瞥見べっけん)” の例文
自分はああいう巨石運搬についての詳しい事情は知らないが、専門家の研究を瞥見べっけんしたところによると、結局は多衆の力によるらしい。
(新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
「君が見ないさきに僕が拝見するのは失礼だと思ったから、ほんのちらと瞥見べっけんしたばかりだが、でも、桜の花のような印象を受けた。」
佳日 (新字新仮名) / 太宰治(著)
とにかく吾輩は寝室の障子をあけて敷居の上にぬっと現われた泥棒陰士を瞥見べっけんした時、以上の感想が自然と胸中にき出でたのである。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
恐らく鳴尾君の讃美歌は天上のエホバの御座みくらにまでとどいたことであろう。私は時に鳴尾君の祈祷きとうの姿を瞥見べっけんすることがあった。
西隣塾記 (新字新仮名) / 小山清(著)
瞥見べっけんの美である。目を撃つ美で、観照すべき美ではない。ぬれ羽色の髪に、つげのくしの美しさは見れば見る程味の出る美である。
新古細句銀座通 (新字新仮名) / 岸田劉生(著)
その重々しさは四条派の絵などには到底見られないところで、却って無名の古い画家の縁起絵巻物などに瞥見べっけんするところである。
光子は涙浮びたる眼を開きて、わずかに老婦人を瞥見べっけんせるのみ、打戦うちおののきて手足をすくめ、前髪こぼれて地に敷くまで、こうべを垂れて俯向うつむきぬ。
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ブーラトリュエルというのは、あのモンフェルメイュの道路工夫で、本書の暗黒なる場面において読者が既に瞥見べっけんした男である。
ようやく近ごろ酔眼朦朧もうろうとして始めて這個しゃこの消息を瞥見べっけんし得たるに似るがゆえに、すなわちこの物語に筆を執りいささか所懐の一端を伸ぶ。
貧乏物語 (新字新仮名) / 河上肇(著)
恐ろしい真実を瞥見べっけんしたようにも思われ、芝居と思わない芝居を見せられたようでもあり——佃に、この懐疑の責任はあった。
伸子 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
とろりと白いあぶらを流したような朝凪あさなぎの海の彼方、水平線上に一本の線が横たわる。これがヤルート環礁かんしょうの最初の瞥見べっけんである。
その霧の中に、チラ/\と時折、瞥見べっけんするものは、半面紫色になった青年の死顔と、艶然えんぜんたる微笑を含んだ夫人の皎玉こうぎょくごとき美観とであった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
ガルシンの生涯と芸術が、「異常にとぎすまされた道徳的敏感さ」によって貫かれていたことは、以上の瞥見べっけんからも容易に導きうる結論である。
ワルトンの言葉に薄笑いを浮べて居たジョーンは、しゃくるような瞥見べっけんをワルトンに送った後、小声でアイリスに言った。
決闘場 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
その結果、次第に意識的に、霊界通信を行い得るようにもなり、又る程度の霊視能力を恵まれて、折ふし他界の状況を瞥見べっけんすることにもなる。
あらゆる旋律メロディーの句調に和合し得て、さらに流動自由な歌のようである声——それをクリストフは味わって以来、新芸術の美を瞥見べっけんしたのであった。
それらの宝蔵を瞥見べっけんしただけでも、多少のありがた味を感じないわけにはいかなかったが、それも今の私の気分とはだいぶ距離のあるものであった。
蒼白い月 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
この美しい熔岩流が今まで外部からのみ瞥見べっけんされ、たれにも開かれずに秘められていたことを思うと、この処女谷を発見し得た私のさいわいと喜びは大きい。
雲仙岳 (新字新仮名) / 菊池幽芳(著)
もっとも高橋君のは昔発表せられた時瞥見べっけんして、舞台に上すには適していぬと云うことだけは知っていた。そう云うわけで、私は両君の影響を受けてはいない。
不苦心談 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
梶子はその間に瞥見べっけんしただけではあったが、ともかくも一度親しく見たところの、瀬戸内海の黄金島の地図——それについて、その存在所を確かめにかかった。
猫の蚤とり武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
いな、一月に一度ぐらいは引き出されて瞥見べっけんされた事もあったろう、しかし要するに瞥見たるに過ぎない
小春 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
そのウガチを主な目的として居るところの著作数種を瞥見べっけんしますれば、左母二郎のような人間がしばしば描かれて居るのを発見するに難くないのでありますから
あの高麗丸から海岸の西瓜の山を瞥見べっけんしてそれこそ子供のように小躍りした鮮新さや、青や白や鼠色ランチの馳せちがう、やや煙で黒っぽい油絵風の画趣からも
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
従って私はただ、その量及び価値を左右する一般的諸法則のあるものを瞥見べっけんするに止めるであろう。
先夜瞥見べっけんしたいたちといい、雲雀といい、そんな風な動物が今はこの街に親しんできたのであろうか。
永遠のみどり (新字新仮名) / 原民喜(著)
彼は永劫えいごう瞥見べっけんするけれども、目には舌なく、言葉をもってその喜びを声に表わすことはできない。彼の精神は、物質の束縛を脱して、物のリズムによって動いている。
