白妙しろたえ)” の例文
「万字楼の白妙しろたえさんは、かわいそうなことを致しました、ほんとにお気の毒でございますよ、まあ、なんて運が悪いことでしょう」
大菩薩峠:19 小名路の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
寺と海とが離れたように、を抜いてお話しましょう。が、桃のうつる白妙しろたえの合歓の浜のようでなく、途中は渺茫びょうぼうたる沙漠のようで。……
甲乙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
萌黄緞子もえぎどんすの胴肩衣かたぎぬをつけ、金の星兜の上を立烏帽子たてえぼし白妙しろたえの練絹を以て行人包ぎょうにんづつみになし、二尺四寸五分順慶長光の太刀を抜き放ち、放生ほうしょう月毛と名づくる名馬に跨り
川中島合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
夜もすがら篝火かがりびにいぶされていた墨の富士は、暁と共に、茜色あかねいろうつし、信長が本巣湖もとすこを出立する頃は、飛ぶ雲すらない一天に、くっきりと白妙しろたえの全姿を見せて
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
流れの面に、落ちては輪を描くみぞれ白妙しろたえに、見紛う色のみやこ鳥をながめながら、透きとおるほどの白魚を箸につまんだ趣は、どんなに風流なことであったろう。
みやこ鳥 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
白妙しろたえ岩の上からは、赤沢のもくもくと盛り上った闊葉樹林の緑の波を脚下に俯瞰したのであった。
秩父のおもいで (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
福慈の神に出会い一目それをわが娘と知るや無我夢中になってしまって、矢庭やにわに掻き抱こうとした旅塵の掌で、危うく白妙しろたえいつきの衣をけがそうとして、娘に止められて気が付いたほどである。
富士 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
我養家は大藤村の中萩原なかはぎわらとて、見わたす限りは天目山てんもくざん大菩薩峠だいぼさつとうげの山々峰々垣をつくりて、西南にそびゆる白妙しろたえの富士のはをしみて面かげをしめさねども、冬の雪おろしは遠慮なく身をきる寒さ
樋口一葉 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
白妙しろたえのもちひを包むかしは葉の香をなつかしみくへど飽かぬかも
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
都もひなおしなべて白妙しろたえる風雪の夕
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
俯向うつむいて、我と我が口にその乳首を含むと、ぎんと白妙しろたえ生命いのちを絞った。ことこと、ひちゃひちゃ、骨なし子の血を吸う音が、舞台から響いた。
木の子説法 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
白妙しろたえも一座へ招いて、芸者を呼んで、もう一騒ぎしよう、そして今夜はほどよく切り上げて拙者は帰る」
大菩薩峠:17 黒業白業の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
入川谷の深林美を俯瞰する地点として、両門岩に比すきものに、十文字峠途上の白妙しろたえ岩がある。
秩父の渓谷美 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
西の甲武こうぶ連山はあかねにそまり、東相豆そうずの海は無限の紺碧こんぺきをなして、天地はくれないこんと、光明とうすやみの二色に分けられ、そのさかいに巍然ぎぜんとそびえているのは、富士ふじ白妙しろたえ
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「それぢや。……桜の枝にかかつて、射貫いぬかれたとともに、白妙しろたえは胸を痛めて、どつと……息も絶々たえだえとこに着いた。」
妖魔の辻占 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
一瞬の気まずいもだし合いのなかにチラと見ると、女は良家の内室らしい白妙しろたえ喪服もふくがかえって似合わしく、臙脂白粉気べにおしろいけがなくてさえ、なんとも婀娜あだなまめきをその姿は描いている。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
白妙しろたえさんのお客様が、御急病でいらっしゃいます」
大菩薩峠:17 黒業白業の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
さて住吉の朝ぼらけ、白妙しろたえの松のの間を、静々ともうで進む、路のもすそを、皐月御殿さつきごてんいちの式殿にはじめて解いて、市の姫は十二人。袴を十二長く引く。……
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
富士の白妙しろたえ銀細工ぎんざいくのものなら、とッくに見るかげもなく、くすぶッてしまったところだ。見よ、さしも人穴ひとあな殿堂でんどうすべて灰燼かいじんし、まるでおに黒焼くろやき巌々がんがんたる岩ばかりがまっ黒にのこっている。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あまつさえ、目にさわやかな、敷波の松、白妙しろたえなぎさどころか、一毛の青いものさえない。……草も木も影もない。
開扉一妖帖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
黄なるを折らん 白妙しろたえ
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
娘の色の白妙しろたえに、折敷おしきの餅はしぶながら、五ツ、茶の花のように咲いた。が、私はやっぱり腹が痛んだ。
栃の実 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
大島守のやしきに、今年二十になる(白妙しろたえ。)と言つて、白拍子しらびょうしまいだれの腰元が一人あるわ——一年ひととせ……資治卿を饗応の時、酒宴うたげの興に、此の女がひとさし舞つた。
妖魔の辻占 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
玉なめらかに、きめ細かに、白妙しろたえなる、乳首の深秘は、かすかに雪間のすみれを装い、牡丹冷やかにくずれたのは、その腹帯の結びめを、伏目に一目、きりきりと解きかけつつ
神鷺之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ドア開放あけはなした室の、患者無しに行抜けの空は、右も左も、折から真白まっしろな月夜で、月の表には富士の白妙しろたえ、裏は紫、海ある気勢けはい。停車場の屋根はきらきらと露が流れて輝く。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
見る見るうちに数がえて、交って、花車を巻き込むようになると、うっとりなすった時、緑、白妙しろたえ紺青こんじょうの、珠を飾った、女雛めびなかぶる冠を守護として、はかま練衣ねりぎぬの官女が五人
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
かたえに忍びてやりすごし、なおも人なき野中の細道、薄茅原すすきかやはら、押分け押分け、ここは何処いずこ白妙しろたえの、衣打つらんきぬたの声、かすかにきこえて、雁音かりがねも、遠く雲井に鳴交わし、風すこし打吹きたるに
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
すがりついて攀上よじのぼるように、雪の山を、雪の山を、ね、貴方、お月様の御堂をあてに、氷にすべり、雪を抱いて来なすって、伏拝んだ御堂から——もう高低たかひくはありません、一面白妙しろたえなんですから。
たてに、ななめに、上に、下に、散り、飛び、あおち、舞い、漂い、乱るる、雪の中に不忍の池なる天女の楼台は、絳碧こうへきの幻を、うつばりの虹にちりばめ、桜柳の面影は、靉靆あいたいたる瓔珞ようらく白妙しろたえの中空に吹靡ふきなびく。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
くるわへ近き畦道あぜみちも、右か左か白妙しろたえ
湯島の境内 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)