旁々かたがた)” の例文
旁々かたがたの手を見れば、なかばはむきだしで、その上に載せた草花の束ねが呼吸をするたびにしまのペチコートの上をしずかにころがッていた。
あいびき (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
私は旅館の相談旁々かたがた、紹介を得て来た図書館長の永山氏に電話をかけた。私、早口になると見え、電話がてきぱき相手に通じない。
長崎の一瞥 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
それが午後七時頃のことだ。遠い所でもないので、彼はいつもの様に、散歩旁々かたがた、吾妻橋を迂回うかいして、向島むこうじまの土手を歩いて行った。
陰獣 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
当時政治は薩長土の武力によりて翻弄ほんろうせられ、国民の思想は統一を欠き、国家の危機を胚胎はいたいするのおそれがあり、旁々かたがた小野君との黙契もっけいもあり
東洋学人を懐う (新字新仮名) / 大隈重信(著)
「この辺へ商売用で来ました、ついでと言っちゃ済みませんが、昨夜は親分の御世話になりましたのでお礼旁々かたがた伺いました——」
仕方がないから葡萄の葉が陽をさえぎっている四阿あずまやの中で時間潰し旁々かたがた、心残りのないように遺言状を一通したためておくことにしたのであった。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
主税が、小児こども衆は、と尋ねると、二人とも乳母ばあやが連れて、土産ものなんぞ持って、東京から帰った報知しらせ旁々かたがた、朝早くから出向いたとある。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
別にこの縁談については中に立ったというわけでもなし、旁々かたがた下手に間に入って口をきくと、かえっ先方せんぽうからうらまれなどした事もあったので
二面の箏 (新字新仮名) / 鈴木鼓村(著)
其の地の名産たるタマナ樹で豪勢な舞踊台オイラオルを作らせ、それを持帰った上で、其の披露旁々かたがた二人の夫婦固めの式を行うという条件つきである。
南島譚:02 夫婦 (新字新仮名) / 中島敦(著)
……参詣さんけい旁々かたがた遠眼にお姿を拝見したいから、六ツ半ごろ、眼に立つところにお立ち出でくださるようにと書いて差上げました。
平賀源内捕物帳:萩寺の女 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
大先生の尊顔そんがん久々ひさびさにておがみたいし、旁々かたがたかの土地を見物させて貰うことにしようかと、師恩しおんあつき金博士は大いに心を動かしたのであった。
だが、生憎Aの細君は、歯医者へ行く旁々かたがた街へ買物に出たばかりで留守だった。帰るのを待っている程の時間がなかった。
久松家の用人をしていた私の長兄が留守番旁々かたがた其所そこに住まうようになって、私は帰省するたびにいつもそこに寐泊りをした。
漱石氏と私 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
日暮れがた、南里君は瀬川君をおくり旁々かたがた鶺鴒の巣を見に行った。陽がかげって、大気が夕靄のためにうすじめっているので水の音に秋を感じた。
鶺鴒の巣 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
気ばらし旁々かたがた無音むおん払いをかねて金儲けと一挙三得のうまい旅行だ。手近の碼頭から次々にと上流の方へ足を伸ばして行く。
複刻を求めらるる向きも多く、旁々かたがた前述の削除部分を、全部採録し、更に新たに発見された「続スウィス日記」をも合刻して、完本とすることにした。
故人の口から最も親しき人の一人として聞いてゐた人見氏の言に応じて、予一個の追悼の情を尽す旁々かたがた、此悲しき思出を書綴ることにしたのは其為だ。
すると、新年になって、年始旁々かたがた譲吉の家をたずねた友人の杉野は、仕立下ろしと見える新しい大島の揃を着て居た。
大島が出来る話 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
一つは警視総監の鼻を明かし旁々かたがた、呉井嬢次の讐討かたきうちの助太刀すけだちをするに就いて、準備的の偵察をこころみるために……それからもう一つは嬢次少年が
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
その内に御影みかげ狛犬こまいぬが向い合っている所まで来ると、やっと泰さんが顔を挙げて、「ここが一番安全だって云うから、雨やみ旁々かたがたこの中で休んで行こう。」
妖婆 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
見入みいっているのではない。まさしくそれは心に聴き入っていると言った方が適切である。万一の場合を気遣って、御警固旁々かたがた座に控えていた者はたった四人。
十万石の怪談 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
余っ程閑暇ひまの時は、東京で病みついたトルストイの本を読んでいた。それから時々は、ぶらぶらと、近くにある世古の滝の霊場にかり旁々かたがた山や畠を見まわった。
忠僕 (新字新仮名) / 池谷信三郎(著)
お詑び旁々かたがた此処で白状してしまふが、幹彦君は私と違つて努めて土地の人情風俗に同化しようとする様子が見え、いつの間にか祇園先斗町の廓言葉などを覚え込んで
青春物語:02 青春物語 (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
壁辰は、左官が本職で、旁々かたがたかみの御用もつとめているのである。岡っ引きとして朱総しゅぶさをあずかり、その方でも、いま江戸で、一と言って二と下らない眼利めききなのだ。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
旁々かたがた伜が最期の際の御縁もゆかしく思われるので、是れはそのままそのもとに納めて頂きたい、いかなる境涯の人かは知らないが、末ながくお栄えなさるよう祈っている
金五十両 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
赤十字病院を退院すると私はすぐに、大船おおふなの常楽寺に行って静養する事になった。そこには今村のお嬢さんが絵の稽古旁々かたがた松洲先生等と一緒に避暑に行っていたからであった。
きょうはそのお礼をいい旁々かたがた時次郎さんに折入って相談があって参りました。
沓掛時次郎 三幕十場 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
