不忍池しのばずのいけ)” の例文
その海にそそぐところが今の浅草観音様のところ、そこが当時の海岸で海はそこから上野不忍池しのばずのいけまで入海になっていたものの由です。
不忍池しのばずのいけを左に、三枚橋、山下、入谷いりやを一のしに、土手へ飛んだ。……当時の事の趣も、ほうけた鼓草たんぽぽのように、散って、残っている。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
東京でいえば、不忍池しのばずのいけくらいの大きさがある。明治三十三年の中秋に、生意気盛りの中学生が、ここで月見としゃれたのである。
胡堂百話 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
で、老武士はゆるゆると、不忍池しのばずのいけに沿いながら、北の方へあるいて行った。二町余りもあるいたであろうか、彼はくいのように突っ立った。
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
昔は非常に大きい池だったそうですが、今ではまあ東京の不忍池しのばずのいけよりも少し広いくらいでしょう。遠い昔には龍が棲んでいた。
青蛙堂鬼談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
おぢさん「は〻あ、可憐かあいいものだなあ。動物園どうぶつゑんなかでもよるなんかくま一番いちばんよくねむるつてね、嚊声いびきごゑ不忍池しのばずのいけまできこへるつてさ」
蘭軒が茶山を連れて不忍池しのばずのいけへ往つて馳走をしたのも、此頃の事であらう。茶山の集に「都梁觴余蓮池」として一絶がある。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
降りまさる雪の夕暮れ道を八条流の手綱さばきもあざやかに、不忍池しのばずのいけの裏なる豆州家お下屋敷目ざして一散走りでした。
不忍池しのばずのいけ今日こんにち市中に残された池のうちの最後のものである。江戸の名所に数へられたかゞみいけうばいけ今更いまさらたづねよしもない。
水 附渡船 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
上野倶楽部クラブというのは私には見当がつきません。しかし不忍池しのばずのいけのほとりならばまあ下宿としては眺めもあって結構と申さなければなりますまいね。
青春の息の痕 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
やがて石神井川が飛鳥あすか山と王子台との間に活路をひらいて落ちるようになって、不忍池しのばずのいけの上は藍染あいぞめ川の細い流れとなり、不忍池の下は暗渠あんきょにされてしまって
河明り (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
花曇りの空は暮れ早く、不忍池しのばずのいけの水面には、花明りの處々した上野のもりからかけて、蒼茫たる色に蔽はれながら、博覽會の裝飾電燈を夢のやうに映してゐた。
受験生の手記 (旧字旧仮名) / 久米正雄(著)
それが済むと、彼は始めて微笑を浮べながら、妾をねぎらった。それから再び外へ出て不忍池しのばずのいけを真下に見下ろす、さる静かな料亭の座敷へ連れこんだのだった。
三人の双生児 (新字新仮名) / 海野十三(著)
八畳位でしたろうか、折廻しの縁へ出て欄干に寄ると、目の下の中庭を越して、不忍池しのばずのいけの片端が見えます。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
自分は、不忍池しのばずのいけを埋めて家屋を建築しようという論者をさえ生んだわらうべき時代思想を考えると、この破壊もただ微笑をもって許さなければならないと思っている。
松江印象記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
彼が指さす眼下には、いぶし銀の様にかすんだ、昼間の二倍の広さに見える不忍池しのばずのいけが拡がっていた。
目羅博士の不思議な犯罪 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
俺は上野に出て、不忍池しのばずのいけのまわりをほっつき歩いた。上野の森に、満月がぽっかりと浮いていた。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
病院で手術した患者の血や、解剖学教室で屍体したい解剖をした学生の手洗水が、下水を通して不忍池しのばずのいけに流れ込み、そこの蓮根れんこんを肥やすのだと云うゴシップは、あれは嘘らしい。
病院風景 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
池の端茅町で、山高やまたかさんの手前の所です。馬見場(以前不忍池しのばずのいけの周囲が競馬場であった頃、今の勧業協会の処にあった建物)から向うへ廻ると二、三軒で冠木門かぶきもんうちがそれです。
月が出ると、不忍池しのばずのいけを見おろす二階の大広間に席を移してさかんな酒宴になった。
鈴木主水 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
今宵こよい、ちと風流のこころを起して夜の上野うえの山内から、不忍池しのばずのいけを見渡してまいった戻り道、ここまで差しかかると、妙な気合を感じたで、いたずらをやって見たが、そなたに逢えるとは思わなんだ。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
新吉は、ふろしき包みをいて、夢中むちゅうでそこらをほっつき歩きました。歩いているうちに、広いいけのはたへ出ました。そこは不忍池しのばずのいけで、新吉はいつの間にか、そんなとこまでまよいこんで来たのです。
曲馬団の「トッテンカン」 (新字新仮名) / 下村千秋(著)
それからすぐに不忍池しのばずのいけの端に出た。
