稼業かぎょう)” の例文
「フーム、面白いな。番頭の言い草は『娘を口説くどけ』と言わぬばかりだ。おかぴきなんてものは、あまり人様に好かれる稼業かぎょうじゃないが」
銭形平次捕物控:282 密室 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
男は自分ひとりのような顔をしていて、裏にうらのある、そんな稼業かぎょうのものの真唯中まっただなかに飛んだ恥をらすようなことがあってはならぬ。
狂乱 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
こちとらあしがねえ稼業かぎょうには相違ねえが、それでも、板の久助といやあ、ちったあ人様に知られもし、可愛がられもしたもんだ。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「先でも、使い馴れていた稼業かぎょう道具をくして、困っていたところなんで、話してやったら大よろこびさ。で、今ここへ連れてきたからね」
鳴門秘帖:05 剣山の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
親代々家の稼業かぎょうが金山の金掘りでござんしたのでな、しょっちゅう日の目の当たらない地の中へもぐっていたせいか、あっしでちょうど七代
蝶子は一層ヤトナ稼業かぎょうに身を入れた。彼女だけには特別の祝儀を張り込まねばならぬと宴会の幹事が思うくらいであった。
夫婦善哉 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
わたし風情ふぜいで、これだけのお金をふだんこうして肌身につけていられるくらいなら、こんな稼業かぎょうをしておりません、これはお他人様ひとさまのお宝なのよ。
大菩薩峠:36 新月の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
上手うわてがどうしたの下手したてがどうしたの足癖がどうしたのと、何の事やらこの世の大事のごとく騒いで汗もかず矢鱈やたらにもみ合って、稼業かぎょうも忘れ、家へ帰ると
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
ここの家なんか、こんな稼業かぎょうをしているけれど、めいめい自分の生活については、相当苦しんでもいるんだからね
挿話 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
彼は船乗り稼業かぎょうをしていて、ヘスペリディーズの庭のことは、なんでも知っています。というのは、その庭は、彼がいつも出かけて行く島にあるのですから。
そう思って自分もしきりに勧めているのではあるが、また考えて見ると、人にもよれ六三郎はこうした稼業かぎょうに不似合いな、ふだんから身体もかよわい方である。
心中浪華の春雨 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
試験所前のまげものや折箱おりばここしらえる手工業を稼業かぎょうとする家のはなれの小座敷ざしきを借りて寝起きをして、昼は試験所に通い、夕飯後は市中へ行って、ビールを飲んだり
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
向後きょうこう稼業かぎょうを構うと云われては困ります、何も銭金をお貰い申しに参った訳ではありませんから、当期此方の台所だいどこの隅へ置いて下さい、五年掛るか十年掛るか知れませんが
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
漁師という稼業かぎょうを憎んだことだろう、それでもやっぱり、ああして漁をする者が絶えないんだな
さぶ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
こんな稼業かぎょうをしてるんだから、いつまでも——一生その人にじょうを立ッて、一人でいることは出来ないけれども、平田さんを善さんと一しょにおしでは、お前さん済むまいよ。
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
で主人は、このお客はきっと、自分の稼業かぎょう邪魔じゃましようとしてこんなことを言うのだろうと思いました。で、やっぱり前夜と同じように腹を立てて、大きな声で言い返しました。
神様の布団 (新字新仮名) / 下村千秋(著)
良人を定めずして多数の異性に接する稼業かぎょうの女の心持などは、どういう所に心の平衡を取って自己を安んじ羞恥しゅうちおさえていることが出来るのか、それらについても経験を聞きたい。
私の貞操観 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
それから、「血痕だ」「いや血痕でない」と、主人はあくまで稼業かぎょうの触りを恐れて事を荒立てまいとするし、河野も自説を取ってくだらず、はしなくも、変てこな論争が初まったものです。
湖畔亭事件 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「何ねこう老いぼれちゃ、こんな稼業かぎょうをやってるがてんでうそなれど、事務長さんとボンスン(水夫長)とがかわいそうだといって使ってくれるで、いい気になったがばちあたったんだね」
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
一時のがれの出鱈目でたらめを云い、姉や兄貴を煙に巻いてでもいるだろうか? 千束町でいやしい稼業かぎょうをしている実家、そこの娘だと云われることをひどく嫌って、親兄弟を無智むちな人種のように扱い
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
そればかりか私の家なぞは祭りと言っても別段何をするのでもないのに引き替えて商家では稼業かぎょうを休んでまでも店先に金屏風きんびょうぶを立て廻し、緋毛氈ひもうせんを敷き、曲りくねった遠州流の生花を飾って客を待つ。
山の手の子 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
... いいなさるものじゃありませんよ)(なあに、かまやしないよ、わしは、若いとき井戸掘りで渡世とせいしていたんだから)(だって、あまり名誉な仕事でもないわ)(そんなことはない。第一、お前もわしが井戸掘り稼業かぎょうを ...