病人ノ加持ノ法又ハ摩利支天ノ鑑通ノ法、修行術種々、二カ月バカリニ残ラズ教エテクレタ、ソレカラコノ南平ハボロノナリ故、色々入用いりようヲカケ、謝礼旁々かたがた一年半バカリニ四五十両カケタ
大菩薩峠:40 山科の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
先生の家にも多代子と同年の娘があって、おなじ女学校に通っているので、旁々かたがたその世話をしてやることになったのである。兄の透はこの近所の植木屋の座敷を借りて、そこから通学している。
深見夫人の死 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
其の上に彼の高輪田長三が其の後も秀子を陥しいるる為に倫敦の解剖院の助手に賄賂して、女の死骸を買い取った事までも分り、昨日の昼頃礼旁々かたがたにそれ等の次第を報じて権田の許へ来たに依り
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
まずはとりあえず御通知旁々かたがた御伺いまで。敬具
旁々かたがた御光来おいでを願ひました
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
旁々かたがたお邸を出るとなると、力業ちからわざは出来ず、そうかと云って、その時分はまだ達者だった、阿母おふくろを一人養わなければならないもんですから
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「君を疑ったりして、全く相済まんと思っているのです。今日は、実はそのお詫び旁々かたがた、事情をよくお話しようと思って、来て頂いた訳ですよ」
心理試験 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
睫毛はうるんでいて、旁々かたがたの頬にもまたあおさめた唇へかけて、涙の伝ったあとが夕日にはえて、アリアリと見えた。
あいびき (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
降りこめた雨が三十一日(七月)の朝になつて漸々やうやうあがつた。と、吉野は、買物旁々かたがた、旧友に逢つて来ると言つて、其日の午後、一人盛岡に行くことになつた。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
すると或日久しぶりに、よその奥さんが子供をつれて、年始旁々かたがた遊びに来た。この奥さんは昔から若くつてゐたいと云ふ事を、口癖のやうにしてゐる人だつた。
東京小品 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
旁々かたがたもって今日は出勤せぬ旨を銀行へ電話させておいて、午後の三時頃には私は迎えに来た自動車でアベニイダ・フロリダ街の本邸へと引き揚げて来たのであった。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
「坊っちゃんの二七日の逮夜たいやだし、今日はお富さんが引揚げて来ると言うんで、手伝い旁々かたがた、河内屋へ行って、泊り込んだそうですよ、多分飲みつぶれたことでしょう」
銭形平次捕物控:050 碁敵 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
「左様ですか、皆さん態々お集り下すって恐れ入ります、今日は父の三十五日でもあり旁々かたがたお話し申す事があってお出でを願いました、どうかお楽になすって下さいまし」
無頼は討たず (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
妾達を、追うて来る人でも、身体と心とのすべてを投じて、来る人はまだいゝのよ。あの人達なんか遊び半分なのですもの。おおかみの散歩旁々かたがた人の後からいて行くようなものなのよ。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
また、前の年の秋頃から、時々、浅間山が噴火し、江戸の市中にうっすらと灰を降らせるようなこともあったので、旁々かたがた、何か天変の起る前兆まえぶれでもあろうかと、恟々きょうきょうたるむきも少くなかった。
平賀源内捕物帳:萩寺の女 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
あの人とくると武州方面にも、贔屓にしている親分さんが、相当たくさんありますし、あの人の剣術の先生という人が、有名な小川の逸見へんみ多四郎様なので、旁々かたがたあちらへ参られたのでしょうよ
剣侠 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「てまえごときもの、とうてい、お対手は出来申さず候。ついてはおわび旁々かたがた、おちかづきのしるしに、粗酒一こんさしあげたく候間、拙邸せっていまでおこし下さらば腰本治右衛門、ありがたきしあわせと存じ奉りあげ候」
内々その予言者だとかいうことを御存じなり、外にあたりはつかず、旁々かたがたそれでは、と早速じじいをお頼み遊ばすことになりました。
政談十二社 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
これは別段さしたる用途もないのだけれど、ボンボン時計のネジを捲く二つの穴になぞらえて、装飾旁々かたがた機械室に光線を取る為に開けてあるのだ。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
その晩は寝ても、妙な夢ばかり見て、何度となくうなされましたが、それでもようやく朝になると、新蔵は早速泰さんの所へ、昨夜の礼旁々かたがた電話をかけました。
妖婆 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
其処へ道庁に勤めてゐる友人の立見君が公用旁々かたがた見舞に来て呉れたので、早速履歴書を書いて頼んで遣り、二三度手紙や電報の往復があつて、私は札幌の××新聞に行く事に決つた。
札幌 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
浜村屋の屋号すかしの薄葉うすように、肉の細い草書くさがきで、今朝こんちょう、参詣旁々かたがた、遠眼なりともお姿を拝見いたしたく、あわれとおぼしめし、六ツ半ごろ、眼にたつところにお立ち出でくだされたく、と書いてある。
平賀源内捕物帳:萩寺の女 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
右釈明旁々かたがた近日参邸いたし度く——あゝ何と云う図々ずうずうしさだ。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)