魅入みい)” の例文
じいっと魅入みいられたもののごとく、障子に散りしいているその月光を見眺みながめていた長国が、突然、引きつったように笑って言った。
十万石の怪談 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
もろくも溺れるようになったのか、あの人の心に天魔が魅入みいったと思うよりほかはなく、それが口惜くやしくて口惜しくてなりません。
大菩薩峠:18 安房の国の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
思へば戀てふ惡魔に骨髓深く魅入みいられし身は、戀と共に浮世に斃れんか、た戀と共に世を捨てんか、えらぶべきみち只〻此の二つありしのみ。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
信長公を弑逆しいぎゃくし奉ったなどとは……。大逆の乱を起して洛内を合戦のちまたにしておるなどとは……。夢か、天魔でも魅入みいったか。信じられぬのだ。
「イイエ、そうじゃないのですけれど、……守さん、あたし、いやなものに魅入みいられているのではないかと思いますの」
妖虫 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
もはや、彦太郎は、天魔てんま魅入みいられたごとく、邪念から逃れ去ることが出来なくなったのである。女は、あら、徳利とくりがないわ、と云って出て行った。
糞尿譚 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
双親ふたおやと共に熱心な天主教てんしゆけうの信者である姫君が、悪魔に魅入みいられてゐると云ふ事は、唯事ただごとではないと思つたのである。
悪魔 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
相手が恐ろしい爆弾を持っているので、蛇に魅入みいられたかえるみたような心理状態に陥っていたものかも知れない。
爆弾太平記 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
貴様は魔に魅入みいられておるのだから、拙者も真面目には相手にせぬ。ひとり胸に手を置いて考えてみるがよい
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
ただ混雑と迷乱とを形容するに適した声と云うのみで、ほかには何の役にも立たない声である。吾輩は茫然ぼうぜんとしてこの光景に魅入みいられたばかり立ちすくんでいた。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ふとしたことから……、さア、そのふとしたことは何ういふことかわかりませんけれど、兎に角、急にあゝいふ風に、悪魔でも魅入みいつたやうになつて了つたものだから。
ある僧の奇蹟 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
鬼か神に魅入みいられても、また人に置き捨てにされ、悪だくみなどでこうした目にあうことになった人でも、それは天命で死ぬのではない、横死おうしをすることになるのだから
源氏物語:55 手習 (新字新仮名) / 紫式部(著)
されているのであったか。いよいようっちゃってはおかれない。どうともして正気に返さなければならない。だがどうしたらいいのだろう? 余りにも強く魅入みいられている
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
久八がすかさずたもとに取すがり此程もあれほど御いさめ申せしにお通ひ成るは何事ぞ其後も度々御見かけ申せど此久八にかくまはり少しも御身の落付ぬは如何なる天魔てんま魅入みいりしやと涙を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
つひ一晩ひとばんかさねえで、四手場よつでばぢいも、きし居着ゐつきのいはのやうだ——さてけばひよんなことぬまぬし魅入みいられた、なに前世ぜんせ約束やくそくで、じやうぬま番人ばんにんつたゞかな。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
寳石の威嚴や魅惑みわくに馴れない平次が、思はずたじろいだのも無理はありません。歡喜天の異樣な象頭ざうとうひたひに輝やく夜光の珠が、火の如く燃えて、魅入みいるやうに平次を睨むのです。
その滑り行くさま河の曲れるに似、その尾をむの状大河が世界をめぐれるごとく、辛抱強く物を見詰め守り、餌たるべき動物を魅入みいれて動かざらしめ、ある種は飼いらしやすく
事象の夫の世話をりずにどし/\表現の世継ぎを生むからである。この説明と関係があるかどうか知らんがわたしはかね/″\わたしの国の決闘の言葉の美しさに魅入みいられてゐた。
(新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
子供心にね、私はその時まだ二十はたちにもなってませんでしたので、兄はこの十二階の化物に魅入みいられたんじゃないかなんて、変なことを考えたものですよ。
押絵と旅する男 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
あなた様には、天魔が魅入みいったのでござりますか。信長公へ対していかような御憤怒、御不満、また忍び難いものがござりましょうとも、きょいて御主君を
茶漬三略 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
人間が機関車に正面すると、ちょうどへび魅入みいられたかえるのように動けなくなって、そのまま、き殺されてしまうのも、やはり脳髄の神秘作用に違い無いのだが……。
木魂 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
それがこわい魔物に魅入みいられて身動きのできない様子としか受取れない。盲目は彼の眼の暗いごとく、暗い顔をして、悲しい陰気な、しかも高い調子の胡弓をつづけに擦っている。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
娘はガラッ八のいて来るのに気が付かなかったものか、よろけるように欄干らんかんもたれると、初冬の月を斜めに受けて、鉛色に淀んだ川の水を、ジイッと魅入みいられるように眺め入りました。
ついに兵馬の決心がここまで上りつめ、多年の仇敵に向けるやいばを、おのれには罪も恨みもない、むしろ新撰組以来のよしみのある山崎譲に向けようとする兵馬の心には、天魔が魅入みいりました。
大菩薩峠:19 小名路の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「はっはっは、玄鶯院は国賊じゃよ。西方の魔術に魅入みいられたあれは逆徒じゃ」
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「悪いものに魅入みいられになったということも前生の約束事なのですよ。必ず高い家の子でおありになったのでしょう。前生のどんなあやまちでさすらいの身などにおなりになったのでしょうか」
源氏物語:56 夢の浮橋 (新字新仮名) / 紫式部(著)
可愛がってくれた甚内が、遠い他国へ行ったことも兄の甚三がお北という、宿場女郎に魅入みいられて、魂をなくなしたということも、ちゃんと心に感じていた。それがお霜には悲しいのであった。
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
所詮天魔に魅入みいられし我身の定業ぢやうごふと思へば、心を煩はすもの更になし。
滝口入道 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
「御覧なさい。こんなことだろうと思ったんです。小児こどもの時、あの人は、この美しい柳に魅入みいられたんですか、何ですかね、ふらふらとして、幾たびもここで死のうとしたんですから——いいえ……」
卵塔場の天女 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
お前は悪魔に魅入みいられたのか、お前は気が違ったのか。一体お前は、自分自身の心を空恐しくは思わないのか。
屋根裏の散歩者 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「いけねえ、うっかりすると魅入みいられそうだ」冗談じょうだんに目をそらしたが、同時にはッとした色で
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「無駄だよ、八、放つて置くが宜い、手前てめえはお徳の阿魔あま魅入みいられたんだ」
ねこ魅入みいられたねずみのように、相手の恐ろしい形相ぎょうそうを見つめたまま、視線をそらす力がないのだ。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
いかなる天魔に魅入みいられましたか、先ごろ、信長公より中国へ御出陣の仰せをうけ、六月朔日ついたちの夜半、丹波境まで勢揃いして御発向なされましたところ、途中、にわかに号令を変えられて、勿体なくも
茶漬三略 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
旅人清作はその半面の表情を魅入みいられるように見て居りました。
天保の飛行術 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
ゆうべの激動のために、病人みたいに青ざめている蘭子が、ねこ魅入みいられた小鼠こねずみかなんぞのように、縮みあがってしまって、キョロキョロと定まらぬ視線で、あたりを見まわしながら、歎願たんがんした。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
もしや何かの生霊いきりょうが、門野に魅入みいっているのではないでしょうか。
人でなしの恋 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)