気兼きがね)” の例文
旧字:氣兼
たまに来てもさも気兼きがねらしくこそこそと来ていつのにか、また梯子段はしごだんを下りて人に気のつかないように帰って行くのだそうである。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それは私と子供たちとの思想が他日相反する時があっても互に気兼きがねせずに研究し合って理解することの出来るようにと思うからである。
姑と嫁について (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
揉むには当らぬ。お前の事は初手しょてからいわば私が酔興すいきょうでこうしてかくまって上げているの故、余計な気兼きがねをせずと安心していなさるがいい。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
暑さに憩うだけだったら、清水にも瓜にも気兼きがねのある、茶店の近所でなくっても、求むれば、別なる松の下蔭もあったろう。
瓜の涙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ただりよ一人平作の家族に気兼きがねをしながら、甲斐々々かいがいしく立ち働いていたが、午頃ひるごろになって細川の奥方の立退所たちのきじょが知れたので、すぐに見舞に往った。
護持院原の敵討 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
遠慮気兼きがねをする者が一人もいなかったから、若い男はい遊び場にして間断しっきりなしに出入でいりして、毎晩十二時一時ごろまでもキャッキャッと騒いでいた。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
そしてこれまで謙蔵に対してだけ感じていた窮屈さを、この家のすべての人に対して感じるようになり、祖父や祖母に対してすら何かと気兼きがねをするようになった。
次郎物語:01 第一部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
あんまり執拗しつこい、急迫した手段で、臼杵家に交際の手蔓てづるを求めるのも、こっちが狼狽しているようでおかしい……と言ったようないろいろな気兼きがねから、いよいよ形容の出来ない
少女地獄 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
Bは床を出ると早速Kの室にやって来たが、気兼きがねをして障子のあなから覗いて見た。まだ昨夜のランプが魂の抜けたように茫然ぼんやりと弱くいていた。Kは一生懸命にペンを走らせていた。
(新字新仮名) / 小川未明(著)
いずれも幾分か気兼きがねそうに、舞台を見たり見なかったりしている、——その中にたった一人、やはり軍刀へ手をのせたまま、ちょうど幕のき出した舞台へ、じっと眼を注いでいた。
将軍 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
と見え、工事奉行以下の部下は皆、準戦時体制の服装や職権の下に、物々しく働いているので、誰もそこを通るには、通さしてもらうような気兼きがねをもって、いちいち挨拶して行った。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
明日にもおかしら大石内蔵助様のお目にかかって、お前のことを包まず申しあげておくつもりだ。そうすれば、お前は天下晴れてわしの女房、誰に遠慮も気兼きがねもないというものだからね。
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
しても気心の知れない者に気兼きがねをするのもいやだし、五人組の安兵衞やすべえさんなどは、無い子では泣きを見ないからいっそ子の無い方がいと云う側から子が出来て、今度ので十二人だてえます
政談月の鏡 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
二郎さんのところへ訪ねていったら、あたしの事を、あちらの御夫婦へ大層気兼きがねするので、気が痛んで来て、それから行かないようにしましたの。あれを手離した時のさびしさといったら……
一世お鯉 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
彼女は今や何の遠慮も気兼きがねもなく彼女の恋を楽しみ得る身の上であった。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
そのお婆さんも何の気兼きがねもなしに近所仲間の仲間入りができるので
のんきな患者 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
春生は、背後の跫音あしおと気兼きがねして小さな声で云った。
雲南守備兵 (新字新仮名) / 木村荘十(著)
私の所へ訪ねて来るものは、大した乱暴者でもありませんでしたけれども、うちの人に気兼きがねをするほどな男は一人もなかったのですから。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
如何に遠く離れて住んでいても聡明な愛情を欠いた姑に対する嫁の気兼きがね苦労は多少にかかわらず附帯しているのである。
姑と嫁について (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
わたくしは教師をやめると大分気が楽になって、遠慮気兼きがねをする事がなくなったので、おのずから花柳小説『腕くらべ』のようなものを書きはじめた。
正宗谷崎両氏の批評に答う (新字新仮名) / 永井荷風(著)
あらゆる旧物を破壊して根底から新文明を創造しようとした井侯の徹底的政策の小気味よさは事毎に八方へ気兼きがねして※咀逡巡しそしゅんじゅんする今の政治家には見られない。
「私は家へ帰るよ。」と半分周蔵に気兼きがねをして、——このまま彼の苦しむのを見捨てて帰るのが不人情のようで心にとがめたから——声がふるえたのである。すると周蔵は私の名を呼んだ。
黄色い晩 (新字新仮名) / 小川未明(著)
仕方なしに、あれからみちの無い雪を分けて、矢来の中をそっちこっち、窓明りさえ見れば気兼きがねをしいしい、一時ひとときばかり尋ね廻った。持ってた洋傘こうもりも雪に折れたから途中で落したと云う。
第二菎蒻本 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
