不愍ふびん)” の例文
跡にはその時二歳ふたつになる孤子みなしごの三郎が残っていたので民部もそれを見て不愍ふびんに思い、引き取って育てる内に二年の後忍藻が生まれた。
武蔵野 (新字新仮名) / 山田美妙(著)
「はい、沙汰を待てとのことに、外城の門にたむろしています。けれどもう冬は来るし、部下が不愍ふびんなので、お訴えに出てきたわけです」
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
今は薄日も漏れない暗い納屋の中に寢そべつていたづらに死を待つやうにして餘生を送つてゐる老年の運命にも、圭一郎は不愍ふびんな思ひを寄せた。
崖の下 (旧字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
探偵の苦労というものを熟知しているこの検事には、親のい娘の身で、苦労し抜いている亡友の子への不愍ふびんさが加わっているのであろう。
グリュックスブルグ王室異聞 (新字新仮名) / 橘外男(著)
刀の鯉口くつろげたが、どうやら不愍ふびんになったらしい。二、三間引き退くと訓すように、「これ盲人、薪十郎!」穏かな調子で声をかけた。
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「武士たる者に、けがらわしい。見れば貴様は、河原者の供ではないか。身体からだに触れられて、そのままでは措けぬ。不愍ふびんながら、手打ちにするぞ」
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
に彼は熱海の梅園にて膩汗あぶらあせしぼられし次手ついで悪さを思合せて、憂き目を重ねし宮が不幸を、不愍ふびんとも、いぢらしとも、今更に親心をいたむるなりけり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
「それにしても不愍ふびんな人間だ。名ある本草家の三人まで殺すと言ふやうなひどい事をしなきア、助けてやるんだが——」
我身わがみの因果をかこち、黒髪をたち切って、生涯を尼法師で暮す心を示したお若の胸中を察します伯父は、一層に不愍ふびんが増して参り、あゝ可愛そうだ
いまいましく片意地に疳張かんばった中にも娘を愛する念もまじって、賢いようでも年が若いから一筋に思いこんで迷ってるものと思えば不愍ふびんでもあるから
春の潮 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
声が言ふには「和尚さま。誤つて有徳の沙門を嬲り、お書きなさいました文字の重さに、帰る道が歩けませぬ。不愍ふびんと思ひ、文字を落して下さりませ」
閑山 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
妙信 不愍ふびんなことだが草木までも呪われたこの山にはいったからは、もうどのようなことを願うてもかないはせぬ。
道成寺(一幕劇) (新字新仮名) / 郡虎彦(著)
あゝ、されども、されども、とられた者は又別ぢゃ。何のさはりも無いものが、とや斯う言うても、何にもならぬ。あゝ可哀さうなことぢゃ不愍ふびんなことぢゃ。
二十六夜 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
「うむ。なまじ、不愍ふびんをかけて、欺し損じでもすると、面倒じゃで。そうも考えるが、あいつは、子供が多いでのう。倅も女房もよく知っているから、不愍がかかって」
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
特に不愍ふびんに思われ、愛憐の情を寄せ給うたのはもっとも至極でありまして、彼に続いてこの嶮を通り抜けようとする者に対しては、次のごとく言を尽くして励まし給いました。
夫人の夫万吉郎に対する火山のように灼熱する恋慕の心を不愍ふびんに思わずにはいられない。
ヒルミ夫人の冷蔵鞄 (新字新仮名) / 海野十三丘丘十郎(著)
仁右衛門は不愍ふびんさから今まで馬を生かして置いたのを後悔した。彼れは雪の中に馬を引張り出した。老いぼれたようになった馬はなつかしげに主人の手に鼻先きを持って行った。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
しかしさう云ふ反抗的な気持ちで此男に逢ふが否や、彼の気持ちはぐらりと変つて、落ちついてゐる以上に此の異国人に対して何となく一種の不愍ふびんさを直覚的に感じたのであつた。
『何してるだらう、お定は?』と、直ぐ背後うしろから声をかけられた時の不愍ふびんさ!
