はず)” の例文
旧字:
だが、易々やすやすと斬り得る足もとの敗者を斬らずに前髪の美少年は、身をかわしたはずみにはずみを加えて、ぶうんと横側の敵へ当って来た。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
蝶子さん、だが、弓も張り拡げたまゝでは、ついにゆるみが来てしまいます。手鞠てまりもつき続けていれば、しまいにははずまなくなります。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
そこを狙った二人の武士、あたかも「しめた!」といわんばかりに、呼吸を合わせて左右同時、毬のようにはずんで切り込んで来た。
怪しの館 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
就職が決まりそうになると、女中のたつは、この生活の変化にひどくはずみをもち、靴下や手袋を新しく買いととのえて来てくれた。
冬日記 (新字新仮名) / 原民喜(著)
浅井の傍に、飯の給仕などをしている、処女らしいその束髪姿や、はずみのある若々しい声などが、お増の気を多少やきもきさせた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
お徳は手を拭きながら、これも御多分に洩れず、珍らしそうに息をはずませて飛んで来て、竜之助のいる二階の欄干から下を見て
大菩薩峠:08 白根山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
胸をわくわくさせながら俺は、丸万から聞いたフランス租界の砂馬の家へと急いだ。俺の胸がわくわくはずんでいたのは、あれはなぜか。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
やがて十八の歳に伏見へとついだ時の登勢は、鼻の上の白粉おしろいがいつもはげているのが可愛い、汗かきのピチピチはずんだ娘だった。
(新字新仮名) / 織田作之助(著)
「そりゃ、一体どうしたというのです」帆村は自分でもなにかハッと思いあたることがあるらしく、激しく息をはずませながら問いかえした。
赤外線男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そして、顔があつくなり、息のはずんで来るのを感じる。けれども、彼女はあなたのどこは、どう悪いからお止めなさいということは出来ない。
地は饒なり (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
暫くすると階段をのぼる威勢のいい跫音あしおとがとんとんとんとはずんできて、お綱がにやにや笑いながら、旅人の部屋へ現われた。
禅僧 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
袴野がこれを許すはずはない、でも、万一にも袴野が聞いてくれたらと、それを思い遣るとすては大腿が躍るはずみを感じた。
「違いますよ。隣町のお崎坊が顔を出すと、はずみがついて止らなくなるんで、あっしの尺八は怪談のせいじゃありません」
だが不審なのは、それまで殊のほか温順だった黒鹿毛が、なにゆえにかくも狂おしくはずみ出したか、その原因が謎でした。
そればかりか、この糸は木綿のようにふっくりとはしていないから、手毬に巻き掛けても今のゴム毬のようには、ついてよくはずまなかったのである。
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
が、ものにははずみということがあるから、一歩譲って、そんなことで絞殺されたものとしても、あの武右衛門である。
釘抜藤吉捕物覚書:11 影人形 (新字新仮名) / 林不忘(著)
衣服の着代えをしようとしてがんじょう一方な木製の寝台の側に立っていると、戸外でカロラインと気軽く話し合うファニーのはずむような声が聞こえた。
フランセスの顔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
ともかく、その絵の前に立つと、理窟なしに心がはずんで来てどうすることもできない。自分でも、すこし妙だと思うけれど、ひとりでに顔が笑い出して
開業当時のあの身体が自然とはずんで来るやうな、患者に向ふと必要以上に診察したり、相手が求める以上にくはしい説明を長々と熱心に云つて聞かせたり
医師高間房一氏 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
それから談話はなしは一別以来のことに移って果しなくはずんだが、追々出発の時刻が迫るので、僕達はお暇をしなければならなかった。南さんは大変残念がって
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
つぶらなひとみ、弾力のあるふっくらとしたほほ、顔もからだも、ほどよく締っていて、はずみだしそうです。
一週一夜物語 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
喧嘩の出ばなをくじかれて、二人もだまって苦笑にがわらいをした。それで人形問題は立ち消えになったが、席はおのずと白らけて来て、談話はなしも今までのようにはずまなかった。
半七捕物帳:38 人形使い (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
太子は自分が読んだ書物の名などを挙げられたが、いずれも古典的クラシカルなものばかりでその方面にも私はあまり興味が持てなかったから、これもあまり話ははずまなかった。
ナリン殿下への回想 (新字新仮名) / 橘外男(著)
長い間の慣わしから、客に冗談を言いかけて笑わせることに変りはなかったが、なんとなくそれも上の空ではずまない。いつものように腰をおろすこともなく客は帰った。
痀女抄録 (新字新仮名) / 矢田津世子(著)
球はとんとはずむが早いか、一筋の赤を引きずりながら、ころころ廊下ろうかへ出ようとする、——と思うと誰か一人、ちょうどそこへ来かかったのが、静かにそれを拾い上げた。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
