“蠱惑:こわく” の例文
“蠱惑:こわく”を含む作品の著者(上位)作品数
吉川英治13
吉行エイスケ5
夢野久作5
有島武郎4
谷崎潤一郎4
“蠱惑:こわく”を含む作品のジャンル比率
文学 > フランス文学 > 小説 物語9.6%
文学 > 日本文学 > 小説 物語1.6%
文学 > 日本文学 > 評論 エッセイ 随筆0.1%
(注)比率=対象の語句にふりがなが振られている作品数÷各ジャンルの合計の作品数
うつくしい蠱惑こわくちてせることだらう! れるな、にごるな、まよふなと
(旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
ときおり海草の葉がゆらめく陰影かげりの下には、大えびのみごとな装甲などが見られるのであるが、その夢の蠱惑こわく
潜航艇「鷹の城」 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
心の中をひらめき過ぎる断片的な影を葉子は枯れ葉のように払いのけながら、目の前に見る蠱惑こわくにおぼれて行こうとのみした。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
驚きの表情はすぐ葉子の顔から消えて、妖婦ようふにのみ見る極端に肉的な蠱惑こわくの微笑がそれに代わって浮かみ出した。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
しかし、昼光色の電灯の光のなかでぴちぴちしてゐるその指の動きには、何か甘つたるい蠱惑こわくのやうなものが感じられた。
地獄 (新字旧仮名) / 神西清(著)
何という妖しいまでの蠱惑こわくさ美しさ、この私の怒りの感情をさえも惑乱せしめんばかりの、肉体の悩殺そのものであった。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
指さすと、彼女は、不敵な、そしてまた、ひどく蠱惑こわくな、あの笑靨えくぼを、海月くらげのように、頬に、チラつかせて、
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
掻口説く声が、もっと蠱惑こわく的に暖く抑揚に富み——着物を脱いでからの形は、あれほかの思案のつかないものだろうか。
印象:九月の帝国劇場 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
夜の女の衣裳の背後が社交的にひらいて、生姜しょうが色の皮膚の断面に機能の失せた女の蠱惑こわくが感じられた。
戦争のファンタジイ (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
それがどうして長い眠りから醒めて、なんの由縁ゆかりもない後住者の子孫を蠱惑こわくしようと試みたのか、それは永久の謎である。
青蛙堂鬼談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
コンナ素晴らしい幻影が見えるのは、黴毒が頭に来ているせいじゃないか知らんと思ったくらい蠱惑こわく的な姿であった。
冥土行進曲 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
もう四十路よそじにちかいはずの准后じゅんごうではあるが、蠱惑こわくともいえるえんな美はどこにもせていなかった。
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
無常の宗教から蠱惑こわくの芸術に行きたいのである……斯様かように懶惰な僕も郊外の冬が多少珍らしかったので、日記をつけて見た。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
彼女たち職業婦人はこうした昔の職業婦人の流れを汲んで、更にそれ以上に文化的な、蠱惑こわく的な風俗を作るべく工夫を凝らしている。
東京人の堕落時代 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
山下界隈の怪しい酒場で酔泥よいどれた一列の黒奴の火夫達が、最新流行歌をうたって和服の蠱惑こわくの街に傾いた。
スポールティフな娼婦 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
「はあ」葉子はなんの苦もなく親しみの限りをこめた返事をした。その一声の中には、自分でも驚くほどな蠱惑こわくの力がこめられていた。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
それは倉地が葉子の蠱惑こわくに全く迷わされてしまって再び自分を回復し得ない時期があるだろうというそれだった。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
妖しい蠱惑こわくのなかに、僕は色欲のいかりを沈めてから、粟鼠の毛皮の外套についた無数の獣の顔を愛撫した。
そうして語られる夢の蠱惑こわくは、ウルリーケの上で、しだいと強烈なものになっていったが、やがて、その悩ましさに耐えやらず叫んだ。
潜航艇「鷹の城」 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
蠱惑こわくにみちたお蝶のひとみが、えんにうしろへ流れたので、源六の目もそれに引かれて振顧ふりかえると、
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
お花畑ほど群落していようとも、男にとっては、まことに縁なきけんらんで、それに女性の蠱惑こわくを連想すれば
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
