四辻よつつじ)” の例文
松崎は今ではたまにしか銀座へ来る用事がないので、何という事もなく物珍しい心持がして、立止るともなく尾張町おわりちょう四辻よつつじ佇立たたずんだ。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
四辻よつつじのむこうかどになったカフェーのガラス戸を開いて、二三人の人影が中からにょこにょこと出て来たがそこにもなんの物音もしなかった。
青い紐 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
そうじゃないか? この忍耐、この献身は、いったいなんのためだ? それに、なぜ女は、わざわざあの四辻よつつじに立たなければならないのだ?
待っている女 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
西の内二枚半に筆太に、書附けたる広告の見ゆる四辻よつつじへ、いなせ扮装いでたちの車夫一人、左へ曲りて鮫ヶ橋谷町の表通おもてどおり、軒並の門札かどふだを軒別にのぞきて
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
何を考えるともなく、あし自然ひとりでに反対の方向にいていたことに気がつくと、急に四辻よつつじの角に立ち停って四下あたりを見廻した。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
横丁を大通りへ出ると四辻よつつじの二、三軒手前に井杉灘屋という居酒店がある。その店先に黒山のような人集ひとだかりがしていた。
初午試合討ち (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
私は広小路の四辻よつつじに立つて、品川行か日本橋行の電車が来るのを待つてゐた。暫く待つてゐたが、品川行も日本橋行もなかなかやつて来なかつた。
イボタの虫 (新字旧仮名) / 中戸川吉二(著)
今より四年前のことである、(とある男が話しだした)自分は何かの用事で銀座を歩いていると、ある四辻よつつじすみに一人の男が尺八を吹いているのを見た。
女難 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
私共が粕谷へ引越しの前日、東京からバケツと草箒くさぼうき持参で掃除に来た時、村の四辻よつつじで女の子をおぶった色の黒いちいさい六十爺さんに道を教えてもらいました。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
そこの広い四辻よつつじを境にして人足ひとあしはマバラになっていた。紋三は池の鉄柵のところに出ているおでん屋の赤い行燈あんどんで、腕時計を透して見た。もう十時だった。
一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「汝は王たるべし」という言葉は、アルムイールの荒野でマクベスに語られたように、ボードアィエの四辻よつつじで痛ましげにボナパルトに投げつけられたであろう。
今云う門は十間ばかり先の四辻よつつじにあるので、余は鳥打帽の廂に高い角度を与えてわざわざあおむいて見た。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それが町の四辻よつつじに渦を巻いて飛び交わしている。そのやんまの両性をおんちょ・めんちょといって呼び別けていた。交尾のために集まったやんまに違いないのである。
坂下の四辻よつつじまで岡田と僕とは黙って歩いた。真っ直に巡査派出所の前を通り過ぎる時、僕はようよう物を言うことが出来た。「おい。すごい状況になっているじゃないか」
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
『さて、行ったものか、やめたものか?』ラスコーリニコフは四辻よつつじの車道のまんなかに立ち止まって、誰かから最後の言葉でも待つように、あたりを見回しながら考えた。
まちには電燈がついた。四辻よつつじはひとしきり工場から吐き出される職工等の足埃あしぼこり狭霧さぎりに襲はれたやうにけむつた。彼は波止場から宿の方へ急いだ。さつさと町の片側を脇目わきめもふらず歩いて行つた。
煤煙の匂ひ (新字旧仮名) / 宮地嘉六(著)
その女というのは、一月ほど前から、町のはずれの四辻よつつじでよく出会った女で、やはり小学校に勤める女教員らしかった。廂髪ひさしがみ菫色すみれいろの袴をはいて海老茶えびちゃのメリンスの風呂敷包みをかかえていた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
彼等は、四辻よつつじのポストの傍に暫くたたずんでゐた。
曠日 (新字旧仮名) / 佐佐木茂索(著)
油日照あぶらひでり四辻よつつじは凄惨として音もなく
第二邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
夕まぐれ、森の小路こみち四辻よつつじ
海潮音 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
夕闇ゆうやみがあたりをつつみはじめ、四辻よつつじが白っぽくその中に浮かんでいた。やはり女はいた。ひざを折って、道にかがんでいる。
待っている女 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
女はその横町を往って四辻よつつじに出ると、左の方に折れて往った。そこは狭い門燈もんとうもぼつぼつしかない暗い横町であった。
女の怪異 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
