ
縁の雨戸も除かれ、台所の戸はたおれていた。——その暗い水瓶みずがめのあるあたりに、ぬっと巨大な人影がうごいた。
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
間取りは六じょうふた間に、八帖ほどの板の間。勝手にかわやが付いていた。井戸はすぐ裏で、勝手には造りつけのへっついがあり、手桶から水瓶みずがめ鍋釜なべかままで揃っていた。
さぶ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
就中なかんずく、恐ろしかったというのは、ある多勢おおぜいの人が来て、雨落あまおちのそばの大きな水瓶みずがめ種々いろいろ物品ものを入れて、その上に多勢おおぜいかかって、大石を持って来て乗せておいて、最早もうこれなら
一寸怪 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
いまじぶんになると、毎日台所へ来て、水瓶みずがめに水をったり、洗い物などしてゆく近所の洗濯婆さんであった。
私本太平記:04 帝獄帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
勝手には水瓶みずがめもないし、もちろん鍋釜なべかまも、その他の食器もなかった。古道具屋で買った箪笥たんすがひとさおと、ちょっとした将棋盤と、それから掃除用の品があるだけだった。
秋の駕籠 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
吾妻下駄あずまげたが可愛く並んで、白足袋薄く、藤色の裾を捌いて、濃いお納戸なんど地に、浅黄と赤で、撫子なでしこと水の繻珍しゅちんの帯腰、向うかがみに水瓶みずがめへ、花菫はなすみれかんざしと、リボンの色が、蝶々の翼薄黄色に
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
水瓶みずがめの水を柄杓ひしゃくからがぶがぶ呑んで、ひと息入れると、婆さんはすぐもとの二階部屋へあがって来た。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「いえはじまりは地震かと思うてびくびくしていたんで、暑さがひどかったもんだからね。それという時の要心だ、わっしどもじゃ、媽々かかにいいつけて、毎晩水瓶みずがめふたを取って置きました。」
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
重吉は立って勝手へゆき、水瓶みずがめからじかに柄杓ひしゃくで三杯水を飲んだ。
ちゃん (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
又八は、隅の大きな水瓶みずがめへ首を突っこむようにして、柄杓ひしゃくから水をのみ、その柄杓をほうりすてると、そのまま、門口の暖簾のれんをわけて、ふらふらと外へよろめいて行く——
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
危うげな足どりで、やっと勝手の水瓶みずがめの前までかついで行くと頭の上から、師範代の梶新左衛門が
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼はそこの掛樋かけひゆか水瓶みずがめから水をくんで、うがいをし初め、独りで髪の毛をなであげていた。
私本太平記:02 婆娑羅帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
かわるがわるに来ては台所へ黙って野菜を置いて行ったり、開けない部屋を掃除して行ったり、水瓶みずがめに水をみたして行ったりして、衰えた無二斎の家を守っていてくれている。
宮本武蔵:02 地の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その眼が土間の水瓶みずがめを見ると、立って行って、柄杓ひしゃくからがぶがぶと、酔醒よいざめを飲んでいる。
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
利家の夫人、いちど外したたすきをかけ直して、自身、調理場の水瓶みずがめ俎板まないたの前に立った。
新書太閤記:09 第九分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、惣右衛門は、垣越しに、隣家となりの縁先をのぞきながら、そこの水瓶みずがめで手を洗った。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
春日井かすがいの部落で、早起きな野鍛冶のかじの家が開いていたのを見つけ、そこで鍛冶場の掃除を手伝い、そこの飼牛かいうし二匹を曳いて、草を飼わせ、また、裏へまわって、水瓶みずがめいっぱい、水汲みをしてやったので
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)