獅噛しが)” の例文
すると、山善やまぜんという薬問屋の店に、一人の侍が、編笠をかぶったまま、買物をしていた。侍は、真鍮しんちゅう獅噛しがみ火鉢に片手をかざして
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
端つこに立つて居た八五郎は、側に居た若い女に獅噛しがみつかれて、一とたまりもなく船の外へ、横つ倒しに飛び出してしまつたのです。
お品は矢のように起上ると防火扉の閂にかかった監督の腕に獅噛しがみついた。激しい平手打が、お品の頬を灼けつくようにしびらした。
坑鬼 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
それでまた屁ッぴり腰をして樽の上にかがみ、そして車からふりおとされないために顔を真赤にして一生懸命荷物台に獅噛しがみついた。
蠅男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
残雪が獅噛しがみついてるのが、手にとるように見える、麓は樅の密林で、その山の裾と、高原にはさまれた、トゥーンの水はまだ見えない。
スウィス日記 (新字新仮名) / 辻村伊助(著)
泥まみれの着物で獅噛しがみ着いて周囲の人々をびっくりさせたが、帰りには彼女が流れの先頭を切って、貞之助をかばうようにしながら行った。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
JANYSKA と刻印した空色のマークの横に、黒と金色のダンダラになった細長い生物がシッカリと獅噛しがみ付いている。
けむりを吐かぬ煙突 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
 (重兵衛は唄を聴いている。太吉はふるえながら父に獅噛しがみ付いている。やがて重兵衛は立って、しものかたの窓から覗く。)
影:(一幕) (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
しがと、止めたり——平は、馬の頸に、獅噛しがみついて、滑り落ちるように、飛び降りると、びゅーんと弾丸の唸りを聞いた。
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
さういふ不具の手を慣して器物を扱つてゐるので、一応は何気なく見えるが、よく見ると手首は器物に獅噛しがみついてゐた。まるで餓鬼がきの執著ぢや。
上田秋成の晩年 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
「この頃は書きつづけですからね。何時間も卓子テーブル獅噛しがみついた後では、こうして親しいお友達の前へ出ても、何だか頭がぼうっとしているようです」
ふみたば (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
年期はあけても食えなければ、いつまでかじり付き、獅噛しがみつき、死んでも離れないつもりでもあった。所へ突然朝日新聞から入社せぬかと云う相談を受けた。
入社の辞 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
長庵とはおやじの幸兵衛が交際つきあっていて幸吉もっているので、山城守に挨拶することも忘れて、いきなり、長庵に獅噛しがみつくようにして言ったのだった。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
ところが打たれた若者は、彼に腕を掴まれると、血迷った眼をいからせながら、今度は彼へ獅噛しがみついて来た。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
小さい叫び声と共に初子はよろよろと倒れかかり、管理人の腕に獅噛しがみついた。人々の眼は彼女に集った。
青い風呂敷包 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
どうして何時迄いつまでも過去を夢見て——あった日の貧弱な全盛にがって、獅噛しがみついてなんかいるのだろう?
奥さんの家出 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
わたしはわたしだ、どうしてもわたしだ。わたしのほかにわたしなんかありはしない。わたしはわたしに獅噛しがみつこうとした。わたしは縮んで固くなっていた。
鎮魂歌 (新字新仮名) / 原民喜(著)
三ツの声も聞かぬ内に警官は一斉に撃放うちはなすや否や、オールに獅噛しがみ付いて、敵艇を突くまでに力漕した。
水晶の栓 (新字新仮名) / モーリス・ルブラン(著)
……それを縄でくくって流すまいとするその大混雑……其所そこへ、河岸へ火が出て来て猛火にあおられ、こげ附くようになりながら、浮き上がった荷物の上へ、獅噛しがみつき
彼女は一層深く彼の胸に顏を埋め、獅噛しがみつくやうにして肩で息をし乍らなほ暫らく歔欷すゝりなきをつゞけた。
業苦 (旧字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
と急いで帰らうとするのを二三人の奴がばらばらと追つかけてきて足をひつぱつてひきずり落さうとしたので私は頸つたまに獅噛しがみついて火のつくやうに泣きだした。
銀の匙 (新字旧仮名) / 中勘助(著)
私達は双眼鏡に獅噛しがみついて、三階の窓と、そこに張り出ているヴェランダを発見して狂喜した。
われわれは、それを、彼がこれから必死な試みをしようとしているという意味にとった。彼は橋の突端に立ち上ると、ひと跳躍で向うの鞍部へ飛び、その岩に獅噛しがみついた。
地底獣国 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
千鈞せんきんの重さで、すくんだ頸首くび獅噛しがみついて離れようとしません、世間様へお附合ばかり少々櫛目を入れましたこの素頭すあたま捻向ねじむけて見ました処が、何と拍子ぬけにも何にも
遺稿:02 遺稿 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
転落を怖れる私をそのたてがみ獅噛しがみつかせたりするというような怖ろしい状態になって来た。
ゼーロン (新字新仮名) / 牧野信一(著)
