囲炉裡いろり)” の例文
旧字:圍爐裡
座敷とは事かわって、すっかり暗くなった囲炉裡いろりのまわりには、集まって来た小作人を相手に早田が小さな声で浮世話をしていた。
親子 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
同じこの宿の住民と見えて囲炉裡いろりを囲んで五、六人がにぎやかに話をしていたが、武兵衛の姿を一目見るや互いに眼と眼を見合わせた。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
岡浪之進は、卜伝流のさっそくの働き、囲炉裡いろりに掛けてあった、粥鍋かゆなべの蓋を取って、続け様に飛んで来る、平次の投げ銭を受けたのです。
やがて井筒屋へ行くと、吉弥とお貞と主人とか囲炉裡いろりを取り巻いて坐っている。お君や正ちゃんは何も知らずに寝ているらしい。
耽溺 (新字新仮名) / 岩野泡鳴(著)
身仕度みじたくを整えた伝吉は長脇差ながわきざしを引き抜いたのち、がらりと地蔵堂の門障子かどしょうじをあけた。囲炉裡いろりの前には坊主が一人、楽々らくらくと足を投げ出していた。
伝吉の敵打ち (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
山家やまがの茶屋の店さきへ倒れたが、火のかっと起つた、囲炉裡いろり鉄網てつあみをかけて、亭主、女房、小児こどもまじりに、もちを焼いて居る、此のにおいをかぐと
二世の契 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
三毛は、もうすつかり一人前の大きな猫になつて、雨のふる日には、囲炉裡いろりばたへうづくまつて、しづかに眠つてゐます。
身代り (新字旧仮名) / 土田耕平(著)
お小夜はお汁鍋を囲炉裡いろりへかけ、火を移した。祖母と国吉は、火のはたで田雀の毛をむしっている。お小夜は明日の朝の米を研ぎに井戸端へ出た。
新万葉物語 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
しかし、百瀬秀人の後につゞいて勝手口の土間へはいつた彼は、囲炉裡いろりばたの薄暗い光線の中に手拭を頭にかぶつた小萩の姿をちらと見てしまつたのである。
光は影を (新字新仮名) / 岸田国士(著)
迷惑千万めいわくせんばんなる話なれど是非もなく、囲炉裡いろりの側にて煙草タバコを吸いてありしに、死人は老女にて奥の方に寝させたるが、ふと見ればとこの上にむくむくと起き直る。
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
垣根に房楊枝ふさようじをかけて井戸ばたを離れた栄三郎を、孫七と割りめしが囲炉裡いろりのそばに待っていた。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
その眼にも様々あったが、ただれ目が殊に多かった。冬籠りに囲炉裡いろりの煙で痛めたらしかった。
壁の眼の怪 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
茶道の講釈を遊ばすと云う有様でござりましたが、その囲炉裡いろりの縁までが沈の木で出来ておりましたので、妙なる異香があたりにくんじて、並みいる方々の心も空になったと申します
聞書抄:第二盲目物語 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
小屋は屋根を板でいて、その上に木を横たえてある。周囲は薄や粟からで囲ってある。中は入口近くに三尺四方ほどの囲炉裡いろりがあって、古莚ふるむしろを敷いたところはかぎの一畳半ほどもない。
白峰の麓 (新字新仮名) / 大下藤次郎(著)
というのはこの地方では不相変あいかわらず囲炉裡いろり焚火たきびをやっているが、それは燃料の経済からいっても、住居の構造と衛生からいっても損するところが多いものだ、それにまきの材料も年々不足して来るし
火の気がえからちっとばかり麁朶そだ突燻つっくべもやして居るだが、己がうちでなえから泊める訳にはいきませんが、今あるじけえるかも知んねえ、困るなれば、此処こゝへ来て、囲炉裡いろりはたで濡れた着物をあぶって
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
五軒目には人が住んでいたがうごめく人影の間に囲炉裡いろり根粗朶ねそだがちょろちょろと燃えるのが見えるだけだった。六軒目には蹄鉄屋ていてつやがあった。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
するとある年のなたら(降誕祭クリスマス)の悪魔あくまは何人かの役人と一しょに、突然孫七まごしちいえへはいって来た。孫七の家には大きな囲炉裡いろりに「おとぎもの
おぎん (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
毎日夕がたになると、家族は囲炉裡いろりを取りまいて、吉弥の口のかかって来るのを今か今かと待っている。
耽溺 (新字新仮名) / 岩野泡鳴(著)
囲炉裡いろりの灰の中に、ぶすぶすとくすぶっていたのを、抜き出してくれたのは、くしに刺した茄子なすの焼いたんで。
薬草取 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
の間は火のやすことをむがところのふうなれば、祖母と母との二人のみは、大なる囲炉裡いろり両側りょうがわすわり、母人ははびとかたわら炭籠すみかごを置き、おりおり炭をぎてありしに