かつては美しく蠱惑こわくにみちて、恋いわたり、男の愛撫あいぶに打ちまかせて夜ごとに情炎を燃やした身を
イオーヌィチ (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
それを見詰めてゐると、冷たい焔に對して感ずるやうな、恐ろしい蠱惑こわくと懊惱をさへ感じさせるのです。
彼は、眼前の、この世ならぬあやしさに蠱惑こわくされ、自分の幻影を壊すまいとして、そのまましばらくは、じっと姿勢を変えなかったのである。
紅毛傾城 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
苦しいほどにも蠱惑こわく的の物を、うっかりと見た自分自身の眼を、急いで抑えようとしたのであった。
生死卍巴 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
三五兵衛の方へ黒眼を流して、片笑かたえくぼに笑ってみせた顔が、目に痛いくらい蠱惑こわくだった。
八寒道中 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼も千手丸と同じように、女人の俤を夢に見たり、堂塔の諸菩薩の像に蠱惑こわくを感ずる時代となった。
二人の稚児 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
……それにしても、かうした光の蠱惑こわくから人間といふものはさまざまなことを思ひ出すものである。
カルメンとホセとの呼吸がぴたりとあって、谷村はすっかりホセになりきってしまい、妾はあの蠱惑こわく的なボヘミア女になりきってしまったかのようでした。
華やかな罪過 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
個人を利己的に歪めて一攫千金を夢見させる事に於て、賭博に譲らない蠱惑こわくを持っていた。
十姉妹 (新字新仮名) / 山本勝治(著)
そしてわしが、不可解な蠱惑こわくの犠牲であつたと云ふ事を理解して貰ふ為めに云ふのである。
クラリモンド (新字旧仮名) / テオフィル・ゴーチェ(著)
クリストフは、彼女の顔貌がんぼうなぞと頭脳生活の強烈さとに蠱惑こわくされていた。
「え、待っていますよ」と、お綱は蠱惑こわくにニッコリ笑って、すうと障子をめかけた。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
人なつこい——柔らかな感じ。そして、男のことばを、怖ろしく、異性的にうけて、蠱惑こわくに反射してくるお八重を、彼は、幾十人もの女を手がけた経験から、
無宿人国記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そこで、かの女は蓮の花がひらくように、僕のこころの迷彩のなかでわらいだす。その、わらい声が妖しくもある蠱惑こわくとなって僕にからみついてくるのだ。
高僧は玉藻の蠱惑こわくせられて、狂い死にの浅ましい終わりを遂げたのであろう。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
そこに落ちている紙一枚、糸一筋さえも、彼等には云い知れぬ蠱惑こわく的なものに見えた。
東京人の堕落時代 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
そういわれた瞬間、私の眼底がんていには、どういうものか、あのムチムチとした蠱惑こわくにみちたチェリーの肢体したいが、ありありと浮び上ったことだった。
ゴールデン・バット事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
それは美しい女郎蜘蛛ぐもの吐き出す糸のように、蠱惑こわく的に彼の心をとらえた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
ノラは一階のマーケットで彼女のエロチシズムと薄鼠色の蠱惑こわくで商品を粉飾した。
新種族ノラ (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
少年はひやひやしながら、嫌悪と蠱惑こわくの入りまじつた不思議な感情をもてあます。
地獄 (新字旧仮名) / 神西清(著)
それは一口に幸運などという言葉では云い尽せない程、奇怪至極しごくな、むしろ恐るべき、それでいてお伽噺にも似た蠱惑こわくを伴う所の、ある事柄でありました。
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
彼は、顔のやりばを失って、俯向うつむいた。しばらくしてから顔を上げると、洗い髪の女は、また、団扇の下から、悪戯いたずらッぽく、蠱惑こわくな眼を、向けてくる。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
女優が亭主持になると、人気が衰へはしまいかと気遣ふのは詰らぬことで、女優はどんな境涯にゐても、自分を美と蠱惑こわく幻像まぼろしだといふ覚悟を忘れてはならぬ。
「こんなに心のみだれるほど想い悩むのは、俺として生れてはじめてだ。——貂蝉、貂蝉、おまえはなぜ、あんな蠱惑こわくな眼をして、おれの心をとらえてしまったのだ」
三国志:03 群星の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そうして異性の弱点をあらゆる方向から蠱惑こわくしつつ、その生血いきちを最後の一滴まで吸いつくすのを唯一の使命とし、無上の誇りとし、最高の愉楽と心得ている女である。
鉄鎚 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
