臆病者おくびょうもの)” の例文
僕はかわいい顔はしていたかも知れないがからだも心も弱い子でした。その上臆病者おくびょうもので、言いたいことも言わずにすますようなたちでした。
一房の葡萄 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
またよるはなるべくそとずに、しろかげないものと、はやくからめてしまうような臆病者おくびょうものすくなくはなかったのであります。
白い影 (新字新仮名) / 小川未明(著)
「ハハハハハハ、片腹かたはらいたい臆病者おくびょうもののたわごとこそ、あわれあわれ、もうなんじの天命は、ここにつきているのだ、男らしく観念してしまえ」
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
さて、広庭のざわめきが一瞬静まって一同が己の方を振向いたと知ると、今度は群集に向って煽動せんどうを始めた。太子は音に聞えた臆病者おくびょうものだぞ。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
のらくらの、臆病者おくびょうものの、そうして過度の感覚の氾濫はんらんだけだ。こんな子は、これから一体、どうして生きて行ったらいいのだ。
新ハムレット (新字新仮名) / 太宰治(著)
「決して、御前さま。幻やなんかではございません。わたくし、いくら何でも、そんな臆病者おくびょうものではございませんわ」
黄金仮面 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
臆病者おくびょうもの卑怯者ひきょうものはみんなそれだ、自分で悪いことをしておきながら、その責任を人に背負わせようとする、なにより恥知らずな、きたならしい卑劣な根性だ
霜柱 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
なんとなれば、無智むちには幾分いくぶんか、意識いしき意旨いしとがある。が、作用さようにはなにもない。たいして恐怖きょうふいだ臆病者おくびょうものは、のことをもっ自分じぶんなぐさめることが出来できる。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
瑠璃さん! あわれんでおれ! お父さんは死に損ってしまったのだ! 死ぬことさえ出来ないような臆病者おくびょうものになってしまったのだ! お前の声を聞くと
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
持ち出せば、きみまでやっつけられると思っているのかね? きみは案外臆病者おくびょうものだね。安心したまえ、いくらなんでもきみまでやられるようなことはあるまいから
仮装観桜会 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
思切おもいきって坂道を取ってかかった、侠気おとこぎがあったのではござらぬ、血気にはやったではもとよりない、今申したようではずっともうさとったようじゃが、いやなかなかの臆病者おくびょうもの
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
私は考えたのだろう。先週の晩庭で聞いたと思ったあの足音のようなものだろう。暖炉の煙筒の影のようなものだろう。私は今ばかげた臆病者おくびょうものになりかけたのだろうか。
もう壁にぶっつかったようにペンをわしづかみにして、原稿紙をピリピリさせながら——この臆病者おくびょうもの卑怯者ひきょうもの、子供にも親にもひかれるこの偽者にせものめ——などと殴り書きした。
冬枯れ (新字新仮名) / 徳永直(著)
管仲かんちゅうが戦場でげたからとてただちにこれを卑怯ひきょうと批評し臆病者おくびょうものと判断し、しかして勇敢ゆうかんなれと忠告した者があったならば、おそらく彼は腹の底で笑うのみであったろう。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
この夢を見た夜は寝しなに続日本紀しょくにほんぎを読んだ。そうして橘奈良麻呂たちばなのならまろらの事件にひどく神経を刺激された、そのせいもいくらかあったかもしれない。臆病者おくびょうものはよくこんな夢を見る。
Liber Studiorum (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
もっとも今のうちは母がいるからかまいませんが、もう少しして、母が国へ帰ると、あとは下女だけになるものですからね。臆病者おくびょうものの二人ではとうていしんぼうしきれないのでしょう。
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
されば彼は同年らに臆病者おくびょうものと呼ばれ、少女情人らの噂にも働きなしとの評はあれど、父老らは彼をめ、彼を模範にその子を意見するほどなりき、しかして彼また決して臆病者にあらず
空家 (新字新仮名) / 宮崎湖処子(著)
自動車の意志は、さながら余に乗りうつって、臆病者おくびょうものも一種の恍惚エクスタシーに入った。余は次第に大胆だいたんになった。自動車が余を載せて駈けるではなく、余自身が自動車を駆ってせて居るのだ。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
並木通なみきどおりを片っぱしから乗りつくして、処女おとめはらもしばらく乗り回し、垣根かきねいくつかして(初めは跳び越すのがこわかったけれど、父が臆病者おくびょうもの軽蔑けいべつするので、やがてわたしも怖がらなくなった)
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
そんなことをいえば、臆病者おくびょうものと笑われるような気がしたからです。
(新字新仮名) / 新美南吉(著)
由来最大の臆病者おくびょうものほど最大の勇者に見えるものはない。
侏儒の言葉 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「しょうのない臆病者おくびょうものだね」
街の少年 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
「きみは臆病者おくびょうものだぞ」
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
そして、いつしか、だれいうとなく、りこうもの与助よすけは、「臆病者おくびょうもの与助よすけ」と、みんなからあだされるようになってしまったのであります。
おおかみと人 (新字新仮名) / 小川未明(著)
勇一君は、臆病者おくびょうものと言われるのは、いやですから、思いきって、舞台にあがってみようと考えました。
虎の牙 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
それにもかかわらず千坂対馬がみずからそれを買って出たことで、あきらかに一種の軽侮を感じた。しかし、それは対馬が合戦に出ることを嫌った臆病者おくびょうものという意味ではない。
城を守る者 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
もし、忠盛が、臆病者おくびょうものであったら、かならず過って、罪もない坊主を斬り殺していたにちがいない。剛胆ごうたん沈着ちんちゃく、武者たる者は、よろしくかれの如きであれ——と、いうのである。
臆病者おくびょうものの常として自分もしばしば高い所から飛びおりることを想像してみることがある。乾坤一擲けんこんいってきという言葉はこんな場合に使ってはいけないだろうが、自分にはそういう言葉が適切に思い出される。
Liber Studiorum (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
「どうだ? 臆病者おくびょうもの……」
冬枯れ (新字新仮名) / 徳永直(著)
ほかの子供こどもらは、みないぬといっしょになってあそんでいましたのに、その子供こどもだけは、どういうものか臆病者おくびょうもので、いぬるとこわがっていたのです。
少年の日の悲哀 (新字新仮名) / 小川未明(著)
併し、悪人でありながら非常な臆病者おくびょうものの私は、そこに少しの危険でも予想されたなら、決してそんな決心をしなかったのでしょうが、私の考えた計画には全く危険がなかったのです。
いや五人のおどろいたこと、あの時はてっきり臆病者おくびょうものと思ったればこそ、満座の中ではずかしめたのであるが、戦場の働きをみると臆病どころか、こんどの戦いずい一の功名をあげた勇士であった。
だんまり伝九 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「なんださるじゃないか、臆病者おくびょうものめ」
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「黄金仮面」の噂を精々せいぜい物凄く話し合うことよろしくあって、彼等が引込むと、この芝居の副主人公とも云うべき、非常な臆病者おくびょうものが登場し、暫く独白どくはくをやっている所へ、うしろの木立を分けて
黄金仮面 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「あいつは臆病者おくびょうものの腰ぬけだ」
だんまり伝九 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)