悧巧りこう)” の例文
その間に——悧巧りこうな例のお差控え連は事面倒と見て、道庵にこの場をなすりつけ、三人顔を見合わせると、一目散いちもくさんに逃げ出しました。
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
悪く云えば小生意気なこの鼻先の笑い方が彼女の癖ではありましたけれど、それがかえって私の眼には大へん悧巧りこうそうに見えたものです。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
つねから、お前の悧巧りこうぶった馬面うまづらしゃくにさわっていたのだが、これほど、ふざけたやつとは知らなかった。程度があるぞ、馬鹿野郎。
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
けれどもジルノルマン嬢は、年取った悧巧りこうな女だったので、老人の命に従うように見せかけながら、最上の布は皆しまっておいた。
電車、人力車、荷車、荷馬車、馬、さま/″\の人間の間を、悧巧りこうな自動車は巧に縫うて、家を出て三十分、まさに青山に着いた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
厳密にいえば、科学的な方法で、その本態を捕えようという試みは、不可能ではないが、悧巧りこうな方法ではない。その点だけは確かである。
大店おおだなの主人らしい闊達かったつさはありますが、弟の悧巧りこうさを自慢にする人の良さ以外に、この荘太郎には大した取柄とりえのないことがよく判ります。
あの悧巧りこう聡明そうめいな夫人が、こんな露骨な趣味の悪い技巧をろうする訳はない! やっぱり、夫人の本心から出た自然の書き散しに違いない。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
「世間はあなたを金万かねまんの若旦那として相応悧巧りこうな方と思っていて下さるんですから、今更態〻わざわざ自首をなさるにも及びますまい」
勝ち運負け運 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
天才肌のこの様な女の死はひどく勿体もったいなさを感じるけれど、仲々悧巧りこうなひとであったとも考えられる。とくにこのひとが女優であるが故に。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
母はまた笑ひながら「さうとも」といひましたから、余り馬鹿ばからしいこといふて恥しいとおもひ、出直でなほしてモソツト悧巧りこうらしい考案を出しました。
黄金機会 (新字旧仮名) / 若松賤子(著)
彼女の頭には無論朧気おぼろげながらある臆測おくそくがあった。けれどもいられないのに、悧巧りこうぶってそれを口外するほど、彼女の教育は蓮葉はすはでなかった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
召上めしあがれ』とふのだから此程これほど結構けつこうなことはないが、悧巧りこうちひさなあいちやんは大急おほいそぎでれをまうとはしませんでした。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
「ふむ」とお島は首をかしげて聴惚ききほれていた。今まで莫迦にしていたこの男が、何か耳新しい特殊な智識を持っている悧巧りこう者のように思えて来た。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「ええ十銭です。この通り美しいさかなです。これは支那しなでは人魚ともいうそうです。ごらんなさい、この悧巧りこうそうな眼付を見てやって下さい。」
不思議な魚 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
悧巧りこうなようでも十八の花嫁、まるきり違いし家風のなかに突然入り込みては、さすが事ごとに惑えるも無理にはあらじ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
まだ子供とはいえ素性の不確かな、しかも驚く程悧巧りこうな人間を直ぐに信用して、その境遇にしんから同情して窃盗の助手を甘んじて引き受けている。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
わたしはぴったりとそのひとの胸に触れたことがないので、情の人か、理智の人かそれすら知らないが、悧巧りこうな人であることは言わずもがなであろう。
大橋須磨子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
自分ながらこの少年に引っ掻き廻されて、たださえ悧巧りこうでない頭がいよいよもって、可笑おかしくなってくるのを感じた。
ナリン殿下への回想 (新字新仮名) / 橘外男(著)
「風は止まないし、あの高波では仕方がないでしょう。先頃、蜀軍が捨てて行ったあの空陣屋へ入って夜明けを待ったほうが悧巧りこうじゃありませんか」
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
神秘的に悧巧りこうそうな影を、額から下にヴェールのように持っているこの若い娘が、そうやって笑うとき、口の中に未だ発育しない小さい歯が二三枚のぞかれた。
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
悧巧りこうな兄は父方の祖母のほめ者だったが、母方の祖母は自分をつかまえて、おまえは兄さんよりもきっと偉くなるよ、と無責任なことをいって可愛がってくれた。
大人の眼と子供の眼 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
趣味は草花いじりと謡曲をうなるくらいで、至極平凡な男であった。叔母は叔父とは十も年の違った、背のすらりと高い、上品な、悧巧りこうな、その上しっかり者だった。
悧巧りこうを鼻にかけた娘なら、己惚うぬぼれはよしてくださいといわんばかりにつんとするに極っているのだった。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
もし私がもっと悧巧りこうだったらそんなに用心深くはしなかったんでしょうが、私はあなたにこの事実を知られたくないと云う恐れで半分気がどうかしていたんですわ。
