唾棄だき)” の例文
私には皆目かいもく判らぬ。とにかく、私の中には色んな奇妙な奴らがゴチャゴチャと雑居しているらしい。浅間しい、唾棄だきすべき奴までが。
しかしここに体得せられた真理が、堂塔の建立に腐心することを唾棄だきし、一切の財欲を排斥した道元の真理と同一であるはずはない。
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
口では天下国家を論じながら、しょせんは私利私欲のため、売名のため人を殺す、そういうのを俺は唾棄だきすべき根性と考えていた。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
しかし一度芸術といふ心持を失ひ、わざと皮肉に出て、実際問題をその背景に持つやうになつて来ては、私もそれを唾棄だきせずにはゐない。
通俗小説 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
こうして馬鹿にしたような唾棄だきの態度をとってはみたものの、彼は何か恐ろしい重荷から解放されたように、急に様子がはればれしてきた。
しかもこれに示すに洋画の梅を以てせんか、則ち卑俗として唾棄だきす。彼もし真の白色の梅を愛せば南画の黒色の梅はこれを棄てざるべからず。
病牀譫語 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
その卑劣な心事は、唾棄だきすべきものだと、彼がのめのめ生きながらえているのを、誹謗ひぼうする声が、敵にも味方にも高かった。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
屈辱と怒りのために頭がしびれ、足が震えた、自分を醜い唾棄だきすべき者のように思う反面、不当な侮辱に対する怒りが抑えようもなく燃え上った。
山椿 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
その心持に対して私は白眼を向けることが出来るか。私には出来ない。人は或はかくの如き人々を酔生夢死の徒と呼んで唾棄だきするかも知れない。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
が、重武が唾棄だきすべき詐欺漢イムポースターであるとは! 無論確証はない。然し、野村には、そうであることが確かに感ぜられるのだ。
後に残した華やかな客間を、心の中で唾棄だきした。夫人の艶美えんびな微笑もみつのような言葉も、今はくうの空なることを知った。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
自分の弱い心をどうすることも出来ないでややともすると他の文芸の下にひざまずこうとするのは唾棄だきすべきである。
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
それは陋劣ろうれつなる偽善の最後の段階ではないか。それはいやしい卑怯ひきょうな陰険な唾棄だきすべきまた嫌悪けんおすべき罪悪ではないか!
常人さへ唾棄だきして顧みなくなつた(従つて存在の権利を失つた)のも沢山あるだらうが、貴重なため容易に手に入りかねるのも随分あるべき訳である。
文芸とヒロイツク (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
それは、お高も、一方では唾棄だきしながら、他方では理窟りくつなしに、多分にひかれているひとりであるために相違ない。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
かれはそういう裏返しの人間を見ることに、こよなき興味を持った。つまり、かれの探求欲は、唾棄だきすべきスパイ精神と相通ずるものがあったのである。
影男 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
煙草たばこ、知識階級の暴食、唾棄だきすべき教育、筋肉労働の不足、都会生活の条件などの集合である、と指摘している。
チェーホフの短篇に就いて (新字新仮名) / 神西清(著)
私には、深い思索が何も無い。ひらめく直感が何も無い。十九世紀の、巴里パリの文人たちの間に、愚鈍の作家を「天候居士てんこうこじ」と呼んで唾棄だきする習慣が在ったという。
乞食学生 (新字新仮名) / 太宰治(著)
「市井的で商人的で平和的でイギリス的な」社会主義を唾棄だきして、世界は「拮抗きっこうをもって法則とし、」犠牲に、たえず繰り返される常住の犠牲に生きてるという
センチメンタルな気風はセンチと呼んで唾棄だき軽蔑けいべつされるようになったが、世上せじょう一般にロマンチックな気持ちには随分ずいぶんあこがれを持ち、この傾向は追々おいおい強くなりそうである。
強烈にわれわれを魅するということはないが、倦厭けんえんして、唾棄だきし去るという風景でもありません。
大菩薩峠:28 Oceanの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
侮辱と唾棄だきの表現のために、ね掛けられた柄杓の水さえすくいの露のしたたるか、と多津吉は今は恋人の生命いのちを求むるのに急で、焦燥しょうそうの極、放心のていでいるのであったが。
そして、何かしら——実際私には何かわからなかったのだが——唾棄だきすべき下等な目的をもってここへ来たのに相違ない。私はその陰険いんけん執拗しつようとに感嘆に近い憎悪を燃やした。
秘密 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
「俺の避難所はプアだけれど安全なものだ。俺も今こそかの芸術の仮面家どもを千里の遠くに唾棄だきして、安んじて生命のとうとく、人類の運命の大きくして悲しきを想うことができる……」
贋物 (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
ケダシ賀寿ノえんヲ設ケテ以テソノ窮ヲ救ヘト。先生曰ク、中興以後世ト疎濶そかつス。彼ノ輩名利ニ奔走ス。我ガ唾棄だきスル所。今ムシロ餓死スルモあわれミヲ儕輩せいはいハズト。晩年尤モ道徳ヲおもんズ。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
