しき)” の例文
と其の場をはずして次の間へ退さがり、胸にたくみある蟠龍軒は、近習の者にしきりと酒をすゝめますので、いずれも酩酊めいていして居眠りをして居ります。
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
お茶を持つて店へ出て来た晴代も見てゐる前で、木山はしきりに算盤そろばんをぱちぱちやりながら、親方にはかつてゐたが、総てはオ・ケであつた。
のらもの (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
衣は潮垂れてはいないが、潮は足あとのように濡れて、砂浜を海方うみてへ続いて、且つその背のあたりがしきりに息をくと見えて、わなないているのである。
海異記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
あをやつれたる直道が顔は可忌いまはしくも白き色に変じ、声は甲高かんだかに細りて、ひざに置ける手頭てさきしきりに震ひぬ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
その子は今桑摘みに行っていないがとにかく是非ぜひ休んで行けといって、しきりに一行の者を引止めて茶をすすめながら、木曾街道の駅々の頽廃たいはいして行く姿をば慨歎がいたんして
木曽御嶽の両面 (新字新仮名) / 吉江喬松(著)
頑児矩方のりかた、泣血再拝して、家厳君、玉叔父、家大兄の膝下しっかもうす。矩方稟性ひんせい虚弱にして、嬰孩えいがいより以来このかたしきりに篤疾とくしつかかる。しかれども不幸にして遂に病に死せざりき。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
中にも主人はしきりに満を引いてゐる。余り飲んだので、主人は小便がしたくなつたと見えて、便所に這入つた。便所は、八のゐる方角とは反対の、縁側のはづれにある。
金貨 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
其所そこ來合きあはせた一紳士しんしが、貴君方あなたがたなにをするんですかととがめたので、水谷氏みづたにし得意とくい考古學研究かうこがくけんきう振舞ふりまはした。其紳士そのしんししきりに傾聽けいちやうしてたが、それではわたくし仲間なかまれてもらひたい。
『いや、今度は見舞に来たんだから。この町をしきりに見たがつてはゐたけれど……』
枯淡の風格を排す (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
燕の師勇躍して進み、の軍を敗る。景隆の兵動く。燕王左右軍を放って夾撃きょうげきし、遂にしきりに其七営を破って景隆の営にせまる。張玉も陣をつらねて進むや、城中もまた兵を出して、内外こもごも攻む。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
門へ入る、両側に人家がある、宿屋もある、犬がしきりに吠える。
白峰の麓 (新字新仮名) / 大下藤次郎(著)
或る時晴代が晩飯の材料を買ひに出て、気なしに台所へ上つて来ると、真木がその日も遊びに来てゐて、話のなかに丸菱といふ言葉がしきりに出るのが耳についた。
のらもの (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
牡蠣を砂から掘出して来て食べて見ろと云つてしきりに勧めるが、気味が悪くて手が出ない。
伊良湖の旅 (新字旧仮名) / 吉江喬松(著)
今までは瑣々さゝたる問題にも、極めて丁寧ていねいにいらへしつる余が、この頃より官長に寄する書にはしきりに法制の細目にかゝづらふべきにあらぬを論じて、一たび法の精神をだに得たらんには
舞姫 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
女房はしきりに心急こころせいて、納戸に並んだ台所口に片膝つきつつ、飯櫃めしびつを引寄せて、及腰およびごし手桶ておけから水を結び、効々かいがいしゅう、嬰児ちのみかいなに抱いたまま、手許もうわの空で覚束おぼつかなく、三ツばかり握飯にぎりめし
海異記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
今日けふ天氣てんきいからとて、幻花子げんくわし先導せんだうで、狹衣さごろも活東くわつとう望蜀ばうしよくの三が、くわかついで權現臺ごんげんだい先發せんぱつした。あとからつてると、養鷄所やうけいじよ裏手うらて萱原かやはらなかを、四にんしきりに掘散ほりちらしてる。
それから何号の坑が、もう何間で突きぬけるだらうとか、どこの坑区から何百貫の成績があがつたとか、毛糸のジヤケツを着た若い元気のいゝ技手が、しきりに説明してゐた。
籠の小鳥 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
ハヤその物体のかしらは二、三十けんわが眼の前を走り去り候て、いまはその胴中どうなかあたりしきりに進行いたしをり候が、あたかもたこの糸を繰出す如く、走馬燈籠まわりどうろうの間断なきやうにわかに果つべくも見え申さず。
凱旋祭 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
お葉は女中部屋へ入つて、襖を締切つて、鏡台の前に坐つてしきりに硼酸で顔を冷してゐた。
浪の音 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)