未来の地下戦車長 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そんなやせっこけた腕でできる稼業かぎょうじゃねえ
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
半公認の稼業かぎょうにしているのだった。
ヤトラカン・サミ博士の椅子 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
よろず喧嘩買い入れ申し候、は実にふざけ切っているようで、これが決してふざけているのではない、正真正銘しょうしんしょうめい真面目まじめ稼業かぎょうなので——。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「ではそちも、鏃鍛冶やじりかじとは世をあざむく稼業かぎょうで、まことは蚕婆とおなじように、人穴城ひとあなじょう見付みつけをいたしているのであろうが!」
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
女衒は人を買って人を売る公然の稼業かぎょうです。かどわかしは法網をくぐりながら、人を盗み、人をさらって売る暗い稼業かぎょうです。
「お前、いつまでもこんな稼業かぎょうをしていたって仕方がないじゃないか。早く足を洗って堅気にならなけりゃいけないよ」
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
なるほど、泥棒は人のものをただ取る稼業かぎょうだが、そのかせぎ高は知れたものだ。そうしてその運命も知れたものだ。
大菩薩峠:25 みちりやの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
単に情痴といってわらってしまえないような、人間愛慾の葛藤かっとうで、それが娼婦型しょうふがたでないにしても、とかく二つ三つの人情にほだされやすいこの稼業かぎょうの女と
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
源吉の鼻をあかさなきゃア、この稼業かぎょうは今日限りしだ。足を洗って紙屑かみくず拾いでも何でもやりますよ
文子はそのころもう宗右衛門町の芸者で、そんな稼業かぎょうとそして踊りに浮かれた気分が、幼な馴染なじみの私に声を掛けさせたといえましょうが、しかし、私はうれしかった。
アド・バルーン (新字新仮名) / 織田作之助(著)
小流れは谷窪からく自然の水で、復一のような金魚飼育商しいくしょうにとっては、第一に稼業かぎょうりどころにもなるものだった。その水をえだにひいて、七つ八つの金魚池があった。
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
子供心にも不思議に思って、だんだん聞いて見ると、これは市ヶ谷へんに屋敷を構えていた旗下はたもと万騎まんぎ一人いちにんで、維新後思い切って身を落し、こういう稼業かぎょうを始めたのだという。
思い出草 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
ああもう僕も、いよいよ役者稼業かぎょうに乗り出すのか、と思ったら、ほろりとした。
正義と微笑 (新字新仮名) / 太宰治(著)
かれのふしぎなゆすり稼業かぎょうによって得た資金によって、適法に買い入れたものである。その土地の多くは、戦災によって焼け野原となった二百坪三百坪のあき地で、そこには必ず古井戸があった。
影男 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「恐れ入ります。なにを申すも人気稼業かぎょうの芸人でござりますゆえ。穏便なお計らいくださりますればしあわせにござります」
右門捕物帖:23 幽霊水 (新字新仮名) / 佐々木味津三(著)
(——立ち騒ぐことはない、おまえたちは稼業かぎょうを守っておればよい。これは国内大乱とはちがう。安心して土着しておれ)
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
また、いくらかでも稼業かぎょうが立ちなおってきたら、根こそぎ手放してもよいのだ。こう思って、その後家さんの金の中から入要いりような分だけ借りておいたのだ。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
稼業かぎょうを休んでさ——年に一度か二度のお祭なら仕方がねえが、見たところ、これは決してお祭じゃねえんだ。
大菩薩峠:36 新月の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
夜の稼業かぎょうに疲れて少時間の眠りを取ろうとする女たちを困らせていたのはもちろん、起きているものの神経をも苛立いらだたせ、頭脳あたましびらせてしまうのであった。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
この稼業かぎょうをしてからざっと十年、もう男の厄はとうに越しましたが、腕っ節の良いのと、人間の甘い外には取柄がなく、何時いつまでっても、鼠をらぬ猫に例えられる
ことさらにああいう稼業かぎょうの女はそんな嫉妬がましいことをいう男に対して厭気をさすのである。
霜凍る宵 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
うぬれの強いかの女はまた、莫迦ばか莫迦しくひがみやすくもある。だが結局人夫にんぷは人夫の稼業かぎょうから預けられた土塊つちくれや石柱をかかえ、それが彼等かれらの眼の中にいっぱいつまっているのだ。
かの女の朝 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「当りまえなことばかり云いなさるな。店の稼業かぎょうどころではない。……そうだ、曾呂利どの、おまえは見かけなかったか」
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
もみ療治稼業かぎょうの座頭ふぜいには、どう考えても不似合いな大刀が、それも十数本飾りものとなっていたんですから、まったく不審千万! ぶきみ千万——
喜左衛門は髪も白いほうが多く、六十の声をかなり前に聞いたらしい年配だが、富五郎は稼業かぎょうがら、おまけに今でも自ら重いつちを振っているだけあった。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
甲府の御城内でお歴々のお方をとりこにして、今は玉の輿こしという身分でたいした出世なのに、わたしたちなんぞは、いつまでもこんな稼業かぎょうをしていなけりゃならない
大菩薩峠:10 市中騒動の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
法律で保護されていていないような状態におかれていた時代は永く続き、悪桂庵あくけいあんにかかり、芸者に喰われても、泣き寝入りが落ちとなりがちな弱い稼業かぎょうでもあった。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
用心棒においた居候の浪人、松平源左衛門というのが、ズルズルべったり、祝言しゅうげんなしで後家ごけのお駒といっしょになり、平松屋と暖簾のれんを染め直して、金貸稼業かぎょうをつづけたが、不思議なことに
銭形平次捕物控:282 密室 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)