きずな)” の例文
女とちぎれば、くさりができる。周囲のきずなや、子も出来る。それらの者を養うためには、職を持って、心ならぬ権門へも付かねばならぬ。
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「これは人間どうしのきずなだ」と栄二は口の中で囁いた、「この寄場とおれを結ぶ絆だ、この絆は簡単に切れるもんじゃないんだ」
さぶ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
石動の町の医師をことづかりながら、三造は、見返りがちに、今は蔓草つるくさきずなったろう……その美女たおやめの、山のふもと辿たどったのである。
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
自分が解脱することはこのきずなを断ち切って彼女を夢より醒すことでもある。そして共に真実自由な涅槃ねはん海に落着けるのである。
宝永噴火 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
たといいまわしききずななりとも、この縄の切れて二人離れ離れにおらんよりはとは、その時苦しきわが胸の奥なる心遣こころやりなりき。
薤露行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
三界流転さんがいるてんのうち、離れ難きぞ恩愛のきずななる——といったような、子を持った親でなければわからない感情のために、お雪ちゃんが泣きました。
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
女のチャームというものが、習慣的なきずなから解き放されて、その力だけに働く事のできる生活がそこにはあるに違いない。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
私のような者一人をたよりに思召すのが断ち切れぬきずなになりまして、そのまま今も世に交わっておりますうちに自然に位などというものも高くなり
源氏物語:56 夢の浮橋 (新字新仮名) / 紫式部(著)
がこのときから彼女は、あらゆるきずなから脱したと思った。彼女は恋したかった。あまり遅れないうちに恋したかった。
先生と私との間には所謂師弟としてのきずなは浅くあったし、年の差以上の差が互の歴史性の上にあり、『文芸』にそのような短いものを書いたきりです。
こうしていては今にきずなに繋がれる、これはあぶないところだと、はっと気がつきますと眼をつぶって心を鬼にして
三人法師 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
二つの魂を包囲する愛のきずなこそは、相互の発達を促す最大の刺戟であり、従って両者の関係は永遠に伝わって行く。
あらためて名告なのるほどのものではないのですが、うしたふか因縁いんねんきずなむすばれているうえからは、とお自分じぶん素性すじょう申上もうしあげてくことにいたしましょう。
そうしたきずなを断ち切ってしまって、完全に「自分一個」の「自由」な「囚われない」生活をはじめたのであった。
沼畔小話集 (新字新仮名) / 犬田卯(著)
ただそれらのものが現世のきずなしばられると、たちまちに美と醜との反目の中に置かれてしまう。二元以外に出られないのが、現世における万物の命数である。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
「ご尤もなお頼み、親子のきずなほど深いものはござらぬ、遠慮はいり申さぬ、早速お逢わせ申しましょう」
こんなふうにして、へんなぐあいに私たちの魂は組み立てられ、こういうほんのちょっとしたきずなに引かれて私たちは、繁栄か破滅かに向って出発しようとしているのだ。
それは一切の人界のきずなを断ち切って、悪魔になりきってしまうためではなかったか。そういう考えが、伊志田氏は元より、一郎青年を恐怖と悲歎のどん底におとしいれた。
暗黒星 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
死んで地獄でも二人のあいだのきずなを断ち切ることは出来ないぞと幽霊に話したことだけは、自分でも明瞭に記憶しているし、自分よりも更にキッティのほうがよく知っている。
禁欲生活が道徳的にすぐれている理由もなく、又特に早く悟れる理由もありません。生活はその人の信条で生きるもので要するに何でもかまいませんが、愛欲のきずなもあきらめられない。
君は、人の心をむすびあわせておくことができる唯一ゆいいつきずなをきろうとしているんだ。考えること、感じることを、いっさいへだてなく分ちあえるのに、それをこわそうとしているのだ。
(新字新仮名) / ワシントン・アーヴィング(著)
ぶしつけな不遜ふそんな私の態度を御ゆるしくださいませ——なおもなおも深く身を焦さねばならぬ煩悩ぼんのうきずなにシッカと結びつけられながら、身ぶるいするようなあの鉄枠てつわくやあるいは囚舎の壁
死児を産む (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
この共同所有というきずなはそれだけでも彼の悩みのもっとも深刻なものであったが、そのほかに、彼はハイドを、生命力は強いにしても、どこか地獄の鬼のようなところばかりではなく
かつて野猪を幼時から育てた人の直話に、この物稠人ちゅうじん中によく主人を見出し、突然鼻もて腰を突きに来るに閉口した。きずなを解いて山へ帰るかと見るに、直ちに家へ還った事毎々だったと。
