唯々いい)” の例文
玄恵は、彼らに利用されるのを、知ってか知らずにか、唯々いいとして、それにも出席し、天皇の侍読じどくげられれば、それにもなった。
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
身は一介の与力ではあったが、自ずと備わる将帥の器、貝十郎の命のままに、城方の武士ども唯々いいとして従い、粛々として動き出した。
血煙天明陣 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
昔の幾多の勇士たちは、唯々いいとしてかれのかせに服した。なぜならこの神のくだすはずかしめは、一つとして妥当しないからだ。
宰予は無論、唯々いいとして孔子の話を聞いた。しかし、まだどうしても心からしみじみとした気持には成れなかった。彼には
論語物語 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
マドロスは、唯々いいとして命令に服従し、今夜の寒気を防ぐべく火を焚く前に、臨時のストーブの築造にかからねばならないことを知りました。
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
唯々いいとしてるべきはずの小野さんが四五日見えぬ。藤尾は薄きよそおいを日ごとにしてかどを鏡のうちに隠していた。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
老爺は唯々いいとして向うへ行ってしまいました。まだ朝のうちで、そんな手廻しには、誰も気が付きません。
の夢の中で、哀れな下僕は何時いつの間にか長老ルバックになっていた。彼の坐っているのは母屋の中央、家長のいるべき正座である。人々は皆唯々いいとして彼の言葉に従う。
南島譚:01 幸福 (新字新仮名) / 中島敦(著)
敵は、父を殺した罪の懺悔に、身心を粉に砕いて、半生を苦しみ抜いている。しかも、自分が一度名乗りかけると、唯々いいとして命を捨てようとしているのである。
恩讐の彼方に (新字新仮名) / 菊池寛(著)
世人皆俳句の発達せる今日の心を以て古池の句をる、故にまどいを生ず。今俳句いまだ発達せざるいにしえに身を置きて我言を聴かば、必ずやうたがいを解くことを得ん。客曰く、唯々いい
古池の句の弁 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
そして、一応は、身体に触るといけないからといって、いさめたのですけれど、廣介の一喝いっかつにあって、たちまちひとすくみになり、唯々いいとして主命に服する外はありませんでした。
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
見よ! あの衿持きょうじ高い我儘な妻が、命惜しさに奴隷のごとくに唯々いいとして恐怖と不安にふるえながら一糸纏わぬ豊艶な姿を、今軽蔑し切った不具者の私の前に晒しているのであった。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
今までは市役所が喧しく云うのには唯々いいとして従って来たけれども、これからは、欠損ばかりでは継続が出来ないから、一ヶ月支給される五十円だけの仕事をして行くより方法がない。
糞尿譚 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
高坂はかえって唯々いいとして、あたかも神につかうるが如く、左に菊を折り、右に牡丹ぼたんを折り、前に桔梗ききょうを摘み、うしろに朝顔を手繰たぐって、再び、鈴見すずみの橋、鳴子なるこわたしなわての夕立、黒婆くろばば生豆腐なまどうふ
薬草取 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
音楽上ではあまりに自信が乏しかったので、自分の感情に頼ることができないで、音楽長やバイロイトの免許者らがワグナーについて与えてくれる注解を、唯々いい諾々として傾聴していた。
小平太は唯々いいとして頭を下げた。それから二三話しもしていたが、長居は無用と思ったので、いずれそのうちまた出なおしてくるからと言いおいたまま、そこそこにその家を出てしまった。
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
彼の同僚は、彼の威勢にあっせられて唯々いいたり、彼の下僚は、彼の意を迎合して倉皇そうこうたり、天下の民心は、彼が手剛てごわき仕打に聳動しょうどうせられて愕然がくぜんたり。彼は騎虎きこの勢に乗じて、印幡沼いんばぬま開鑿かいさくに着手せり。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
……けれどもモヨ子は気質きだて温柔おとなしいままに結局、唯々いいとして新郎の命令に従う事になった。そいつを呉一郎の呉青秀は蝋燭の光りを便たよりにして土蔵の二階に誘い上げた……という順序になるんだ。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
唯々いいとして自分はこの命令を奉じていた。
酒中日記 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
岡は唯々いいとしてそのあとにしたがった。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
これ以上、若殿の気随気ままに唯々いいとして引かれたのでは、何の守役もりやくたるいがあろう。右馬介は一命をかけても引き止めたい。
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
米友は唯々いいとしてお角のあとに跟いて行きました。お角はまた米友を従者でもあるかのようにあしらって、先へさっさと歩いて袖切坂を上って行きます。
大菩薩峠:14 お銀様の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
いつもは、お弓のいうことを、唯々いいとしてきく市九郎ではあったが、今彼の心は激しい動乱の中にあって、お弓の言葉などは耳に入らないほど、考え込んでいたのである。
恩讐の彼方に (新字新仮名) / 菊池寛(著)
眠りたる眼は開くなし。父と兄とは唯々いいとして遺言のごとく、憐れなる少女おとめ亡骸なきがらを舟に運ぶ。
薤露行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
すっかり気を呑まれた荘公は唯々いいとして「諾」と答えるほかは無い。
