下蔭したかげ)” の例文
行くこと百歩、あのくすの大樹の鬱蓊うつおうたる下蔭したかげの、やや薄暗きあたりを行く藤色のきぬの端を遠くよりちらとぞ見たる。
外科室 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それから黄金色こがねいろに黄ばんだ初冬の街路樹の銀杏いちょうを、彼はその時々の思いで楽しく眺めるのだったが、今その下蔭したかげを通ってそういう時の快い感じも
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
ただし因果関係からいえば、自分の枝になった実を梅干にして、その木に近く干すというよりも、ただその下蔭したかげの雪に散る花の方が、複雑でないことはいうまでもない。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
あふちいてゐるいへ外側そとがは木立こだちの下蔭したかげに、ぽた/\とつゆちるほどに、かぜきとほる。それは、幾日いくにちつゞいてをつた梅雨ばいうあがかぜである、といふ意味いみです。
歌の話 (旧字旧仮名) / 折口信夫(著)
かくて當日このひは、二十ちかすゝんでれたので、よる鐵車てつしやをばいち大樹だいじゆ下蔭したかげとゞめて、終夜しうや篝火かゞりびき、二人ふたりづゝ交代こうたいねむつもりであつたが、いかさけ猛獸まうじうこゑさまたげられて
たちまちに見る七名の影は、松林の下蔭したかげから、それぞれが江州車こうしゅうぐるま(手押し車)の七輛を押し出し、なんのはばかりもなく、楊志ようし、執事以下、十七名の者が、現にいるところへ、どやどやと寄ってきた。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
色あるきぬ唐松からまつみどり下蔭したかげあやを成して、秋高き清遠の空はその後にき、四脚よつあしの雪見燈籠を小楯こだてに裾のあたり寒咲躑躅かんざきつつじしげみに隠れて、近きに二羽のみぎは𩛰あさるなど、むしろ画にこそ写さまほしきを
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
山毛欅ぶな瑞枝みづえ下蔭したかげ
白羊宮 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫薄田淳介(著)
あの下蔭したかげで休みましよ。
晶子詩篇全集 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
白糸の胸中は沸くがごとく、ゆるがごとく、万感のむねくに任せて、無念かたなき松の下蔭したかげに立ち尽くして、夜のくるをも知らざりき。
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
滝かと思ふ蝉時雨せみしぐれ。光る雨、輝く、此の炎天の下蔭したかげは、あたか稲妻いなずまこもる穴に似て、ものすごいまで寂寞ひっそりした。
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
その下蔭したかげ矢張やっぱりこんなに暗かったか、蒼空あおぞらに日の照る時も、とう思って、根際ねぎわに居た黒い半被はっぴた、可愛かわいい顔の、小さなありのようなものが、偉大なる材木を仰いだ時は
三尺角 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そのときは、その下蔭したかげ矢張やつぱりこんなにくらかつたが、蒼空あをぞらときも、とおもつて、根際ねぎはくろ半被はつぴた、可愛かはいかほの、ちひさなありのやうなものが、偉大ゐだいなる材木ざいもくあふいだとき
三尺角 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)