それは、綾にからまっているきずなを、ようやく解きほどいたという感じだった。
人魚謎お岩殺し (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
うるさいとか執念ぶかいとか思いながらも、彼女と自分とのあいだには切ることのできないきずながしっかりと結び付けられていたのであった。自分も無理にそれを振り切ろうとはしなかった。
両国の秋 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
恋愛よりも、親の愛、腹心の味方の愛、刎頸ふんけいの友の愛に近いものになる。そして背き去ることのできない、見捨てることのできない深いきずなにくくられる。そして一つの墓石に名前をつらねる。
それ以上山と人とのきずなの結び目とも言いたいほどのものであるのを感じた。
ある偃松の独白 (新字新仮名) / 中村清太郎(著)
男への愛着のきずなに引かされ、預金を引き出し引き出ししたのだった。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
新しいことを好むらしい諸君の頭の底には「花鳥諷詠」というきずなは脱却したい、すくなくとも脱却して考えて見たいというお考えが潜んでいるか知らんと考えるのであります。それはごもっともであります。
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
過去のわびしいきずなをたち切ることは、痛ましい仕事である。
「鳥たちには、関係はあってもきずなはないのですね?」
博士の目 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
命の緒も愛のきずなも切れました。どちらをも
今の絶対的なものへ向って行くあの気持には、あの人、この人と、思い出さるる、情やきずなは、すべて心の曇りになると思った。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかし、東京を離れて来て、復一が一ばん心で見直したというより、より以上のきずなを感じて驚いたのは、真佐子であった。
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
人知れず忍んできた同じ辛苦とたがいの憐憫れんびんとのきずなが、悲しいやさしみをもって二人をいっしょに結びつけていた。
魂と魂とが愛情のきずなで結ばれて居れば、それで立派な夫婦であり、智能的には、必ずしも同一程度であるを要しない。愛はいかなる距離をも結合する力がある。
やッと信仰をつなぎますのも、あの鐘を、鳥のつついた蔓葛つたかずらつるしましたようなもの、鎖もきずなも切れますのは、まのあたりでござります。それまでおこらえなさりまし。
夜叉ヶ池 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そのとき彼は、自分と宇乃とが眼に見えないきずなで、固く、しっかりとむすびつけられたように感じた。
とにかく僕と千代子の間には両方共物心のつかない当時からすでにこういうきずながあった。けれどもその絆は僕ら二人を結びつける上においてすこぶる怪しい絆であった。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
子というきずなに引かれて出家のできぬことすら不幸な運命であると残念がられる宮でおありになったから、まして普通の人がするような再婚などを今さらしようとは思わぬ
源氏物語:47 橋姫 (新字新仮名) / 紫式部(著)
この世に、親子、夫婦の愛情のきずなほど強くひかれるものはない。わしはもう戦もいや、浄土を
この小都を震駭しんがいさせた大火災のあとですから、人心は極度に緊縮されてはいるけれど、土地そのものが本来、そういった艶冶えんやの気分をそなえているものであれば、きずなを解かれて
大菩薩峠:31 勿来の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
上人のような高徳のひじりでさえ、此の山へ逃げて来られる以前には、有りと有らゆる浮世の煩悩に苦しめられて、其のきずなを断ち切るまでに、長い間の観行かんぎょうを積まれたのだそうである。
二人の稚児 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
肉体にくたい死後しごきつづいて、ってもれぬ因縁いんねんきずなむすばれてるのでございます。
そして、この様な夫人の弱味を握ったことを彼女との間の永久のきずなとして、ひそかに喜んだかも知れないのだ。彼の夫人に対する一種のあこがれは、この数日の間に、それ程までに育てられていた。
一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
そこであらゆるきずなを絶って、自由に
だが、ここはきずなって卯木夫婦を武門の外へわざと勘当同様に追いやったのだ。……そなたも情にひかれてはならぬ。
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いっそ旅に出ようか、普通通りすがりの旅客として水辺の旅館に滞在するならば、なんのきずなも出来るわけはない。
河明り (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
過去の恋愛に二人を結び付けるきずなが断たれるのは、いっしょになってる二人にとっては大なる不幸である。