大きな籠を頭に載せた娘達は田畦の方へやって来ると、手を振り振りはずむような声で叫ぶ。
土城廊 (新字新仮名) / 金史良(著)
そういうことを語りあう女たちの顔にはみんな云い合わしたように白粉おしろいの匂いがぷんとしており、その珍しい匂いがまた男や女やの気もちをいっそう賑やかにはずませているのである。
霧の蕃社 (新字新仮名) / 中村地平(著)
私がウエーターに導かれて、そこの二階の一室に上つて行つた時、もう連中は大部分集つて、話も大分はずんでゐる所だつた。私が入つて来たのを見つけると、幹事役のEが立上つて
良友悪友 (新字旧仮名) / 久米正雄(著)
貞子にしろ、いわば昔からの仲間である野村が、そんな手紙をミネによこしたことについては、ミネと同じように喜び、野村のために計りたい気持を、そのはずんだ言葉に現していた。
妻の座 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
しかし、森田屋へ着いた時には息をせいせいはずませて、汗をびっしょり掻いて居た。
小僧の夢 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
胸がはずんで呼吸が困難である。だがへたばっては殺される。必死で逃げねばならぬのだ。追手はぐんぐん迫って来る。迫って来る。心臓の響きが頭にまで伝わって来る、足がもつれる。
いのちの初夜 (新字新仮名) / 北条民雄(著)
静粛を保とうとする努力を、はずんだ肉体がたえず裏切っているといった音である。
次郎物語:04 第四部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
まるで小走りにけた後のように、息をはずませながら言った、「何て悪い顔色なの! ああ私、……あんたに会えてとてもうれしいのよ。で、どう? どんな具合? 退屈じゃなくって?」
膳が淋しい時でも、実に巧妙な味と色彩のとり合せで、ありふれた料理を引きたゝせ、みなの食欲をはずませるすべを心得ていた。母は、若い頃の写真でみると、下町風の美人という型である。
光は影を (新字新仮名) / 岸田国士(著)
森君も息をはずませながら云って、手に握っていた瓶を巡査の前に差出した。
贋紙幣事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
相手が、こちらのなぐりこみを待ちかまえ、武装を整えて勢揃いして居れば、同じ気合のはずみで、どっと、飛びこむことが出来る。しかし、玉井一家は、そんな註文どおりの隊形を整えていない。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
彼は、翌日の朝飯の用意に、いま買って来たところだといって、抱えている商店の紙ぶくろから鶏卵を六個出して見せたりした。いそいで歩いて来たとみえて、赤い顔をして、呼吸をはずませていた。
浴槽の花嫁 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
片っ方だけつかまえても妾が死に物狂いで蹴飛ばしてやったもんだから、しまいにはセイセイ息をはずませて、妾の足と掴み合い掴み合いしながらあっちへ転がり、こっちへ蹴飛ばされしていたようよ。
支那米の袋 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
もし昼と夜とが歓びをもって迎えられるようなものであり、生活が花や匂いのよい草のように香りをはなち、よりはずみがあり、より星のごとく、より不朽なものであったら——それが君の成功なのだ。
「貰ってもいいんだなんて、何だか一向はずまない返事だね」
深川女房 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
三好を中心にした洋行談がひとしきりはずんだ。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
息一つはずませてもいないのだった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
けれどやがて茶事もすんで、広間へ座を移すと、客なく亭主なく、話は果てなくはずみ、夜のけるのも忘れているかのようであった。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
何処どこまではずむか知れないような体を、ここでまた荒い仕事に働かせることのできるのが、むしろその日その日の幸福であるらしく見えた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「そいつが、何かのはずみで開かなかったんだ。東海坊が火に追われながら、床板ばかり気にすると思ったが、こいつだよ」
帆村と課長は、はずみをくらって大きく投げだされ、腰骨をいやというほど打って、しばらくは起上ることが出来なかった。
鞄らしくない鞄 (新字新仮名) / 海野十三(著)
……倉敷くらしきめいたちへの土産みやげものを買いながら、彼は何となく心がはずんだ。少女の好みそうなものをえらんでいると、やさしい交流が遠くに感じられた。
永遠のみどり (新字新仮名) / 原民喜(著)
それがはずみとなって思索から思索へと累進るいしんするときに、層々の闇の中にときどき神秘なうす明りが待受けていて何か異香らしいものさえ鼻にくんじた。
宝永噴火 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
彼らの眼つきは粗暴になり何時いつでも飛びかかるようなはずみを持っていて、お互が門前の居場所からはなれない様子は、こわいくらいだと女房たちはいった。
姫たちばな (新字新仮名) / 室生犀星(著)
しかし、糸は糸、造酒が刀を引くが早いか、フッツリ切れたが、こういう些細ささいな邪魔でも、馬の眼を羽毛うもうが掠めたようなもので、気合きあいである。はずみである。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)