田舎者いなかもの)” の例文
この点で科学者は、普通の頭の悪い人よりも、もっともっと物わかりの悪いのみ込みの悪い田舎者いなかものであり朴念仁ぼくねんじんでなければならない。
科学者とあたま (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
田舎者いなかものじゃあるまいし、——気が利かないにも、ほどがあるぜ。だが何だってまた、あんな所で、飛び降りなんぞしたんだろう。」
妖婆 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ピカルディーの田舎者いなかものの目が有し得るすべての輝きが、フォーシュルヴァンのひとみをよぎった。ある考えが彼に浮かんできたのである。
「まアだまって、わっしについておいでなさい。どうせあなたがたは、甲州こうしゅう田舎者いなかもの、都のみちは、ごあんないじゃありますめえが」
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
うと/\としてめると女は何時いつの間にか、となりの爺さんとはなしを始めてゐる。此ぢいさんはたしかに前の前の駅から乗つた田舎者いなかものである。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
おまえさんのような田舎者いなかものには、ここは、ちとぜいたくすぎるようなところなんだよ。ここは、人間にんげんかねをかけてつくっている温室おんしつなのさ。
みつばちのきた日 (新字新仮名) / 小川未明(著)
父祖は、ずっと東方のバクトリヤ辺から来たものらしく、いつまでたっても都のふうになじまぬすこぶる陰鬱いんうつ田舎者いなかものである。
木乃伊 (新字新仮名) / 中島敦(著)
その身体全体からは、重々しい活気と田舎者いなかものめいた健康との印象を人に与えた。母といっしょに暮らしていて、たいへん母を大事にしていた。
「なんの、お前様にお礼を言われるようなことをすべえ、行届かねえ田舎者いなかものですから、面倒めんどうを見てやっておくんなさいまし」
店へ来る客の中に、過般いつか真桑瓜まくわうりを丸ごとかじりながら入つた田舎者いなかものと、それから帰りがけに酒反吐さけへどをついた紳士があつた。
蠅を憎む記 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
リストの大袈裟おおげさなジェスチュア、儀礼、人をそらさぬお世辞——すべてそれは、田舎者いなかもののブラームスには、我慢のならないものであったに相違あるまい。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
……何せまだ字もろくに読めないほんの田舎者いなかものの小娘でござりまするで、……大層綺麗きれいな紙に書いて下さった、と云って、いやもう、とても喜びましてな。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
わば口重く舌重い、無器用な田舎者いなかものでありますから、濶達かったつな表現の才能に恵まれているはずもございません。
風の便り (新字新仮名) / 太宰治(著)
「でもどうかね、どんなに美しい娘だといわれていても、やはり田舎者いなかものらしかろうよ。小さい時からそんな所に育つし、頑固がんこな親に教育されているのだから」
源氏物語:05 若紫 (新字新仮名) / 紫式部(著)
「それから、君、イとエの発音がちがっていなくッちゃいけないぜ。電車の中で小説を読んでいるような女の話を聞いて見たまえ。まず十中の九は田舎者いなかものだよ。」
十日の菊 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
彼はまごまごしていて田舎者いなかものと笑われないようにと、西洋料理へ往ったときに朋友ともだちの云ったことばをそのまま用いて料理を二皿ふたさらとビールを註文ちゅうもんすると、婢が出て往ったので
牡蠣船 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
妻はご存じの田舎者いなかものにて当今の女学校に入学せしことなければ、育児学など申す学問いたせしにもあらず、言わば昔風の家に育ちしただの女が初めて子を持ちしまでゆえ
初孫 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
なにかにつけては美学びがく受売うけうりをして田舎者いなかものメレンスはあざやかだからで江戸ツ子の盲縞めくらじまはジミだからでないといふ滅法めつぱふ大議論だいぎろん近所きんじよ合壁がつぺきさわがす事少しもめづらしからず。
為文学者経 (新字旧仮名) / 内田魯庵三文字屋金平(著)
下女は田舎者いなかものとて不審顔に「あれはあんだんべい」大原それを見て「泥棒だ、和女おまえたちが家を ...