中流人的な文学や思想を心から尊重していて、それに蠱惑こわくされていた。
かくて始めて知った「色」というものの、蠱惑こわくよ、秘密よ、不可思議よ——虹の世界へ島流しに遭った童子のように次郎吉は、日夜をひたすらに瞠目し、感嘆し、驚喜していた。
小説 円朝 (新字新仮名) / 正岡容(著)
玉藻はる瀬ないように低い溜息をついて、頼長の顔をそっとのぞいた。人を蠱惑こわくせねばやまないような情け深い女の眼のひかりに魅せられて、頼長の魂は思わずゆらめいた。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
この全身をパフの香気こうきに叩きこめられた少女等——、蠱惑こわくすると技術を知りながら、小学生にも劣る無智——。山鹿とはなんという恐ろしい教育をする男であろう。
鱗粉 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
ぎれしぼり鹿の子は、少し寝くずれた首すじに、濃むらさきの襟が余りにも似合っていたし、早熟ませな十九の男には、眼に痛いほど、蠱惑こわくだった。
雲霧閻魔帳 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
(お通とは、気だてがまるでちがうが、お通よりは、愛くるしい。お通には、気品があるが、冷たい美だ。朱実のは、泣いても、笑っても、怒っても、みんなそれが蠱惑こわくになる……)
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そう云った新九郎は、になって袂を膝に抱えている千浪の蠱惑こわくよりほか、すべての世界を忘れていた……お常は用にかこつけてはずしたかここに姿が見えなかった。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
つまんだ程の顎尖あごさきから、丸い顔の半へかけて、人をたばかって、人はむしろそのたばかられることをよろこぶような、上質の蠱惑こわくの影が控目にさしのぞいている。
雛妓 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
ムッチリした大きな身体からだに、薄光りする青地の長襦袢ながじゅばんを巻き付けているのが、ちょうど全身にいれずみをしているようで、気味のわるいほど蠱惑こわく的に見えた。
一足お先に (新字新仮名) / 夢野久作(著)
その笑い声の中に電燈が消えて、場内が真暗になっても、笑い声は依然として或は妖艶に、或は奇怪に、又は神秘的にそうして忽ちクスグッタそうに満場を蠱惑こわくしいしい引き続いている。
二重心臓 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
しかもその氷柱の美女の艶やかさが、私にとっては一層蠱惑こわくとなり、いやが上にも情慾を掻き募らせて、いかに私が狂おしきばかりの恋情に身をただらせていたことか!
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
蠱惑こわくちて来るようになり、そしてそれらの一つ一つが
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
野葡萄のぶどうのような眸は、これを男に濡れさせてみたくなるばかりな蠱惑こわくをひそめ、なにかにかわいているらしい唇がその口紅を黒ずませて烈しい動悸ときめきに耐えている。
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
すなわち女優諸君が真に美貌に執するならば、そしておのれの持つ最も蠱惑こわく的な美を発揮したいならば、むしろすすんで眉を落し歯を染めるべきであるということを私は提言したいのである。
演技指導論草案 (新字新仮名) / 伊丹万作(著)
この山の美しさは、恍焉こうえんとして私を蠱惑こわくする。
不尽の高根 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
すっかり酒のめた庄次郎は、その白い微笑を、睨みつけた。腹だたしくもあるし、蠱惑こわくな眼の中へ吸い込まれそうな危うさも感じられて、どっちみち、早く、この二階から飛び出したい。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかし夢中ではあんなに蠱惑こわく的に見えた物語の筋も、
鳥料理 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
愛に充ちてはいるが、しかしインド的な蠱惑こわくはない。
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
変に蠱惑こわく的に私の心をむしりました。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
会衆は蠱惑こわくされてれていた。
クララの出家 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
その青藍色の湯池とうち蠱惑こわく的である。
別府温泉 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
ふくよかな肉体をもった蠱惑こわく的な像である。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
すべてが何んという憎むべき蠱惑こわくだろう。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
かつはその鏡に自分の娘ふたりを蠱惑こわくする不可思議な魔力がひそんでいるらしいことを認めたので、いよいよそのままには捨ておかれないと思って、まずその両面の鏡を白木の箱のなかへ厳重に封じこめた。
