寓居ぐうきょ)” の例文
然れども不幸にしてその志を果さずわずかに歌麿北斎二家の詳伝を著したるのみにして千八百九十六年病みて巴里パリー寓居ぐうきょに歿したりき。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
道庵先生がこの庵へ移った時の庵と、お銀様が寓居ぐうきょしていた時の庵と、庵に変りはありませんが、中の意匠調度は一変しておりました。
舞陽ぶようの人、陳巌ちんがんという者が東呉とうご寓居ぐうきょしていた。唐の景龍けいりゅうの末年に、かれは孝廉こうれんにあげられて都へゆく途中、渭南いなんの道で一人の女に逢った。
とりあえず、彼はこのことを国もとの妻子に知らせ、多吉方を仮の寓居ぐうきょとするよしを書き送り、旅の心もやや定まったことを告げてやった。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
予往歳滬江ココウ(上海のこと)ニ寓居ぐうきょス。先後十年間、東邦ノ賢豪長者、道ニ滬上こじょうニ出ヅルモノ、縞紵こうちょノ歓ヲつらネザルハナシ。
斗南先生 (新字新仮名) / 中島敦(著)
「大隅さんのお嫁さんが見つかりました。」と山田君は久しぶりに私の寓居ぐうきょを訪れて、すこぶる緊張しておっしゃるのである。
佳日 (新字新仮名) / 太宰治(著)
このいちごの事がいつまでも忘れられぬので余は東京の寓居ぐうきょに帰って来て後、庭の垣根に西洋いちごを植えて楽んでいた。
くだもの (新字新仮名) / 正岡子規(著)
一生他人たるまじと契りたる村越欣弥は、ついに幽明を隔てて、ながく恩人と相見るべからざるを憂いて、宣告の夕べ寓居ぐうきょの二階に自殺してけり。
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
長き海路うみじつつがなく無事横浜に着、直ちに汽車にて上京し、神田かんだ錦町にしきちょう寓居ぐうきょに入りけるに、一年余りも先に来り居たる叔母は大いに喜び、一同をいたわり慰めて
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
後には、牛込の寓居ぐうきょに残して来た妻子のことや、半分なげやりにして来た会社の仕事のことなどが思い出されて、とりとめのない考えにふけっていたのである。
猫と村正 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
むかし、余が駒込蓬莱ほうらい町に寓居ぐうきょせしとき、門前に寺の墓地があって、その間を通過せざれば出入ができぬ。
おばけの正体 (新字新仮名) / 井上円了(著)
とこう決心を付けてその夕方寓居ぐうきょに帰りました。この頃私はサンスクリット語の書物を買うことに奔走ほんそうして三部ばかりとまた外の参考品なども余程買いととのえた。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
ジョン・ヒンクマン氏の田園住宅は、いろいろの理由から僕にとってははなはだ愉快な場所で、やや無遠慮ではあるが、まことに居心地いごこちのよい接待ぶりの寓居ぐうきょであった。
右は小生自身したしく目睹もくとして確かめたる事実にて、昨夜馬蹄ばていにかかりて非業の死を遂げたる一酔漢の寓居ぐうきょおいて、御子息はいかがわしき生業を営みおるその娘に
だが、仮の寓居ぐうきょにせよ、中学は復活しても、「勉強」はまだそこにかえってきたわけではなかった。
煙突 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
咸通かんつう元年の春であった。久しく襄陽じょうように往っていた温が長安にかえったので、李がその寓居ぐうきょを訪ねた。
魚玄機 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
自分はある友と市中の寓居ぐうきょを出でて三崎町の停車場から境まで乗り、そこで下りて北へ真直まっすぐに四五丁ゆくと桜橋という小さな橋がある、それを渡ると一軒の掛茶屋かけぢゃやがある
武蔵野 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
九月五日動物園の大蛇を見に行くとて京橋の寓居ぐうきょを出て通り合わせの鉄道馬車に乗り上野へ着いたのが二時頃。今日は曇天で暑さも薄く道も悪くないのでなかなか公園もにぎおうている。
根岸庵を訪う記 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
それから私の本郷の寓居ぐうきょへ立ちよって、一緒いっしょに発送をするのを例とせられていた。
左千夫先生への追憶 (新字新仮名) / 石原純(著)
葛城山ではまた二日間修業して、十二日の午後三時ごろ貝塚の寓居ぐうきょへ帰った。
神仙河野久 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
私は初対面の心持で氏の寓居ぐうきょを訪ねた。
