黙祷もくとう)” の例文
旧字:默祷
その黙祷もくとうをうけながらお蝶が一歩うしろへ退さがって、石神堂の扉をギイと押したかと思いますと、掻き消すごとく、姿を堂の中へ隠しました。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
今しもそこに悄然しょうぜんと涙を呑んで黙祷もくとうしていたらしい一団は私がとびらをはいると同時に涙の筋をひいた顔を挙げて目礼したが
ナリン殿下への回想 (新字新仮名) / 橘外男(著)
というので、なるほど、かすかに雲煙うんえんをついて見える相馬の城へ向かって、しばし別離のあいさつ……。黙祷もくとうよろしくあってまたあるきだすと
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
祭主の黙祷もくとうについでうやうやしく声明読経しょうみょうどきょうに及ぶかと見ると、そうではなく、恥かしそうにバラ緒の下駄を突っかけて、竹藪たけやぶの裏の方へ消えてしまいました。
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
靖国神社やすくにじんじゃの前を通る時には、心から黙祷もくとうを捧げたが、宮城の前では二人とも自動車からおりてはるかに最敬礼した。
秘境の日輪旗 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
黙祷もくとうや合掌こそしないが、どうみても抱えであった時分からの気習がせず、子供たちの騒々しさや晴れやかさの中で、どこかちんまりした物静かさで
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
と、夫人はやゝ暫く黙祷もくとうをつゞけた後に、全く今迄の威厳を捨てゝ、打って変った女らしい言葉づかいで尋ねた。
一番うしろの藁椅子を占めた私は、しばらく黙祷もくとうの真似のような事をしていたが、やがて目を上げて、さっきの二人の少女の姿を会衆のうちに捜し出した。
木の十字架 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
博士は奥の部屋から一枚の白布を探し出して来て、黙祷もくとうしながら、それをフワリと死体の上に着せてやった。
悪魔の紋章 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
それからモー四百余年よねんわたくし境涯きょうがいはそのあいだ幾度いくど幾度いくどかわりましたが、しかしわたくしいまおそのときいただいた御鏡みかがみまえ静座せいざ黙祷もくとうをつづけてるのでございます。
……三人の魂はアルプスの雪に浄められて天に昇りました。……みなさん、どうぞ黙祷もくとうを願います
十一月、京軍の先鋒せんぽう陳暉ちんき、河を渡りて東す。燕王兵を率いて至り、河水の渡り難きを見て黙祷もくとうして曰く、天し予を助けんには、河水氷結せよと。夜に至って氷はたして合す。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
武田博士は、狼岩の向うへかくれてゆく『最上』の後姿に、深い黙祷もくとうをささげるのであった。
昭和遊撃隊 (新字新仮名) / 平田晋策(著)
今月の二十幾日はあすこの山の御寺みてらの鐘を聞いて黙祷もくとうをしたい気がしてならないのですが、あなたの御好意でそっと山荘へ私の行けるようにしていただけませんでしょうかと
源氏物語:51 宿り木 (新字新仮名) / 紫式部(著)
津田は長椅子の肱掛ひじかけに腕をせて手を額にあてた。彼は黙祷もくとうを神に捧げるようなこの姿勢のもとに、彼が去年の暮以来この医者の家で思いがけなく会った二人の男の事を考えた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
すっかり黄金色こがねいろに染って、夕風が立ったら、散るさまが、さぞ綺麗きれいだろうと思われる大銀杏いちょうの下の、御水下みたらしで、うがい手水ちょうず祠前ほこらまえにぬかずいて、しばし黙祷もくとうをつづけるのだったが
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
級尽レバ則チ神祠ニシテ結構すこぶる壮麗ナリ。尸祝ししゅくニ就イテ幣物へいもつヲ進ム。烏帽うぼう祭服ノ者出デヽ粛トシテ壇上ニク。余長跪ちょうき黙祷もくとうシテ曰ク皇上万寿無疆むきょうナレ。今ワガ部内年穀ノ登ルアリ。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
平次はそう言い切ると、棺の前に膝を突いて、香をひねりながら黙祷もくとうを捧げました。
それから牧師の祈りと、熱心な説教、そしてすべてが終わって、堂の内の人々一斉いっせい黙祷もくとう、この時のしばしの間のシンとした光景——私はまるで別の世界を見せられた気がしたのであります。
あの時分 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
私がその器を淋しく見つめる時、その姿はいつも黙祷もくとうするかのようである。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
その時はもう私の心に罪の影さえおとずれない。そして、(涙をこぼす)この世に苦しんでいる無類のふしあわせな人たちを摂取することができるのだ!(間)おゝ、不安よ、去れ。(黙祷もくとうする)
出家とその弟子 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
フランシスはクララの頭に手を置きそえたまま黙祷もくとうしていた。
クララの出家 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
しばら黙祷もくとうして妾がこころざしを祖先に告げぬ。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
黙祷もくとうでもしているように、彼はしばらく頭を下げていた。——御覧ぜよ、なお甲軍にはこういう者もおりますると、父信玄の霊に念じているのであった。
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ただ楽しく……ただ楽しく……三人で幼児のように楽しい日をお送りなさい! と私は眼をじて黙祷もくとうした。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
じいさまはこころよわたくしねがいをれ、ちょっとあちらをいて黙祷もくとうされましたが、モーぎの瞬間しゅんかんには、白木しらき台座だいざいた、一たい御鏡みかがみがおじいさまのてのひらっていました。
言いながら、老人は豹の死骸しがいの前にしゃがんで、悲しみに耐えぬもののように、その背中をでながら、長いあいだ黙祷もくとうしていたが、やがて、キッとして立ち上がると、はげしい語調で
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
私がその器を淋しく見つめる時、その姿はいつも黙祷もくとうするかのようである。
朝鮮の友に贈る書 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
平次はその前に坐ってしばらく黙祷もくとうを続けました。
黙祷もくとうする)
出家とその弟子 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
と、そこからいって、何か黙祷もくとうして後悠々ゆうゆうと、刀箪笥かたなだんすをあけたり、衣裳や足ごしらえをして皆の前へ出て来た。
宮本武蔵:02 地の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そうって瀑布たきのおじいさんは、じてちょっと黙祷もくとうをなさいましたが、もなくゴーッというおとがして、それがあちこちの山々やまやまにこだまして、ややしばらくおとみませんでした。
私はやがて英国へ持ち帰って、丁重にこの不幸なる女主人公はもちろん、その外の人々のためにも回向えこうをするつもりで、やがて黙祷もくとうを捧げて涙をぬぐいながら、この日記の巻を閉じたのであった。
令嬢エミーラの日記 (新字新仮名) / 橘外男(著)
内匠はしばらく黙祷もくとうの後に続けました。
と——原士のおさ、七人の肉親たちとともにしばらく黙祷もくとうをささげ、死者の前で厳然とお前にいい渡した。
鳴門秘帖:05 剣山の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
改めて三名は、祭壇へ向って牛血と酒をそそぎ、ぬかずいて、天地の神祇しんぎ黙祷もくとうをささげた。
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
牢獄のすみでは、ヨハンが、石のように身を伏せたまま、何か黙祷もくとうしている様子。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
真摯しんしな感化事業家をもって生涯をゆだねているような老外人の夫妻は卓頭に立って黙祷もくとうをする。不良児たちもその間だけは、しおらしく口のうちで祈祷きとうのことばを呟いているりをするのだった。
かんかん虫は唄う (新字新仮名) / 吉川英治(著)