茶の本:04 茶の本 (新字新仮名) / 岡倉天心岡倉覚三(著)
往きに一昼二夜、復えりに一昼夜、皮相ひそう瞥見べっけんした札幌は、七年前に見た札幌とさして相違を見出す事が出来なかった。耶蘇教やそきょう信者が八万の都府とふに八百からあると云う。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
或日商人某が柳原の通をゆくと一人の乞丐こじきこもの中に隠れて煙草を喫んでいるのを瞥見べっけんして、この禁煙令はいまに破れると見越みこしをつけて煙管を買占めたという実話がある。
三筋町界隈 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
前岸に出没するの人影は後岸に立つ人の眼中には容易にこれを瞥見べっけんしうるがごとしといえども
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
彼は此等これらの光景が見えなくなろうとする前、今一度振向いて最後の瞥見べっけんをなした。操人形あやつりにんぎょうの様な紳士は降り立っても同じ事を繰返して居た。刑事と車掌は何か云ってった。
乗合自動車 (新字新仮名) / 川田功(著)
ワグナーの伝記を瞥見べっけんするといたいけな少年時代から、天下を敵としてたたかった中年期、功成り名げた晩年に至るまでそれは一篇血紅けっこうの奮闘史であり、獅子ししの魂のあがきであり
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
皆はこの時只黒い棒杭ぼうぐいのような浮游物ふゆうぶつ瞥見べっけんした。やがてこんな時に迷信を持ちたがる久野が「今日は勝った」と言い出したが、それが何だか妙な不安を与えたことも争われなかった。
競漕 (新字新仮名) / 久米正雄(著)
この目的のためにしばしばこの女の住居すまいの近所を徘徊はいかいして容子ようす瞥見べっけんし、或る晩は軒下のきしたに忍んで障子に映る姿を見たり、戸外にれる声をぬすいたりして、この女の態度から起居振舞たちいふるまい
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
半蔀几帳はじとみきちょうの屋内より出でて、忽ち築地ついじ透垣すいがいの外を瞥見べっけんする心地する。
『新訳源氏物語』初版の序 (新字新仮名) / 上田敏(著)
吾々はまず肯定的批判を瞥見べっけんして後、否定的批判を見よう。
ヘルモン山頂の変貌はその瞥見べっけんでありました。
このスウプを瞥見べっけんするや否や
垣間かいま見ることができ、瞥見べっけんすることができるならば、彼女らはすべてを捨てて顧みず、すべてを冒し、すべてを試みたであろう。
しかし自分が最近に中央線の鉄道を通過した機会に信州しんしゅう甲州こうしゅうの沿線における暴風被害を瞥見べっけんした結果気のついた一事は
天災と国防 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
この機をはずすととうてい目的は達せられぬと、ちらつく両眼を無理にえて、ここぞと思うあたりを瞥見べっけんすると女が四人でテニスをしていた。
趣味の遺伝 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
私は彼を公判延で瞥見べっけんした時に、彼を倒さないまでも、セメて恨みの一撃を与えなかったことを今更痛切に後悔します。
ある抗議書 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
んじ疲れて、懈怠けだいの心が起ろうとする時、頭をもたげて燈光の中に先生の黒いせたお顔を瞥見べっけんすると、いまにも
惜別 (新字新仮名) / 太宰治(著)
オリヴィエの心の中に瞥見べっけんしたものから、彼女がことに狼狽ろうばいさせられた訳は、ちょうどそのころ彼女は、ある男子連の追求を苦しんでいたからである。
チラリと新聞で「ナップ」解散の報道を瞥見べっけんしたばかりの時であったし、誰かからもっとはっきり状況についての説明を聞くということも不可能な環境であったから
鈍・根・録 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
「私は瞥見べっけんしただけで正確のところは云われませんが同一のものらしく見えました」
沙漠の古都 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
高麗丸船上から、この朝、私たちが瞥見べっけんした、あの濛々もうもうたる黒煙を吐いていた五、六本の大煙突の立つ真岡工業会社の内部に、私たちは今まさに、兢々きょうきょう然たる胎内くぐりをやっているのだ。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
この詩を瞥見べっけんすれば、抽斎はその貧に安んじて、自家じか材能さいのうを父祖伝来の医業の上に施していたかとも思われよう。しかし私は抽斎の不平が二十八字の底に隠されてあるのを見ずにはいられない。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
かつ全部の作曲家を網羅もうらすることは、本書のくわだてにおいては無意味に属するので、それらの大部分は歌劇作曲家並びに現存作曲家の全部と共に、ことごとく本記に割愛かつあいし、ここに音楽史的に瞥見べっけんして
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
……さうした一切がほんの一瞬間の瞥見べっけんであつた。
灰色の眼の女 (新字旧仮名) / 神西清(著)
彼は不思議な境地を瞥見べっけんした。そして適当な視点に置いてそれらを見なかったので、何だか渾沌界こんとんかいを見るような心地だった。