背倫はいりんの行為とし、唾棄だきすべき事として秋毫しゅうごうゆるすなき従来の道徳を、無理であり、苛酷かこくであり、自然にそむくものと感じ、本来男女の関係は全く自由なものであるという原始的事実に論拠して
性急な思想 (新字新仮名) / 石川啄木(著)
またボウズグサ、ホトケグサ、ヘビクサ、ドクグサ、シビトバナなどの各地方言があるが、みなこの草を唾棄だきしたような称で、畢竟ひっきょう不快なこの草の臭気しゅうき衆人しゅうじんきらうから、このように呼ぶのである。
植物知識 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
それに奇賊烏啼としては、ピストルを放って相手の命を取りっ放しにしたり、重傷を負わせて溝の中に叩きこんで知らぬ顔をしたりするのは、極めて彼の趣味と信条に反する唾棄だきすべき事柄であった。
唾棄だきせんばかりの憎悪を感じていたものであった。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
これがランボオの最も唾棄だきするところであった。
二十歳のエチュード (新字新仮名) / 原口統三(著)
一の読者——厚顔無恥、唾棄だきすべき奴だ。
と、ある諜状を手にすると、勃然ぼつぜんと怒りを東へ向け変えて、日頃、唾棄だきしている都の現状や一門の繁栄を擁護する権化ごんげとなって、すぐ討伐の軍議を命じた。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
過渡期を救う、推移を円滑にする、動揺をしずめる、立憲の擬政を行なって国民を王政から民主政に自然に転ぜしむる、そういう理屈はすべて唾棄だきすべきものだ。
美しい法衣に官位を誇る僧侶に至ってはむしろ唾棄だきすべきものである。人の価値はこれらの一切の外衣をはぎ去った赤裸々の姿において認められなくてはならぬ。
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
『決闘』(一八九一)の第三節にフォン・コーレンがライェーフスキイの唾棄だきすべき人格をこきおろす場面があるが、そこにはこれと同じ文句がちゃんと出ている。
嘔吐おうとを催すような肉体の苦痛と、しいて自分を忘我に誘おうともがきながら、それが裏切られて無益に終わった、その後に襲って来る唾棄だきすべき倦怠けんたいばかりだった。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
ああ、それが如何に唾棄だきすべき笑いであったか。若し彼があの恥かしい仕草しぐさを冗談にまぎらしてしまうつもりだったとしても、その方が、なお一層恥かしい事ではないか。
(新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
しかし彼は、それらの破廉恥な行いや、どろのような心のやつらや、彼らが自分を陥れようとした不倫な共愛などを、いまいましく唾棄だきしながら、林の間を逃げていった。
のみならず卿がシェクスピアを軽蔑していたわけは、シェクスピアがヴェニスの不良ユダヤ人シャイロックになればまた唾棄だきすべき梟雄きょうゆうジョン・ケイドにもなりえたという点であろう
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
「いずれ、そういうことであろうと、思っておりました。お前の良人——とは呼びとうない。磯五だ。磯五とは、ゆうべおそく、拝領町屋のおせい様の家で会いましたが、じつにどうも唾棄だきすべき人間である」
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
表面の生活からられれば、妙な年増のあだ女に養われて、その妖情に溺愛して抜くにも抜けないところまで、足をふみすべらそうとしている唾棄だきすべき非武士!
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一度跪拝きはいせしものを凌辱りょうじょくしながら、汚行より汚行へ移りゆきしあの上院の前から、遁走しながら偶像を唾棄だきするあの偶像崇拝の前から、顔をそむけるのが正当であった。
ただ、焼きつくように私の頭を襲うものは、恐らく一生涯消え去る時のない、私の妻に対する、井上次郎に対する、その妻、春子に対する、唾棄だきすべき感情のみでありました。
覆面の舞踏者 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
愚かな屈辱くつじょく……ところが今日は人見がおたけを意識しながら彼の演説の真似をしたりするのを見ると、あるいまわしい羨望せんぼうの代りに唾棄だきすべき奴だと思わずにはいられなくなっていた。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
幾度か彼は、そういう卑劣を犯してる人々を見ると、容赦なく唾棄だきしてきたことだろう! そういう不名誉な行ないを彼の面前でやってる友人らとは、交わりを絶ってしまったのだった……。
と、たった一つの阿弥陀如来あみだにょらいをすえて見せたら、さぞ胸がすくであろうと常に思っているほど、その勢力と扮装に、内心唾棄だきしたいほどのものを抱いているのだった。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
残る所は、ただ唾棄だきすべき盗賊としての軽蔑ばかりだ
黄金仮面 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
その他、彼の生立おいたちを見、彼の野望する所を見ても、唾棄だきすべき人物と、それがしは見ておるが。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼もいつか、むかしは侮蔑ぶべつし、唾棄だきし、またその愚を笑った上官の地位になっていた。
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「以前の恩義をわすれたか。唾棄だきすべき亡恩の徒め。どの面さげて曹操に矢を射るか」
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)