青蛙堂鬼談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
ああなんという蠱惑こわく的な線だろう。
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
また蠱惑こわく的といってもいい。
怪しの館 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ひる間商品窓に飾ってあった、マルセーユの歌劇女のきるような華美な衣裳をつけて、白い羽根のついた黒い帽子を目深まぶかにかぶり、ネロリ油の強烈な蠱惑こわく的な香をさしてサーカスの女のようなミサコは高慢な夜を感じていた。
女百貨店 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
青白い彼女の頬、やや光沢つやのあせた肉色のくちびる、下に垂れた長いまつげ、白い皮膚にきわだって見えるふさふさした金色の髪、それは静かな純潔と、精神の苦難とを示して、なんともいえない蠱惑こわくの一面を現わしています。
T市のことも、そこにある菰田家の邸のことも、彼女の里方の人達のことも、皆遠い昔の夢の様で、親子も夫婦も主従も、その様な人間界の関係などは、かすみの様に意識の外にぼやけて了って、そこには、魂に喰い入る人外境の蠱惑こわく
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
何所までも人を蠱惑こわくする様な言い方では有るが、余は兎も角も其の言葉に従って怪美人の密旨をまで見究めようと思ったから、言いなりに成って夫から叔父の所へ帰り美人が一人の連れと共に晩餐の招きに応ずる旨を述べた、尤も此の美人の素性は語らず
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
ファラーの声は非常に魅惑的で、男性を悩殺しなければ止まない、不思議な響を持って居りますが、駒鳥絹枝の声にも、それに似た蠱惑こわく的な響きがあって、一度聴いたものは、どうしても忘れることの出来ない、惑乱を感じさせられると申して居ります。
焔の中に歌う (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
が、およそ其試写会に立会った程の人々は、期待していた若き一婦人の断末魔だんまつまの姿を見る代りに、ま白きタイルの浪の上に、南海の人魚の踊りとは、かくもあるかと思われるような、蠱惑こわくに充ちた美しいお照の肉体の游泳姿態を見せられて
電気風呂の怪死事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
前期において彼は、「秩序の覆面を通して輝く渾沌の眼」に熱中した後、その眼をなおよく見んために覆面ヴェールを引き裂こうとした刹那せつな、このたびはその蠱惑こわくから脱せんとつとめ、主宰的精神の魔法の網を、スフィンクスの顔にふたたび投げかけようとしていた。
たま/\それが美少年の能役者だと、肌理きめのこまかい、若々しい照りを持った頬の色つやなどがそのためにひとしお引き立てられて、女の肌とは自ら違った蠱惑こわくを含んでいるように見え、なるほど昔の大名が寵童の容色に溺れたと云うのは此処のことだなと、合点が行く。
陰翳礼讃 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
それにしても、美男の魅力は美女の蠱惑こわくにもまさるものか、あの夜川長の裏庭で、月下に渦まいた一つの争波そうはから、虚無僧姿の若人わこうどへ、つるぎ以外に、お綱お米という二つの女の魂までからみついてこようとは、弦之丞その人すらも知らないこと——。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
現世の醜惡を外に人生よりも尊い蠱惑こわくの藝術に充足の愛をさゝげて一すぢに信を獲る優れた悦びに心を驅つて見ても、明日に、前途に、待望むべきれ程の光明と安住とがあるだらう? とどのつまり、身にからまる斷念の思ひは圭一郎の生涯を通じて吹き荒むことであらうとのみ想はれた。
崖の下 (旧字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
とろけるほどな年増としま肌目きめを、怖ろしいほど見せつけて、これでもかこれでもかと蠱惑こわくな匂いをむしむしと醗酵はっこうさせながら、精根の深い瞳の中へ年下の男のなめらかな悶えを、心ゆくまで吸い込んでゆく——新九郎の総身の血は磁石じしゃくに触れたように荒れ狂った。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
モルヒネ剤特有の蠱惑こわくにみちた快味かいみがあるというわけさ。ところが金という男は頭がよかったと見えて、それを自分だけに止めず、ゴールデン・バットの女たちにひそかに喫わせたのだ。女たちは、真逆まさかそんな仕掛けのある煙草とは知らず、つい喫ってしまったが、大変いい気持になれた。
ゴールデン・バット事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
利太郎の横恋慕よこれんぼにどの程度の熱意があったか知るべくもないが若年の頃は誰しも年下の女より年増としま女の美にあこがれる恐らく極道の果てのああでもないこうでもないがこうじたあげく盲目の美女に蠱惑こわくを感じたのであろう最初は一時の物好きで手を出したとしても肘鉄砲ひじでっぽうを食わされた上に男の眉間まで割られれば随分性悪しょうわるな意趣晴らしをしないものでもない。
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)