その晩二人は数寄屋橋を渡ってガードの下を過ぎ、日比谷ひびや四辻よつつじ近くまで来たが、三十銭で承知する車は一台もない。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
四辻よつつじの広告塔のイルミネーションが、青黒い空にクッキリと浮出しているのが、妙に物悲しく見えた。
四辻よつつじのところまで、駕籠かごをひろいにゆく途中、かやは平八の足を見て「どうなすったのか」ときいた。
花も刀も (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
暴徒の方では、四辻よつつじかど騎哨きしょうを置き、また防寨の外に大胆にも斥候を出した。かくて互いに両方から観測し合っていた。政府は手に軍隊を提げながら躊躇ちゅうちょしていた。
古本屋は、今日この平吉のうちに来る時通った、確か、あの湯屋ゆやから四、五軒手前にあったと思う。四辻よつつじく時分に、祖母としより破傘やぶれがさをすぼめると、あおく光って、ふたを払ったように月が出る。
国貞えがく (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
まだ十分恢復もしていないとみえて、かいこのような蒼白あおじろい顔にぼうッと病的な血色が差して、目もうるんでいた。庸三は素気そっけないふうもしかねていたが、葉子は四辻よつつじの広場の方を振り返って
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
大塩平八郎は天満与力町てんまよりきまちを西へ進みながら、平生私曲しきよくのあるやうに思つた与力の家々に大筒を打ち込ませて、夫婦町めうとまち四辻よつつじから綿屋町わたやまちを南へ折れた。それから天満宮のそばを通つて、天神橋に掛かつた。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
夕まぐれ、森の小路こみち四辻よつつじ
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
岩——の士族屋敷ではこの「ひげ」の生まれない前のもっと前からすでに気味の悪いところになっているので幾百年かたって今はその根方ねがた周囲まわり五抱いつかかえもある一本の杉が並木善兵衛の屋敷のすみッ立ッていてそこがさびしい四辻よつつじになっている。
河霧 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
煙草屋は、四辻よつつじの一角にあって、銀行の私設野球場をかこむ金網の塀の角に、ちょうど対角に面している。
待っている女 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
黄金こがねの金具を打ったかごまち四辻よつつじを南の方へ曲って往った。轎の背後うしろにはおともの少女が歩いていた。それはうららかな春の夕方で、夕陽ゆうひの中に暖かな微風が吹いていた。
悪僧 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
四辻よつつじに出くわすたびに、ふたりまたは三人ずつの組になって、枝道へはいっていき、たばこ屋の店番をしているおばさんだとか、そのへんを歩いているご用聞きなどに
少年探偵団 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
両側に縁日商人あきゅうどが店を並べているので、もともと自動車の通らない道幅は猶更狭くなって、出さかる人は押合いながら歩いている。板橋の右手はすぐ角に馬肉屋のある四辻よつつじで。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
四辻よつつじや通路や袋町で銃火がかわされる。防寨ぼうさいは幾度も奪われ奪い返される。血は流れ、霰弾さんだんは人家の正面にはちの巣のように穴をあけ、銃弾は寝所の人々をも殺し、死体は往来をふさぐ。
さて、局の石段を下りると、広々とした四辻よつつじに立った。
国貞えがく (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
四辻よつつじを右へ坂を降りると右も左も菊細工の小屋である。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
長吉はいつも巡査が立番たちばんしている左手の石橋いしばしから淡島あわしまさまの方までがずっと見透みとおされる四辻よつつじまで歩いて来て、通りがかりの人々が立止って眺めるままに、自分も何という事なく
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
四辻よつつじになった左側のむかう角が、昔から見馴みなれている酒造家の山路であった。謙蔵は四辻を歩きながら店頭みせさきへ注意した。店の横手に二人の店男みせおとこが大きなおけ徳利とくりひたして、それをせっせと洗っていた。
指環 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
人込ひとごみの中に隔てられたまま松子の方には見向きもせず、日の光に照付てりつけられた三越みつこしの建物をまぶしそうに見上げながら、すたすた四辻よつつじを向側へと横ぎってしまったが、少しは気の毒にもなって
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ごみごみしたそれらの町家まちやつきる処、備前橋びぜんばしの方へ出るとおりとの四辻よつつじに遠く本願寺の高い土塀と消防の火見櫓ひのみやぐらが見えるが、しかし本堂の屋根は建込んだ町家の屋根にさえぎられてかえって目に這入はいらない。
雪解 (新字新仮名) / 永井荷風(著)