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
爾来じらい杉右衛門は憂欝ゆううつになった。自分の家の囲炉裡いろりの側からめったに離れようとはしなかった。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
いま現に利用しつつあるところのこの半壊の囲炉裡いろりを修理して、これに格子か、或いはやぐらを載せて、そうして炬燵こたつの形式にすることが最も簡単で、そうして効果のあることだと思い当ったらしく
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
と上りましたが、新吉もお賤もあつかましいから、囲炉裡いろりの側へ参り
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
係蹄で捕れた兎の肉を、串にさして榾火ほたびで焼きながら、物語をしたら楽しかろうと思った。囲炉裡いろりの火は快よく燃える。銘々めいめい長く双脚を伸して、山の話村の話、さては都の話に時の移るをも知らない。
白峰の麓 (新字新仮名) / 大下藤次郎(著)
鋭い口笛のようなうなりを立てて吹きまく風は、小屋をめきりめきりとゆすぶり立てた。風が小凪おなぐと滅入めいるような静かさが囲炉裡いろりまでせまって来た。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
僕が囲炉裡いろりのそばに坐っているにもかかわらず、ほとんどこれを意にかけないかのありさまで、ただそわそわと立ったりいたり、——少しも落ちついていなかった。
耽溺 (新字新仮名) / 岩野泡鳴(著)
帳場のはたにも囲炉裡いろりきわにも我勝われがちで、なかなか足腰も伸びません位、野陣のじん見るようでござりまする。
伊勢之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
委細いさいを聞き終った日錚和尚は、囲炉裡いろりの側にいた勇之助ゆうのすけを招いで、顔も知らない母親に五年ぶりの対面をさせました。女の言葉が嘘でない事は、自然と和尚にもわかったのでしょう。
捨児 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
便用に行きたしといえば、おのれみずから外より便器を持ち来たりてこれへせよという。夕方にもなりしかば母もついにあきらめて、大なる囲炉裡いろりかたわらにうずくまりただ泣きていたり。
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
岩を畳んだ巨大な囲炉裡いろりが、広場の中央に築いてあった。そこで猛火が燃えていた。炉の上に大きな鍋があった。何かグツグツ煮えていた。湯気が濛々もうもうと立ち上がり、悪臭が強く鼻を刺した。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
新「うして、お前まア恐ろしい怪我をして、エヽ、なになんだか判然はっきりと云わなければ、もっと傍へ来て、え、囲炉裡いろりへ落ちて、何うも火傷するたって、何うも恐ろしい怪我じゃアないか、まアえゝ」
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
がんりきは、お絹の手を取って、やはり囲炉裡いろりの一端に坐らせる。
大菩薩峠:07 東海道の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
仁右衛門は押黙ったまま囲炉裡いろり横座よこざに坐って佐藤の妻の狂態を見つめていた。それは仁右衛門には意外の結果だった。彼れの気分は妙にかたづかないものだった。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
見上げた破風口はふぐちは峠ほど高し、とぼんと野原へ出たような気がして、えんに添いつつ中土間なかどまを、囲炉裡いろりの前を向うへ通ると、桃桜ももさくらぱっと輝くばかり、五壇ごだん一面の緋毛氈ひもうせん、やがて四畳半を充満いっぱいに雛
雛がたり (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
庫裡には釜をかけた囲炉裡いろりの側に、勇之助が蜜柑みかんいている。
捨児 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
竜之助の手を引いて坐らせたのは大きな囲炉裡いろり横座よこざ
大菩薩峠:07 東海道の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
多勢おおぜい囲炉裡いろり周囲まわりかたまって茫然ぼんやりして居ります。
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
あやうく囲炉裡いろりへ踏み込もうとした。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
禿げ上がった額の生えぎわまで充血して、手あたりしだいに巻煙草をつまみ上げて囲炉裡いろりの火に持ってゆくその手は激しく震えていた。彼は父がこれほど怒ったのを見たことがなかった。
親子 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
彼は軽い捨て鉢な気分でその人たちにかまわず囲炉裡いろりの横座にすわりこんだ。
親子 (新字新仮名) / 有島武郎(著)