反抗 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
松本ながし氏追善。不忍池しのばずのいけ畔雨月荘。
五百句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
し上野の山より不忍池しのばずのいけの水を奪つてしまつたなら、それはあたかも両腕をもぎ取られた人形に等しいものとなるであらう。
水 附渡船 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
帝大裏と不忍池しのばずのいけの間の淋しい道で音次にクロロホルムをかがせて昏倒させ、女装をぬいで男の車夫に変装して車をひいて走りだすまでに、三十分はかかりますまい。
かつて父の通夜過ぎの晩に不忍池しのばずのいけの中之島の蓮中庵で、お雛妓かの子につがえた言葉を思い出し、わたくしの方から逸作を誘い出すようにして、かの女をげてやりに行った。
雛妓 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
それが更に尾鰭おひれを添えて、ある剛胆な男がそっとの婆さんのあとをつけて行くと、かれは不忍池しのばずのいけの水を渡ってどこへか姿を隠したなどと、見て来たように吹聴ふいちょうする者もあらわれて来た。
半七捕物帳:30 あま酒売 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「どちらへ」とお互いに申しまして、「いけはたまで」といいましたら、「私も」といわれます。上野不忍池しのばずのいけで催すはすの会へ案内を受けたのです。会主の大賀おおが一郎氏は縁つづきになるのでした。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
東京上野公園の不忍池しのばずのいけのそばに、ふしぎな建物がたちました。両国りょうごくのもとの国技館をぐっと小さくしたような、まるい建物で、外がわの壁も、まる屋根も、ぜんぶ、まっ白にぬってあるのです。
仮面の恐怖王 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
枕山雲如の二人は一日黎明れいめい不忍池しのばずのいけ荷花かかんことを約し、遅く来たものは罰として酒をう責を負うこととした。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ミドリちゃんのおうちは、上野公園の不忍池しのばずのいけの近くにありました。
鉄人Q (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「世の中の変るというのは不思議なもので、今ならば何でもないことだが、あの時分には大騒ぎになる。十二月の寒い晩に不忍池しのばずのいけへ飛び込んで、こっちも危くこごえ死ぬところ。あいつは全くひどい目に逢った」
半七捕物帳:37 松茸 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「下山近水又移居。」〔山ヲ下リ水ニ近ヅカント又移居ス〕の七字おのずから不忍池しのばずのいけの近きを思わしめる。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
浅草寺境内せんさうじけいだい弁天山べんてんやまの池も既に町家まちやとなり、また赤坂の溜池も跡方あとかたなくうづめつくされた。それによつて私は将来不忍池しのばずのいけまた同様の運命に陥りはせぬかとあやぶむのである。
水 附渡船 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
鱗葺こけらぶきの低い人家の間をば、道の曲るがまゝに歩いて行くと、忽ち廣い不忍池しのばずのいけが目の前にひらけて、新しい蓮の葉の上に、遮るものもない日の光と青空の輝きが目を射た。
歓楽 (旧字旧仮名) / 永井荷風永井壮吉(著)
其頃自分等は高等學校の學生で、日曜日毎に不忍池しのばずのいけの貸席に會合して蕪村派の俳句を樂しんだ。
新帰朝者日記 (旧字旧仮名) / 永井荷風(著)
冬枯の不忍池しのばずのいけを思う時、わたくしは鴎外先生が小説がんの末節に用いられた叙景じょけいの筆法を想い起さねばならない。文例はここにかかげない。読者よろしくその書についてこれを見よ。
枯葉の記 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
当時春濤枕山ら諸名家の好んで詩筵しえんを張った処は不忍池しのばずのいけ上の酒亭三河屋であった。亭主の名が長太というところから、詩人はこの酒亭を呼んで長酡ちょうた亭となしまた長蛇亭となした。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
第五は芝の桜川さくらがわ根津ねず藍染川あいそめがわ、麻布の古川ふるかわ、下谷の忍川しのぶがわの如きその名のみ美しき溝渠こうきょ、もしくは下水、第六は江戸城を取巻く幾重いくえほり、第七は不忍池しのばずのいけ角筈十二社つのはずじゅうにそうの如き池である。
不忍池しのばずのいけを小西湖と呼んだと同じく、日本の社会の一面には何時いつの時代にもそれ/″\、外国崇拝の思想の流れてゐた事を証明する材料の一ツとして、他日別に論究されべき問題であらう。
虫干 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
このゆうべ、私は親しくオイケンの哲学に関する先生の感想をうかがって、も九時過再び千駄木の崖道をば根津権現ねづごんげんの方へり、不忍池しのばずのいけうしろを廻ると、ここにもそびえ立つ東照宮とうしょうぐうの裏手一面の崖に
又もや此樣こんな空想にひながら、私は大宮の松林を出て、間もなく汽車で上野の停車場についたのであるが、丁度晴れた秋の夕暮、本郷の家路へと、不忍池しのばずのいけのほとりを歩いて行く時、私は一歩々々に
歓楽 (旧字旧仮名) / 永井荷風永井壮吉(著)
池には古来より不忍池しのばずのいけの勝景ある事これも今更説く必要がない。