盈虚 (新字新仮名) / 中島敦(著)
役目と存じて、何事にも、唯々いいと返辞をして居れば、よい気になって、果しもない譫言たわごとまで問わっしゃる。お許、饗応役きょうおうやくではござらぬか。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それで許されるであろうことを予期して、唯々いいとしてやり過ごそうとすると
大菩薩峠:22 白骨の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ただ、唯々いいとして服従を提供しただけである。彼は、今も自分の周囲に多くの人間を支配している。が、彼らは忠直卿に対して、人間としての人情の代りに、服従を提供しているだけである。
忠直卿行状記 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
余は唯々いいとして木瓜の中から出て行く。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
りょうは、この妻の父さい大臣のお蔭で立身した者であるから、平常も夫人にはとんと頭が上がらない。唯々いいとして、立って喚鐘かんしょうを打ち鳴らした。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
唯々いいとしてお銀様に導かれて、自分も、さいぜんの夜船の座に直りました。
大菩薩峠:36 新月の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
唯々いい黙々として、三十何年型が、ふたたび同じ山岳中へ帰ってゆく。何か、単なる労働と報酬だけの関係ではない気がする、すまない気がする。
随筆 新平家 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
右門には、そんな臭味くさみは気にならない。唯々いいとして呼びに行った。又十郎はすぐそこへやって来たが、長兄あにの十兵衛は
柳生月影抄 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
知る者もそれがしだと自負しておる。そのためにや、の悪い役割とは思いながらも唯々いいとして、御計略の道具になった
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
爪が紫いろになる迄、氷を手に載せている女は、愛人ならぬほかの男から強いられても、やはり唯々いいとして氷のこらえをしてしまうものかもしれない。
美しい日本の歴史 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
どんな人間も唯々いいとして、一令にうごき、目のまえに慴伏しょうふくするなどのことは、たまらぬ御快事ではあったのだろう。
唯々いいとして、武松は獄へ下がってゆく。そして次の日には、重罪犯の檻車かんしゃに載せられ、東平府へ送られて行った。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、道誉は唯々いいとして去って、中軍から次の隊伍に加わった。それの編入にやや手間どったが行軍はすぐつづけられ、前隊はもう不破ノ関を通過していた。
私本太平記:10 風花帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
さるを唯々いいとして宗治の一命をも助け、和議に応じるわけにはゆかない。これは信長公の御意をつまでもないことだった。勝敗の決はすでにわが手にあるのだから。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
唯々いいとして、日吉は、行列の最後方にいて歩いた。それすら彼は夢心地になるほどうれしかった。
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
これだけをいい放つと、彼はもう何もいわず唯々いいとして、曳いて行くところへ曳かれていった。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「いかに信忠卿の命なりといえ、このような心外な沙汰を何で唯々いいとおひきうけ遊ばしたか」
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
白皙秀眉はくせきしゅうび丹唇たんしんをむすんで、唯々いいとして何進の警固についてはいるが、どうもその輦の中にある上官よりも典軍の一将校たる彼のほうが、もっと底の深い、もっと肚も黒い
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、義元の上洛をしおに、画策かくさくする動きもないではなかったが、元康はゆるさなかった。そして、唯々いいとして命を奉じ、ふたたび前線へ出て、丸根砦まるねとりで手強てごわい敵を攻撃していた。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
唯々いいとしてすぐには質子も出さなかった。以来、秀吉との間に幾度か書簡しょかんの往復を見た。もちろん即刻ご西下の言質をとる為である。秀吉からの手紙はいつも情誼じょうぎと誠意をこめて
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「さっそく、電話をかけましょう」と、理平は唯々いいとして、お光さんの命に伏した。
かんかん虫は唄う (新字新仮名) / 吉川英治(著)
唯々いいとしてそこへ坐った虎之助を軽蔑けいべつするように、しり目をその背へくれて。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
玄徳は、唯々いいとして、何事にも微笑をもってうなずきながら任地へ立った。
三国志:04 草莽の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
唯々いいとご承諾になったようですが、何といっても淮南わいなん豊饒ほうじょうの地、えん一族は名望と伝統のある古い家柄です。先ごろ呂布と一戦してやぶれたりといえども、決して軽々しく見ることはできません。
三国志:04 草莽の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
唯々いいとして、彼はもう李恢と駒をならべて、関中へ向っていた。
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)