天鵞絨 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
打明けた話を聞かされていると、駒井は不愍ふびんの思いに堪えられなくなりました。なるほど、これをこのまま突き出してしまえば、残れるところのすべてのものを、泥土でいどまかしてしまうのだ。
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
わたしも一しよかんれよとてきわけもなくりし姿すがたのあくまであどけなきが不愍ふびんにて、もとよりれたのまねば義務ぎむといふすぢもなく、おんをきせての野心やしんもなけれどれより以來いらい百事萬端ひやくじばんたん
経つくゑ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
五郎作よしんじつ不愍ふびんと思ふならば豚を豚としてころがして置け
雲母集 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
盛綱は、おかしがって語ったが、頼朝は、それは不愍ふびんなことだ、下賤げせんの者をしいたげたと聞えては、頼朝が生涯の汚名おめいというものである。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
(とるべき手段は一つしかないさ。長い間の慾望を、ここで一気にとげてしまい、不愍ふびんではあるが息の根止め、一切後患のないようにするさ)
血煙天明陣 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「それにしても不愍ふびんな人間だ。名ある本草家三人まで殺すというようなひどい事をしなきゃア、助けてやるんだが——」
声が言うには「和尚さま。誤って有徳の沙門しゃもんなぶり、お書きなさいました文字の重さに、帰る道が歩けませぬ。不愍ふびんと思い、文字を落して下さりませ」
閑山 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
といよ/\突詰めた様子でげすから、小主水ももう仕方がありません、この上は打捨うっちゃっておけば大騒ぎになるんですから、ます/\不愍ふびんは加わります。
見られた以上は、不愍ふびんなれども、貴様を生かしておくわけにいかぬ。命がおしくば、わしに手つだうか、どうじゃ? さ、心をきめて、返事をせい! 手を
亡霊怪猫屋敷 (新字新仮名) / 橘外男(著)
ああ、されども、されども、とられた者は又別じゃ。何のさわりも無いものが、とや斯う言うても、何にもならぬ。ああ可哀そうなことじゃ不愍ふびんなことじゃ。
二十六夜 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
これのみは御憎悪おんにくしみの中にもすこし不愍ふびん思召おぼしめし被下度くだされたく、かやうにしたた候内さふらふうちにも、涙こぼれ候て致方無いたしかたなく、覚えず麁相そそういたし候て、かやうに紙をよごし申候。御容おんゆる被下度候くだされたくさふらふ
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
しかしそういう反抗的な気持ちでこの男にあうがいなや、彼の気持ちはぐらりと変わって、落ちついている以上にこの異国人に対してなんとなく一種の不愍ふびんさを直覚的に感じたのであった。
省作はその不束ふつつかとがむる思いより、不愍ふびんに思う心の方が強い。おとよの心には多少の疑念があるだけ、直ちにおはまに同情はしないものの、真に悲しいおはまの泣き音に動かされずにはいられない。
春の潮 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
「あの美しさが不愍ふびんでなりません、いッそ、男か不縹緻者ぶきりょうものなら、生涯、山屋敷の中で暮らそうとも、まだ諦めようもございますが……」
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「それそれお浦を、そちに預ける! ……例の将軍様のご遺言状を! ……吟味いたして取り上げよ! ……その上にてお浦を不愍ふびんながら……」
血煙天明陣 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「それよりお糸が可哀想でございます。あれは唯の奉公人ですが、亡くなつた母が不愍ふびんがりまして、自分の生んだ娘のやうに眼をかけて居りました」
お若の胸中を察し晋齋も不愍ふびんには思いますが、ぐず/\に済しておいては為になりませんことですから、眼をパチクリ/\致しながら、少しく膝を進ませました。
とって戻らなければ、再び天上に住むことがかないませぬ。不愍ふびんと思い、それを返して下さりませ
紫大納言 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
父が不具の子不愍ふびんさに、死ぬまで営々として働いて遺していった金を、湯水のごとくに蕩尽して妻の歓心を買い求め、しかも妻や召使たちから陰口を叩かれているとも知らずに
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
おゝ不愍ふびんぢゃ。
二十六夜 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
ふかくとがめるな、汝らは元来不愍ふびんなものである。仲間のうちの二、三の悪者にそそのかされ、心にもなく不平を鳴らしたにすぎぬ者。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ついては老体の母をのこして死にますから何卒どうぞ不愍ふびんと思召して目を掛けて下さい、おあさどのゝ悪い事は未だそればかりではない、私に附けぶみをした事は貴方は知りますまい
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
満千姫まちひめ様のお輿入れ、これはどなたもご存知だろうが、一旦お輿入れをなされては容易に芝居を見ることも出来まい、それが不愍ふびんだと親心をね、わざわざ西丸へ舞台を作り
大鵬のゆくえ (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
我儘がひどくなればなるほど、不愍ふびんさが加はつて、——淺ましいことで御座います
見知らぬ世界へ漂わせる不愍ふびんさを想いますと……あまりのいじらしさに凝乎じっと眼を閉じて涙ばかり伝わらせている私を見ますと、娘も初めて声を挙げて泣きながら私に縋り付きました。
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
和尚も不愍ふびんになつて、まだ三年あるのに、もつたいないことだと思つたが、毎晩キンタマを蹴られるのも迷惑な話だから、まア、このへんで勘弁してやるのも功徳といふものだらう、と考へた。
土の中からの話 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
「おお、彼にも、一片の良心はあったか。忠孝の何たるかは、少しでもわきまえていたとみえる。不愍ふびんなやつ、殺すまでには及ぶまい」
三国志:10 出師の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
眉見に投げ付けられたでは俺の縹緻きりょうも下がったな。……不愍ふびんながら今度は遁がさぬぞ
三甚内 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
折らせるが、捜し出せるものなら、何とかして無事な顔が見たい、子供は多勢あるが、あれは総領で、生れてすぐ母親に死に別れただけに不愍ふびん一入ひとしおだ、——金ずくで済むことなら、——
皆様に娘の臨終いまわの頼みをお話して、お聞き届けを願いたいと思いまして……かつはあの方の後を追うた不愍ふびんな娘の死顔をも見てやっていただきたいと思って、おいでを願ったわけなのです
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
和尚も不愍ふびんになって、まだ三年あるのに、もったいないことだと思ったが、毎晩キンタマを蹴られるのも迷惑な話だから、まア、このへんで勘弁してやるのも功徳くどくというものだろう、と考えた。
土の中からの話 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)