はずみを付けて右の足を引けば左の手だけは上の階段に懸けられそうに想える、しかし外れたら事だ。仕方がないから大の字になって岩に獅噛しがみ付いたなり「駄目だ」と怒鳴る。
黒部川奥の山旅 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
壮太は怪しい自動車の後ろに、獅噛しがみついていた。自動車は闇の中をひた走りに走った。
骸骨島の大冒険 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
先ず助け起こし長椅子へやすませようと思い、其の手を取るとお浦は溺れる人の様に余の手に獅噛しがみ附き、身体の重みを余の腕に打ち掛けた、余は彼の書斎でお浦が紛失した少し前に
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
ですから、一日中母の眼を避けて、父は紡車つむぎぐるま獅噛しがみついていたのでしたわ。
潜航艇「鷹の城」 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
一生懸命いわ獅噛しがみ付いて、ようよう命をおとさずに済んだそうである。
お篠はいきなり浅田に獅噛しがみついた。
支倉事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
鉄格子と金網の窓に獅噛しがみつき
檻の中 (新字新仮名) / 波立一(著)
……その膝っ小僧の曲り目の処へ、小さなミットの形をした肉腫が、血のを無くしたまま、シッカリと獅噛しがみ付いている。
一足お先に (新字新仮名) / 夢野久作(著)
 (おつやが「このお客様」と云った時、太吉はまたおびえておつやに獅噛しがみ付く。おつやも気がついて、旅人をみかえる。)
影:(一幕) (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
岩のきまに獅噛しがみついた、サクシフラガ Saxifraga の、星のような花をまたいで、十五分も登ると、立派な小屋の裏手に出た。
スウィス日記 (新字新仮名) / 辻村伊助(著)
ともすると、鼻の先がびッしょり汗ばんで、眩暈めまいがしそうになるのを、ジッと耐えて、事務卓デスク獅噛しがみついていた。
花束の虫 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
あとはもう言葉も成さぬ様子で、血だらけの娘の死骸に獅噛しがみ付いたまま、ヒイ、ヒイ動物のような悲鳴をあげながら、ワナワナとふるえているのです。
寛之助は、熱い額を、頬を、七瀬の肌へ押しつけて、獅噛しがみついていた。寝かせようと、下へ置こうとすると、咽喉のどの奥から叫んで、置かれまいとした。
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
亀のようなもののお尻がすこし動いたが、幹にぴったりと獅噛しがみついているのか、離れない。あまり向うが泰然としているので、武夫は癪にさわってきた。
地球盗難 (新字新仮名) / 海野十三(著)
自分は悦んでそれを肯んじながら、また危機の本能によって衝動的に抵抗もしている。また一面の鏡は、老女二人の生活に獅噛しがみ付かれている自分である。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
不安そうに苦い顔をしていた彼が、産婆から少し手を貸してくれといわれて産室へ入った時、彼女は骨にこたえるような恐ろしい力でいきなり健三の腕に獅噛しがみ付いた。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
と思うと、その煙の向うにけたたましく何かぜる音がして、金粉きんぷんのような火粉ひのこがばらばらとまばらに空へ舞い上りました。私は気の違ったように妻へ獅噛しがみつきました。
疑惑 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
彼は古びたオーバーを着込んで、「寒い、寒い」とふるえながら、生木のくすぶ火鉢ひばち獅噛しがみついていた。言葉も態度もひどく弱々しくなっていて、めっきり老い込んでいた。
廃墟から (新字新仮名) / 原民喜(著)
怒濤の咆哮ほうこう。風の号泣ごうきゅう。海鳥の叫声。火を噴く山。それから、岩に獅噛しがみついたわずかばかりの羊歯と腕足類カマロフォリヤ。そのほかに、何ひとつない、地底の海の、荒涼たる孤独の島。
地底獣国 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
彼の歩いているその辺はどうやら富士も五合目らしく、その証拠には木という木がほとんど地面へ獅噛しがみ付いている。そうしてその木の種類といえば石楠花しゃくなげ苔桃こけももの類である。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
雷鳴は左程ひどくもなかったが、岩に獅噛しがみついて崖の中途を蝸牛のように這い上っていた私は、叩きすくめられたように立ち留って、岩を伝う滝の如き雨水を頭上から浴びた。
黒部川を遡る (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
窓へ獅噛しがみついてみたり壁を押してみたり、たたみへバリバリ爪を立ててみたり。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それで、あたしはもう夢中になつて、タイキ、待つてお呉れよ/\御免よ! なんていふ悲鳴(笑ひごとぢやなかつたわ!)を挙げて、夢中で意地悪なタイキの鬣に獅噛しがみついてしまつたの。
〔婦人手紙範例文〕 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
とまた差俯向さしうつむく肩を越して、按摩の手が、それも物に震えながら、はたはたとおののきながら、背中に獅噛しがんだつら附着くッつく……門附のあわせせた色は、膚薄はだうすな胸を透かして、動悸どうきが筋に映るよう、あわれ
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
婦人はこの時狂気のごとく、やにわに彼の両肩に獅噛しがいた。
水晶の栓 (新字新仮名) / モーリス・ルブラン(著)