漱石氏と私 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
秋田藩物頭役ものがしらやくとして入京していた平田鉄胤が寓居ぐうきょのあるところだという錦小路にしきこうじ——それらの町々の名も、この人の口から出る。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
運送店に捜すよう詰責きっせきしたが、絶えて返事が無かった。ただ、先生のお写真のみは今なお僕の北京ペキン寓居ぐうきょの東側の壁に、書卓のほうに向けて掛けてある。
惜別 (新字新仮名) / 太宰治(著)
余の寓居ぐうきょした今井町の高台などは遠い田舎に行ったようで空気は新鮮で煤烟ばいえんが無いから、住宅や商店のあるは黒くあるは白く引続いているあたりを越して
仮寐の夢 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
こういうような喜びを持ちつつまたもカッサパ仏陀ぶっだ大塔だいとうの下に在る寓居ぐうきょに帰って参りました。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
しばらく秘して人に知らしむるなかれとの事に、妾は不快の念にえざりしかど、かかる不自由の身となりては、今更に詮方せんかたもなく、彼の言うがままに従うにかずと閑静なる処に寓居ぐうきょかま
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
学士は胸騒むなさわぎがして、瑞林寺のその寓居ぐうきょに胸をおさえて坐するに忍びず、常にさる時はいて時を消すのが例であった湯島から、谷中に帰るみちの暗がりで、唐突だしぬけに手を捕えたのは一名の年若き警官である。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
濹東綺譚は若し帚葉翁が世に在るの日であったなら、わたくしは稿を脱するや否や、直に走って、翁を千駄木町せんだぎまち寓居ぐうきょおとない其閲読をわずらわさねばならぬものであった。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
決心のほぞを固む 寓居ぐうきょへの帰路、馬上よりはるかの空を眺めますと、世界第一のゴーリサンガの高雪峰の巍然ぎぜんとして雲際くもぎわそびえ千古不磨ふまの姿を現わして居るのをて大いに感じたです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
沈んだ日光は、寒い車の上から、私の眼に映った。林の間は黄に耀かがやいた。私は眺め、かつ震えた。小諸の寓居ぐうきょへ帰ってからも、私はそうくわしいことを家のものに話して聞かせなかった。
芽生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
女だって君よりは孤独に堪える力を持っている、女、三界に家なし、というじゃないか、自分がその家に生れても、いつかはお嫁に行かなければならぬのだから、父母の家もわば寓居ぐうきょ
鉄面皮 (新字新仮名) / 太宰治(著)
大阪なる安藤氏の宅に寓居ぐうきょすること数日すじつにして、しょうは八軒屋という船付ふなつきの宿屋にきょを移し、ひたすらに渡韓の日を待ちたりしに、一日あるひ磯山いそやまより葉石はいし来阪らいはんを報じきたり急ぎその旅寓に来れよとの事に
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
館松たてまつさんは、もう錦小路にしきこうじ(鉄胤の寓居ぐうきょをさす)をおたずねでございましたか。」
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
五月十六日遠山雲如とおやまうんじょが京師の寓居ぐうきょに没した。享年五十四。『雲如先生遺稿』には洛北らくほく愛宕あたご郡浄善寺に葬るとしてあるが、『平安名家墓所一覧』には寺町今出川いまでがわ上ル上善寺としてあるそうである。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
高輪東禅寺の境内にある青木の寓居ぐうきょを指して、捨吉は菅と連立って出掛けた。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
かくて作る所の小説四、五篇にも及ぶほどに専門の小説家につきて教を乞ひたき念ようやく押へがたくなりければ遂に何人なんびとの紹介をもたず一日いちにち突然広津先生の寓居ぐうきょを尋ねその門生たらん事を請ひぬ。
書かでもの記 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
仮の寓居ぐうきょと定めている多吉の家に近づけば近づくほど、名のつけようのない寂しさが彼の胸にわいた。彼は泣いていいか笑っていいかわからないような心持ちで、教部省の門を出て来たのである。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)