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
確かに間違うやつもないものだが人間は田舎者いなかものまる出しの朴訥者ぼくとつものだ。こいつは嘘はいわないと文次はにらんだが、念のため、饗庭の屋敷でどんな人が出て受け取ったかと尋ねると
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
……へんッお前さんなんぞのような田舎者いなかものに江戸ッ児が馬鹿にされてたまるものか
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
ちょうど時は四月の半ば,ある夜母が自分と姉に向ッて言うには,今度清水しみず叔父様おじさまがお雪さんを連れてうちへ泊りにいらッしゃるが,お雪さんは江戸育ちで、ここらあたりの田舎者いなかものとは違い
初恋 (新字新仮名) / 矢崎嵯峨の舎(著)
田舎者いなかものめが、都会に出て来て茶屋遊の ABC を学んで居るなんて、ソンナ鈍いことでは生涯役に立たぬぞと云うような調子で哦鳴がなり廻って、実際においてその哦鳴る本人は決して浮気でない。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
ある日、千葉家の玄関先へ、一人の田舎者いなかものがやって来た。着ている衣裳は手織木綿ておりもめん、きたないよれよれの帯をしめ冷飯草履ひやめしぞうりを穿いていた。たけは小さく痩せぎすで、顔色あかぐろく日に焼けていた。
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
小倉は行く先を忘れた田舎者いなかもののように当惑げにそこへ突っ立っていた。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
それは野村の妻や子供を見たことのないミネの向うみずだったかも知れない。田舎者いなかもののように気のかぬ感じの野村、口ではいえず、手紙にかいてよこした野村の小気さ、それがミネの心をひいた。
妻の座 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
すくなくも彼はその百姓らを相手にする田舎者いなかものである。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「おい。おい。左の手を放そうものなら、あの田舎者いなかものは落ちてしまうぜ。落ちれば下には石があるし、とても命はありゃしない。」
仙人 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
その「たくだ」がむつかしくてわからず、また田舎者いなかものの自分にはその「つくばい」がなんだかわからなくて聞いたのであった。
思い出草 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
それはウーゴモンに住んで園丁をやっていた田舎者いなかものだった。一八一五年六月十八日に、彼の家族の者は逃げ出して森の中に隠れてしまった。
けれども田舎者いなかものだから、此色彩がどういふ風に奇麗なのだか、くちにも云へず、筆にも書けない。たゞ白い方が看護婦だと思つた許りである。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
ポッと出の田舎者いなかもののくせに、身に引受けてみようとは、なんという豪胆な言い分だろう、豪胆でなければ、向う見ずの極だ。
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
田舎者いなかものばばは、巧みにものを申すことができませぬ。正直にもうしまするで、お怒りくだされますな。——殿のおすがたを
新書太閤記:04 第四分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
都会の人たちと違って、田舎者いなかものの三十六と言えば、もう孫が出来ている年頃だ。からかっちゃいけません。
春の枯葉 (新字新仮名) / 太宰治(著)
ガマーシュもまた食卓の勇者で、無作法で田舎者いなかもので多血質であって、丈夫でない人々を、食うことも飲むこともできない人々を、パリーのいじけた者どもを、軽蔑けいべつしきっていた。
少将は心に少し田舎者いなかものらしいことを言うとは思ったが、うれしくないこともなさそうな表情をして聞いていた。大臣になる運動費でも出そうと言ったことだけはあまりな妄想もうそうであるとおかしかった。
源氏物語:52 東屋 (新字新仮名) / 紫式部(著)
しかしこんな田舎者いなかものに弱身を見せるとくせになると思ったから、なるべく大きな声をして、少々巻き舌で講釈してやった。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それを、うっかりと見とれていたこっちが田舎者いなかもの! それよりも、たとえ豆のような人影にしろ、人命二つの浮き沈みの方が遥かに大事であった。
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
田舎者いなかものの自分の目には先生の家庭がずいぶん端正で典雅なもののように思われた。いつでも上等の生菓子を出された。
夏目漱石先生の追憶 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
そして若くもなく老年でもなく、美しくも醜くもなく、田舎者いなかものでも町人でもないひとりの女が、彼の用を足していた。
それは油気のない髪をひっつめの銀杏返いちょうがえしに結って、横なでのあとのあるひびだらけの両ほおを気持の悪い程赤く火照ほてらせた、如何いかにも田舎者いなかものらしい娘だった。
蜜柑 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
無礼ぶれいなやつめ、甲州こうしゅう田舎者いなかものとはなにをいうのじゃ、おそれ多くもこれにわたらせらるるは……」
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
野暮やぼ田舎者いなかものの狭量かも知れない。私は三田君の、そのような、うぶなお便りを愛する事が出来なかった。それから、しばらくしてまた一通。これも原隊からのお便りである。
散華 (新字新仮名) / 太宰治(著)
三四郎は此名前を読んだ儘、しばらく戸口の所でたゞずんでゐた。田舎者いなかものだからのつくするなぞと云ふ気の利いた事はやらない。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
しかしその未知のとびらにぶつかってこれを開く人があるとすれば、その人はやはり案内者などのやっかいにならない風来の田舎者いなかものでなければならない。
案内者 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
田舎者いなかものの早口で少しも不安を与うるものではなかった。ただ質朴な正直さと呆然ぼうぜん自失との入り交じった調子だった。
けたはずれた道楽にまで踏み込むことを悔いない、珍しい田舎者いなかものだと見た見方を変えなければならなくなりました。
大菩薩峠:34 白雲の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
四尺ほどな丸棒の杖をついて、一人の若い田舎者いなかものが立っている。むっくりえた肩を張り、丸々とした顔に、上気した汗をたたえ、白い歯を見せながら笑っているのである。
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
少年はこの男に追いすがり、しっかりと外套の袖をとらえる。驚いてふり返った男の顔は生憎あいにく田舎者いなかものらしい父親ではない。綺麗きれい口髭くちひげの手入れをした、都会人らしい紳士である。
浅草公園:或シナリオ (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
何食わぬ顔をして、これに便乗すれば、私も或いは「成功者」になれるのかも知れないが、田舎者いなかものの私にはてれくさくて、だめである。私は、自分の感覚をいつわる事が出来ない。
十五年間 (新字新仮名) / 太宰治(著)