ものう)” の例文
しかし五六日もいると、この生活もやがてものうくなって来た。可憐かれんな暴君である葉子のとげとげしい神経に触れることもいとわしかった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
筆を執りて文を草することも出来しなり、されどこのごろは筆を執るもものうくてただおもひくづをれてのみくらす、誠にはかなきことにこそあれ。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
私はいつかとろんとした、ものうげな眼を見張って、賑かな、明るい往来の、種々雑多な音響と光線の動揺を凝視して居た。
恐怖 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
仕掛ながれの末には杜若かきつばたなど咲き躑躅つゝぢ盛りなりわづかの處なれど風景よし笠翁りつをうの詩に山民習得ならひえて一身ものうかん茅龕ばうがんに臥しうみて松にかへつ辛勤しんきんとつ澗水かんすゐおくる曉夜を
木曽道中記 (旧字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
彼はに夢ならでは有得べからざるあやしき夢にもてあそばれて、みづからも夢と知り、夢と覚さんとしつつ、なほねむりの中にとらはれしを、端無はしなく人の呼ぶにおどろかされて、やうやものうき枕をそばだてつ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
そうしてその倦怠のものうい気分に支配されながら、自己を幸福と評価する事だけは忘れなかった。倦怠は彼らの意識に眠のような幕を掛けて、二人の愛をうっとりかすます事はあった。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
明るく暮れて行く静かな空に反響する子供達の歌声が、ものうく夢のやうに聞えた。
奥間巡査 (新字旧仮名) / 池宮城積宝(著)
女がものうい声で訊くと、若い男は懐中時計を出してちょっと考えて
佳慵駕 しといえどめいずるにものう
向嶋 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
透入すきいる水かげにものうげなりや、もとほりぬ。
海潮音 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
しをふもものう
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
黄牛あめうしは声もものう
(新字旧仮名) / 末吉安持(著)
もう長いあいだ二十年も三十年もの前から慢性の神経衰弱にかれていて、外へ出ても、街の雑音が地獄の底から来るようにものうく聞こえ
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
私は前の晩に名古屋に一泊し、明くる朝京都へ向つたのであつたが、汽車の中から雨がしと/\降り続いて、いかにもものうい、鬱陶しい日であつた。
青春物語:02 青春物語 (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
宮はその身の上の日毎輝きまさるままに、いよいよ意中の人とわたくしすべき陰無くなりゆくを見て、いよいよ楽まざる心は、つまの愛を承くるにものうくて、ただ機械の如くつかふるに過ぎざりしも
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
何もるのがものういと云うのとは違って、何かなくてはいられない頭の状態であった。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
透入すきいる水かげにものうげなりや、もとほりぬ。
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
始終遊びつけた家では、相手の女が二月も以前にそこを出て、根岸ねぎしの方に世帯を持っていた。笹村はがらんとしたそのうち段梯子だんばしごを踏むのがものうげであった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
両岸の春に酔ったようなものうげなぬるま水を、きら/\日に光らせながら、吾妻橋の下へ出て行きます。
幇間 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
なにるのがものういと云ふのとはちがつて、なになくてはゐられないあたまの状態であつた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
かならずしもつとむるとにはあらねど、夫の前にはおのづから気の張ありて、とにかくにさるべくは振舞へどほしいままなる身一箇みひとつとなれば、にはかものう打労うちつかれて、心は整へんすべも知らずみだれに乱るるが常なり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
肉置しゝおき厚き喉袋のどぶくろよだれに濡らすものうげさ
海潮音 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
女のしゃべったりしたりすることを見ていると、暗いその部屋を起つのが億劫なほど、心も体も一種のものうい安易に侵されるのであったが、やはりいらいらした何物かに苦しめられていた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
と覚えず濁声だみごえを挙げた。するとリヽーはやう/\それが聞えたのか、どんよりとしたものうげな瞳を開けて、庄造の方へひどく無愛想な一瞥を投げたが、たゞそれだけで、何の感動も示さなかつた。
猫と庄造と二人のをんな (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
彼等かれらこの抱合はうがふうちに、尋常じんじやう夫婦ふうふ見出みいだがた親和しんわ飽滿はうまんと、それにともなう倦怠けんたいとをそなへてゐた。さうしてその倦怠けんたいものう氣分きぶん支配しはいされながら、自己じこ幸福かうふく評價ひやうかすることだけわすれなかつた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
肉置ししおき厚き喉袋のどぶくろよだれらすものうげさ
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
今まで赤々していた夕陽ゆうひがかげって、野面のづらからは寒い風が吹き、方々の木立や、木立の蔭の人家、黄色い懸稲かけいねくろい畑などが、一様に夕濛靄ゆうもやつつまれて、一日苦使こきつかわれて疲れたからだものうげに
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
と覚えず濁声だみごえを挙げた。するとリヽーはやう/\それが聞えたのか、どんよりとしたものうげな瞳を開けて、庄造の方へひどく無愛想な一瞥いちべつを投げたが、たゞそれだけで、何の感動も示さなかつた。
猫と庄造と二人のをんな (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
今朝けさ見ると彼女の眼にどこといって浪漫的ロマンてきな光は射していなかった。ただ寝の足りないまぶちが急にさわやかな光に照らされて、それに抵抗するのがいかにもものういと云ったような一種の倦怠けたるさが見えた。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
と覚えず濁声だみごえを挙げた。するとリリーはようようそれが聞えたのか、どんよりとしたものうげなひとみを開けて、庄造の方へひどく無愛想な一瞥いちべつを投げたが、ただそれだけで、何の感動も示さなかった。
猫と庄造と二人のおんな (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
何時ごろであったろうか、病人のようにものうい神経が、ふと電話のベルに飛びあがった。りんりんと続けさまに鳴ったが、ボオイたちもすっかり寝込んでいると見えて、誰も出て行くものがなかった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
兄はかすかに「うん」と云ってものうげに承諾の意を示した。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「熱情ですつて。それあういふ人もあるわね。少し親切にすると、すぐかみさんにならないかなんて言ふ人があるわ。だけれど其もこゝにゐるからこそ然うなんだよ。出てしまつちや、やつぱり駄目さ。」彼女はものうげな声で言つて
或売笑婦の話 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)