微醺びくん)” の例文
さかずきのめぐるままに、人々の顔には微醺びくんがただよう。——詩の話、和歌うたの朗詠、興に入って尽きないのである。と、思い出したように
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
黒繻子くろじゅすの帯の間からコンパクトを出して微醺びくんを帯びた顔の白粉おしろいを直してから、あたりをそっと見廻して、誰もいないのを確かめると
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
微醺びくんをおびていることもあった。見本に並べてある絵の中にはその人の自画像もあって、それには「ひょっとこのいのち」と傍書してあった。
落穂拾い (新字新仮名) / 小山清(著)
老病ほど見たくでもなくいまいましきものはなし……酒のみても腹ふくるるのみにて微醺びくんに至らず物事にうみ退屈し面白からず。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
桜時さくらどきばかりの墨堤ぼくていでもあるまい。微醺びくんをなぶる夜の風、夏の墨堤をさまよったって、コラーという奴もあるめえじゃないか」
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
黄昏たそがれの頃だった。僕は新宿の駅前で、肩をたたかれ、振り向くと、れいの林先生の橋田氏が微醺びくんを帯びて笑って立っている。
眉山 (新字新仮名) / 太宰治(著)
わか血潮ちしほみなぎりに、私は微醺びくんでもびた時のやうにノンビリした心地こゝちになツた。友はそんなことは氣がかぬといふふう
虚弱 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
ですからその夜は文字通り一夕のかんを尽した後で、彼の屋敷を辞した時も、大川端おおかわばたの川風に俥上の微醺びくんを吹かせながら、やはり私は彼のために
開化の良人 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
と、おたがひ微醺びくんびてへんはづつた氣分きぶん黄包車ワンポイソオり、ふたゝ四馬路スマロ大通おほどほりたのはもうよるの一ぎだつた。
麻雀を語る (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
これも微醺びくんは帶びて居りましたが、なか/\の艶やかさ。二十五六の女盛りの魅力を、名殘もなく發散させるのです。
微醺びくんを帯びた勝平は、その赤いおおきい顔に、暴風雨あらしなどは、少しも心に止めていないような、悠然たる微笑をたたえながら、のっそりと車から降りた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
秋の一夜偶然尋ねると、珍らしく微醺びくんを帯びた上機嫌であって、どういう話のキッカケからであったか平生いつもの話題とはまるで見当違いの写真屋論をした。
二葉亭余談 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
然しモウ以前の単純な、素朴な政治ではなかつた。或時は微醺びくんを帯びて来て、些々ちよいちよい擽る様な事を言つた事もある。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
駒井能登守が役所へ出かけたそのあとで、お君は部屋へ行ってホッと息をついて、微醺びくんおもてを両手で隠しました。
大菩薩峠:14 お銀様の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
微醺びくんが頬へ現れた頃、歌い手三人ばかりが残照の花園に現れて、一人は竪琴たてごとを奏で、一人がそれに合せて節面白く唄って酒興を添えてくれるのであった。
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
山木剛造は今しも晩餐ばんさんを終りしならん、大きなる熊の毛皮にドツかと胡座あぐらかきて、仰げる広き額には微醺びくんの色を帯びて、カンカンと輝ける洋燈ランプの光に照れり
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
微醺びくんの顔にほんのりと桜色を見せて、若い女の思い切り高々に掲げた裳から、白いすね惜気もなくあらわにして、羞かしいなぞ怯れてはいず、江戸ッ児は女でもさっぱりしたもの
残されたる江戸 (新字新仮名) / 柴田流星(著)
たまたまそこへ微醺びくんを帯びて入ってきた吉本の支配人でTという中年の男が、京都へ出てもらう代わりには圓馬師匠へ無条件に詫びてくれんと……という条件を持ち出してきた。
わが寄席青春録 (新字新仮名) / 正岡容(著)
その気配を聴きながら、お初は微醺びくんを帯びた目の下を、ひッ釣らせて、ニヤニヤした。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
かみは、すこし微醺びくんを帯びたまま、郡司ぐんじが雪深いこしに下っている息子の自慢話などをしているのをききながら、折敷おしきや菓子などを運んでくる男女の下衆げすたちのなかに、一人の小がらな女に目をとめて
曠野 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
と取りなしたが、微醺びくんをおびている文六さんは受けつけない。
明日は天気になれ (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
ゑみただふるまなじり微醺びくんに彩られて、更に別様のこびを加へぬ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
Sはほんのり微醺びくんを帯びて、TやKやHなどと一つソオファを占領して、そのまん中へ私を無理に取り込めようとするのでした。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
こんな話をして酒を飲み合い、微醺びくんを帯びてこの茶屋を出ると、醍醐だいごから宇治の方面へ夕暮のからすが飛んで行く。
実際往来を一つへだててゐる掘割の明るい水の上から、時たま此処に流れて来るそよ風も、微醺びくんを帯びた二人の男には、刷毛先はけさきを少し左へ曲げた水髪のびんを吹かれる度に
鼠小僧次郎吉 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
唖々子は時々長いあごをしゃくりながら、空腹すきっぱらに五、六杯引掛ひっかけたので、たちま微醺びくんを催した様子で
十日の菊 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
声を掛けたは由井正雪、陣幕に染め出した菊水の紋、それをうしろに篝火かがりびを左右、ずっと離れた上座の位置に、円座を敷いてすわっていたが、顔は桃色、微醺びくんを帯びている。
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
或時は微醺びくんを帶びて來て、些々ちよい/\擽る樣な事を言つた事もある。又或時は同じ中隊だといふ、なま半可な文學談などをやる若い少尉をれて來て、態と其前で靜子と親しい樣に見せかけた。
鳥影 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
微醺びくんをおびて歩いていると、よく町の子ども等が、彼のうしろからいて来て
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、京子に断って、カクテルを注文したが、それがいつかウイスキーに変り、三杯となり、四杯となり、食事が終って、自動車に一緒に乗った時は、彼の白い顔が、微醺びくんを帯びて輝いていた。
第二の接吻 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
持ち来すは、ただ微醺びくんをもたらす玉杯なれ、ってね。わかるかい
人間失格 (新字新仮名) / 太宰治(著)
要はみんなが黙り込んでしまったあと、ひとりそんなことを考えながら仕様ことなしに舞台の上の「河庄」の場へ、ほんのりと微醺びくんを帯びた眼を向けていた。
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
すると微醺びくんを帯びた父は彼の芸術的感興をも物質的欲望と解釈したのであろう。象牙ぞうげはしをとり上げたと思うと、わざと彼の鼻の上へ醤油のにおいのする刺身さしみを出した。彼は勿論一口に食った。
少年 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
旅装たびよそおい物々しげな武者は、微醺びくんをおびて奥から出てきた男を、うさんくさいまなざしでじっと見、また尼の顔を見、これはしからぬといわぬばかりな顔つきを示し、出て行く友松のうしろ姿を
新書太閤記:10 第十分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
微醺びくんを帯びた女のかんばせは、美しさを加えることがあるかも知れないが、こうグデングデンに酔っぱらってしまって、大道中へふんぞり返ってしまったのでは、醜態も醜態の極、問題にならないと
大菩薩峠:31 勿来の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
雪子は先刻の白葡萄酒が今になってまわって来たらしくて、両ほおにぽうッと火照ほてりを感じながら、もう阪神国道を走っている車の窓から、微醺びくんを帯びたチラチラする眼で
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
阿波守もそろそろ微醺びくんをおびてきた。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)