“囲(い)” の例文
旧字:圍
人の形が、そうした霧の裡(なか)に薄いと、可怪(あやし)や、掠(かす)れて、明(あから)さまには見えない筈(はず)の、扱(しご)いて搦(から)めた縺(もつ)れ糸の、蜘蛛の囲(い)の幻影(まぼろし)が、幻影が。
茸の舞姫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
四方の壁際までにはやっとその光りが泳ぎ着く位で、四囲(い)は灰色の壁が朦朧(もうろう)と浮き出てストーブの火もいつしか消えていた。
点 (新字新仮名) / 小川未明(著)
と、ニッコリ顔を見あわせていたのは、その空気の一角(かく)にあって、四囲(い)のどよめきを愉快(ゆかい)がっていた忍剣(にんけん)と龍太郎(りゅうたろう)。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
低い天井(てんじょう)の白茶けた板の、二た所まで節穴(ふしあな)の歴然(れっき)と見える上、雨漏(あまもり)の染(し)みを侵(おか)して、ここかしこと蜘蛛(くも)の囲(い)を欺(あざむ)く煤(すす)がかたまって黒く釣りを懸(か)けている。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
腰の広さ十囲(い)に余る酒臭い陸軍将校と、眠りながら歯ぎしりをするどこかの令夫人との間にはさまって、出来るだけ肩をすぼめながら、青年らしい、とりとめのない空想に耽(ふけ)っていた。
西郷隆盛 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
その時でもまだ元の教室の部屋は大体昔のままに物置のような形で保存され黴(かび)とほこりと蜘蛛(くも)の囲(い)の支配に任せてあったので従ってこのS先生の手紙もずっとそのままに抽出しの中に永い眠りを
埋もれた漱石伝記資料 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
ただ炳文の陣に熟せる、大敗して而(しか)も潰(つい)えず、真定城(しんていじょう)に入りて門を闔(と)じて堅く守る。燕兵勝(かち)に乗じて城を囲む三日、下す能(あた)わず。燕王も炳文が老将にして破り易(やす)からざるを知り、囲(い)を解いて還(かえ)る。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
やはり四囲(い)の批評のほうがつらきものと見ゆる。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
蘆の中に、色の白い痩(や)せた嫗(おうな)、高家(こうけ)の後室ともあろう、品の可(い)い、目の赤いのが、朦朧(もうろう)と踞(しゃが)んだ手から、蜘蛛(くも)の囲(い)かと見る糸一条(ひとすじ)。
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
前に見えるのは、鳥首峠(とりくびとうげ)です、左の山間(あい)に肩をそびやかしているのは天目山のようです。どうやら三峰の社前へ出る秩父街道の高原とはガラリと四囲(い)の山容が変っている。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
若き空には星の乱れ、若き地(つち)には花吹雪(はなふぶき)、一年を重ねて二十に至って愛の神は今が盛(さかり)である。緑濃き黒髪を婆娑(ばさ)とさばいて春風(はるかぜ)に織る羅(うすもの)を、蜘蛛(くも)の囲(い)と五彩の軒に懸けて、自(みずから)と引き掛(かか)る男を待つ。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
と指(ゆびさ)したのは、蜘蛛(くも)の囲(い)の間にかかって、一面漆(うるし)を塗ったように古い額の、胡粉(ごふん)が白くくっきりと残った、目隈(めぐま)の蒼ずんだ中に、一双虎(いっそうとら)のごとき眼(まなこ)の光、凸(なかだか)に爛々(らんらん)たる、一体の般若(はんにゃ)
縁結び (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
しかし、それは、昼ここを訪れた人の見られるもので、今は額堂全体も四囲(い)の山もトップリ暮れて、社家の方から、大股(おおまた)にここへきた武士の影は、すぐ額堂の濃い闇の中にかき消えてしまった。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
蜘蛛(くも)の囲(い)の細き通い路より来(きた)る。
幻影の盾 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
と婀娜(あだ)たる声、障子を開けて顔を出した、水色の唐縮緬(とうちりめん)を引裂(ひっさ)いたままの襷(たすき)、玉のような腕(かいな)もあらわに、蜘蛛(くも)の囲(い)を絞(しぼ)った浴衣(ゆかた)、帯は占(し)めず、細紐(ほそひも)の態(なり)で裾(すそ)を端折(はしょ)って、布の純白なのを
三尺角 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
軒の蜘蛛(くも)の囲(い)の大きなのに、はらりと乗って、水車(みずぐるま)に霧が懸(かか)った風情に見える。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
生命(いのち)の搦(から)む桟橋(かけはし)から、危(あやう)く傾いた二階の廊下に、日も見ず、背後(うしろ)むきに鼠の布子(ぬのこ)の背(せな)を曲げた首の色の蒼(あお)い男を、フト一人見附けたが、軒に掛けた蜘蛛(くも)の囲(い)の、ブトリと膨れた蜘蛛の腹より
陽炎座 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と暮れかかる蜘蛛(くも)の囲(い)の檐(のき)を仰いだ、奴(やっこ)の出額(おでこ)は暗かった。
海異記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
月の色はやや青く、蜘蛛(くも)はその囲(い)を営むのに忙(せわ)しい。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)