乱歩氏は全くの見ず知らずの私の作品に対して、何等の顧慮も気兼きがねもなしに、一個人としての飽く迄も清い、高い好意を寄せられたのです。心から「シッカリれ」と云って下すったのです。
二階の雪子に気兼きがねをしながら、二三度繰返すと、やっと
(新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
虫の方で気兼きがねをしたり、贅沢ぜいたくを云ったりするんじゃなくって、食われる人間の方で習慣の結果、無神経になるんだろうと思う。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
長吉は隣座敷の母親を気兼きがねして何とも答える事ができない。お糸は構わず
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
私はそれほど兄さんに気兼きがねをせずに、この手紙を書き初めました。そうして同じ状態のもとに、それを書き終る事を希望します。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
長吉ちやうきち隣座敷となりざしきの母親を気兼きがねしてなんとも答へる事ができない。おいとかまはず
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
彼らは障子を張る美濃紙みのがみを買うのにさえ気兼きがねをしやしまいかと思われるほど、小六から見ると、消極的な暮し方をしていた。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼はこの通りと雨外套の下を僕らに示した上、日本へ帰ると服装が自由で貴女レデーの前でも気兼きがねがなくって好いと云っていた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
夫人に津田の手前があるように、お延にも津田におく気兼きがねがあったので、それが真向まともに双方を了解できる聡明そうめいな彼の頭を曇らせる原因になった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
夫人に対する義理と気兼きがねも、けっして軽い因子ではなかった。彼は何度も同じ言葉を繰り返して夫人の説明をうながした。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しかし三沢に対してさえ、良心に気兼きがねをするような用事の真相なら、それをHさんの前で云われるはずがなかった。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それからそういう特別の境遇に置かれた人の方でも、四辺あたり気兼きがねをして、なるべくは書生に縁の遠いそんな内輪の話はしないように慎んでいたのでしょう。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
日本人、ことに日本の若い女は、そんな場合に、相手に気兼きがねなく自分の思った通りを遠慮せずに口にするだけの勇気に乏しいものと私は見込んでいたのです。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そんな見識はただの見栄みえじゃありませんか。よく云ったところで、うわつら体裁ていさいじゃありませんか。世間に対する手前と気兼きがねを引いたら後に何が残るんです。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
すまじきところへ気兼きがねをして、すべき時には謙遜けんそんしない、否おおい狼藉ろうぜきを働らく。たちの悪るい毬栗坊主だ。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
平然としてそんな素振そぶりは、口にも色にも出さないので、彼はなおさら気兼きがねの必要を感じなくなった。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その頃のは西洋の礼式というものを殆んど心得こころえなかったから、訪問時間などという観念を少しもさしはさむ気兼きがねなしに、時ならず先生を襲う不作法ぶさほうを敢てしてはばからなかった。
迷亭は人のうちも自分の家も同じものと心得ているのか案内も乞わず、ずかずか上ってくる、のみならず時には勝手口から飄然ひょうぜんと舞い込む事もある、心配、遠慮、気兼きがね、苦労
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
けれども二人が彼に気兼きがねをする以上は、たとい同じ席にいつまでも根が生えたように腰をえていたところで、やっぱり普通の世間話よりほかに聞く訳には行かないのだから
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
心配せずにこっちへ御出おいでと誘うようにでき上ってるから、少しも遠慮や気兼きがねをする必要がない。ばかりじゃない。御出と云うから一本筋のあとを喰ッついて行くと、どこまでも行ける。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しばらく待ち合せていたが、宗助はついに空腹だとか云い出して、ちょっと湯にでも行って時間を延ばしたらという御米の小六に対する気兼きがね頓着とんじゃくなく、食事を始めた。その時御米は夫に
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しかし今の場合知らぬ屋敷へ奉公易ほうこうがえをして入らぬ気兼きがねを仕直すより、甥の厄介になる方がましだと思ったのだろう。それにしても早くうちを持ての、さいを貰えの、来て世話をするのと云う。
坊っちゃん (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
若冲の図は大抵精緻せいちな彩色ものが多いが、この鶴は世間に気兼きがねなしの一筆ひとふでがきで、一本足ですらりと立った上に、卵形たまごなりの胴がふわっとのっかっている様子は、はなはだ吾意わがいを得て、飄逸ひょういつおもむき
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ところが日本の現代の開化を支配している波は西洋の潮流でその波を渡る日本人は西洋人でないのだから、新らしい波が寄せるたびに自分がその中で食客いそうろうをして気兼きがねをしているような気持になる。
現代日本の開化 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)