黄色な顔 (新字新仮名) / アーサー・コナン・ドイル(著)
なかなか悧巧りこうな女らしいから、素早く草鞋わらじ穿いてしまって、もう江戸の飯を食っちゃあいねえらしい
半七捕物帳:69 白蝶怪 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
悧巧りこうそうでも女の浅間しさだ。やはり二枚目がお気に召すと見える。とつッ、この岩波文庫女史め。
メフィスト (新字新仮名) / 小山清(著)
さっき仰有おっしゃったように、この蠅男なる人物は、いつわりの旅行中の看板をかけるような悧巧りこうな人間なんですよ。女だから蠅男でないとは云い切らぬ方がよくはありませんか。
蠅男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
鳶の者は、そう聴くと、これは、悧巧りこうな江戸ッ子流——三郎兵衛の側に近づいて、鉢巻を外して
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
彼等は悧巧りこうだから、敢えて自己の不明を暴露するような危険のある仕事をしないのであろう。
現代能書批評 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
近代の個人的作品の欠点は、彼らの悧巧りこうさから来るのである。それをこそむしろ未熟なる智慧とも呼び得よう。いつも知識はその無知に亡び、技巧は拙策に終るではないか。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
そして小面倒な家族関係でまれていたら、今ごろはもう少し人間が悧巧りこうになっていたかと思うけれど、何しろのっぽう一方で暮してきたんだから自分ながら始末にいけない。
贋物 (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
仲々君も、近頃は悧巧りこうになったね。だが、もしも君の言う通り、そんなに早く機関車の方の血が少くなって来たのだとしたなら、この調子では、もう間もなく血の雫は終ってしまうよ。
気狂い機関車 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
ぬき出しは出来なかったが、ちぎれたらくいかねないいきおいで、曳張ひっぱり曳張りしたもんだから、三日めあたりから——蛇は悧巧りこうで——湯のまわりにのたっていて、人を見て遁げるのに尾の方をさきへ入れて
あいつよりこいつの方が少しは悧巧りこうであろうという、その多少の標準でさえ、ファルスは決して読者に示そうとはしないものだ。尤も、あいつは馬鹿であるなぞとファルスは決して言いはしないが。
FARCE に就て (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
僧形をなして慈悲善根じひぜんごんに訴えるのは、最も悧巧りこうな方法でありますから、賤しい乞食坊主というものも随分沢山出来ました。しかし本来から云えば、乞食という語は必ずしも卑しい言葉でありませぬ。
「弘さんはなかなか悧巧りこうですから」と民助が言った。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「人間はずるく悧巧りこうにならないでは生きていられないのですものね。誠だの、正直だの、熱情だのなんて、そんなものは今時の人はみんな捨てちまわなくっちゃならないんですものね。——おお、だけど寒いわね。」
あの「悧巧りこうな女は私でござい」と云わんばかりに、チンと済まして腰かけている恰好かっこうはどうだ、「天下の美人は私です」というような
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「あの釜吉だって怪しいよ、——馬鹿だか悧巧りこうだか判ったものじゃない。土蔵が破られた事を、一番先にお前に話したのはあの男だろう」
悧巧りこうな娘かも知れないわ。だがあたしはもうこんな靴はごめんよ、もうどうしたっていやよ。第一身体からだに悪いし、その上みっともないわ。
君も悧巧りこうになったね、君がテツさんに昔程の愛を感じられなかったなら、別れるほかはあるまい、と汐田の思うつぼを直截ちょくせつに言ってやった。
列車 (新字新仮名) / 太宰治(著)
「皮肉の意味もあったかしらん。でも、結局は貴女が、クラスで一番悧巧りこうだということを認めていたのじゃない?」
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
よっぽど悧巧りこうだと思ってるんだ。そうしてたとい自分は解らなくっても、お前なら後からいろいろ云ってくれる事があるに違ないと思い込んでいるんだ
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
キリッと口を結んで悧巧りこうそうな……負けず劣らずお美しくて……ハイ、どっちがどっちともいえませんでした。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
しかし島崎は自己の才分を生かしていつか悧巧りこうに波止場ゴロなどとの縁を切って、今では山の手に庭園ガーデン付きの宏壮な邸宅や厩舎きゅうしゃをもって、取り澄ましている。
かんかん虫は唄う (新字新仮名) / 吉川英治(著)
意気いきでも野暮やぼでもなく、なおまた、若くもなくけてもいない、そしてばかでも高慢でもない代りに、そう悧巧りこうでも愚図ぐずでもないような彼女と同棲しうるときの
挿話 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
高は余り悧巧りこうな男ではなかったが、その代り正直で、素直で、その上珍らしいほどの働きものだった。
早く妻にわかれてからは、異性には全然関心を持たなかつた。それは彼の最も世の中で価値ありとする品とか気位とか悧巧りこうとかを誑惑きょうわくする魔性ましょうのものにほかならなかつた。
過去世 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
「この通り一から十まで話が分っているので、士族平民の件は、狐につまゝれたような心持がしましたが、そこは悧巧りこうな人丈けに大勢たいせいを見て取っててのひらかえすように……」
脱線息子 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)